第72話 勇者(自称)の帰還
『本当……だよ?』
『おっ、俺も……』
わー、何言っちゃってんだよ俺! マジでマジで、思い出すだけで恥ずかしいぃ! 顔あっつ!
自分の部屋で1人枕に顔を埋める男。傍から見たら滅茶苦茶気持ち悪いと思う。でも、そんな顔を見られるのはもっと恥ずかしかった。見てる奴なんて居ないのにね。
あの大晦日? いや正確には元旦なのかな? ともかく、あの日からすでに2日経った。お年玉、ご馳走、お年玉。実家に帰って来て良い事尽くめだったけど、それもどこか霞んで見える。
あれから俺いつも通りに話出来てたか? 動揺してなかったか? 自分的には何とか頑張ったつもりだったけど……なにもタイミングで気付くか? あのタイミングで?
恋の事好きかも……
キッカケは明らかにあのお汁粉食べてる時、あの時恋は笑顔だった。見慣れたはずの笑顔だったのに、何度も少し可愛いなって位にしか思ってなかったはずなのに、あの瞬間に感じたのはいつもとは違う……いやいつも以上の感情。
大きな心臓の鼓動に、体全体が火照って……。やっぱり今思い出しただけでも熱くなる。
いや、これあれじゃん。かも……じゃなくね?
やっばいな。いつの間に恋の事好きになっちゃってたんだ? いまいち分からない。あの瞬間一気に感情が爆発したって事なのかな? 一目惚れって訳でもないし、今まで何かしらの兆候があったはずなんだけど? あの心臓のドキドキ感は何というか……ん? 心臓? ちょっと待て? 心臓のドキドキ? そう言えば女性恐怖症の症状って寒気中心だったよな? なんか寒気っていうか悪寒がしてきて。
でも最近は心臓を締め付けられるような動悸っぽいのが多くなって、寒気はしなくなった。しかもそれが起こるのはいつからか恋と居る時だけだった! まさか、症状としての動悸だと思っていたのは……好きだって表れだったのか!?
うわー! そう考えるとさらに滅茶苦茶恥ずかしい! くそっ、変に恋の事意識しちゃうじゃんか! 学園で会った時普通に接する事出来るのか? ヤバい! 自信がない!
「蓮ー、そろそろ電車の時間じゃない?」
下から聞こえてくる母さんの声で、我に帰れたのは大きかった。
はっ、そうだった!
そう、今日1月3日。俺は今日この日に寮へ戻ろうと思っていた。冬休みは7日までだけど、元からそんなに長居するつもりもなかった。まぁ苦難でまみれていると思っていた実家凱旋が思いの他楽しかったというのはありがたい誤算だったのは間違いない。
持ち物も財布、携帯と学生証……忘れ物ないな? よっと、じゃあ行きますか!
「どうせならもっと居ればいいのにー」
「正月気分は3が日までで十分だろ? 海璃お前も受験あるんだからな?」
「私はお兄ちゃんと違って毎日コツコツ勉強してるから大丈夫だよ?」
む? 確かに海璃は何事もコツコツ続けるタイプだ。その辺は俺と全く違う。
「そうか。んで? どこ受けるんだ?」
「鳳瞭」
「は?」
なんだって?
「だから鳳瞭!」
はぁ? マジで言ってんのか? てか俺が言うのもあれだけどお前がいくらコツコツ派だとしても受かるもんなのか?
「マジか? でもお前、成績はそれなりだと思うけど……鳳瞭だぞ? 大丈夫なのか?」
「ちっちっち、甘いねお兄ちゃん」
甘い?
「あのさ、言っとくけどお兄ちゃん中学校で有名人だから?」
「有名人?」
なに? 悪い意味で? あの噂? まさか、その影響が海璃にまで及んでたというのか?
「数ヶ月で鳳瞭学園に特待生として合格した、奇跡の男月城蓮ってね?」
あぁ、そっちの意味か! 良かったぁっていうかそんな感じで後輩達に思われてるの?
「あっ、そうなのか? なんだか照れ……」
「ストップ! 照れる場面じゃないから! 私にとってはいい迷惑だったんだし」
え? 迷惑って……?
「私なんて言われてると思う? 奇跡の男の妹、だから海璃も本気出せば凄いんだってクラス中から言われたんだよ? このプレッシャー分かる?」
「プレッシャー?」
「皆にも海璃なら鳳瞭行けるってみんな言うし、それに答えなきゃって……私頑張った……。考えが甘いんだよお兄ちゃん……」
「海璃……」
プレッシャーか。俺が出来たんだから海璃にも出来るって周りの勘違いってやつだもんなぁ。そう考えると申し訳……
「なんちゃってね」
は?
「冗談だよ? 別にプレッシャーなんて感じてないし、学校の皆にもそんな事言われてないから。あっ、でもお兄ちゃんが奇跡の男って伝説になってるのは本当だよ?」
いやいや、そこは本当なんだ。
「なんだ脅かすなよ。じゃあ鳳瞭受けるってのも冗談って訳か」
「あっ、それは本当」
それも本当なんだ!
「いやぁね。お兄ちゃん奇跡起こしたんだし、もしかしたら自分にもその片鱗があるんじゃないかなって思ってさ? ちょっと頑張ってみたんだ。ちなみに一応A判定は貰えてる」
はっ? すでにA判定を? なにこいつ我が妹ながら恐ろしい。確かに成績はいい方だったと思うけど、少し頑張っただけでここまで出来るのか? いや、こりゃ少しどころじゃないだろ? それでも凄いに変わりないけど。
「マジかよ? 凄いじゃんか! じゃあ4月に楽しみにしてるわ。その話しぶりだと母さん達にも了解済みなんだろ?」
「うん。行けるなら行って来いって」
母さんらしいなぁ。
「それに……どん」
「どんなカンニングして特待生になったかは知らないけど、レベルの高い所に行けるって事はそれだけ自分の可能性を引き出せるんだよ」
うおっ、娘の言葉に被せて出てくるんじゃないよ! しかもサラッと酷い事言いましたよね? カンニングがなんたらこんたらって!
「あっ、母さん」
「まぁ、鳳瞭は余程の事がない限り大学まで行けるし、今のご時世大卒もいい肩書じゃない? 良い所にに勤めてもらって、老後のお世話して貰わないと割に合わないからねぇ」
うわっ、ナチュラルに自分の願望を言いやがった!
「もちろん私達はそのつもりだよ? ねーお兄ちゃん?」
ナイス海璃。こっ、ここは上手く乗っておこう。
「モチロンダヨ、ワガイモウトヨ」
「まっ、そんなこんなでしっかりやんなよ? 気を付けてね?」
「お兄ちゃん入学出来たらヨロシクね?」
ったく……相変わらず我が家の会話はなんかこうふざけた様にしか聞こえないんだよなぁ。でもまぁそれが楽しくもあるんだけどね。これから聞けなくなるし、これもお土産として持って帰ろう。
「はいよ。じゃあ……行ってきます」
って格好よく家を出てきたものの、俺は駅を華麗にスルーしていた。そう、俺には帰る前に行く所があったんだ。
あの日、俺と凜が居た場所……
「ふぅ、あの日以来か」
丘の上にある公園。俺が凜に告白した公園。俺は帰る前に、どうしてもこの場所に来たかった。別に意味はないよ? それは初詣の時から分かってた。でも、だからこそ来たんだ、ここが俺にとって普通の場所になるように……。
「こうやって見ると、マジで恋の秘密の場所とそっくりだよなぁ」
街並みが見渡せる景色、夜になればちょっとした夜景スポットにもなる。それこそ、あの日恋と見た夜景の様にここの夜景も綺麗だった。
絶対来たくないって思ってたのに、意外とすんなり来れたな? まぁ、俺も変わったって事か? それとも……
「あれ? 蓮?」
後ろから不意に聞こえるその声、それはどこか聞き覚えのある声。というより、最近聞いたばかりのその声に俺は素早く反応していた。
「あぁ、菊地か?」
振り向いた先に居たのは予想通り菊地……と立花。
内心立花は苦手だ。苦手というか苦手意識があるというか……凜と同じ生徒会に居たっていうのが大きいのかもしれない。心の中では噂の事知ってるんだろう? もしかしたら立花が広めたのかもしれない。そんな疑いを少なからず抱いているのも確かだった。
「あっ、月城君じゃん。文化祭以来じゃん」
「あぁ、立花。文化祭以来だなって言っても、悪かったなあんま話が出来なくて」
「いいよー全然。忙しそうだったし」
少しギャルっぽい話し方ではあるけど、基本的に立花は場の雰囲気に沿って話をする。まぁ、恋に凜の事を言ったのは少しムカつく所ではあるけど……よくよく考えれば、まったくもって恋を知らないからこそ、不思議に思った事を普通に話しただけなのかもしれない。
「それで?」
ん?
「どうなの? 凜とは? 進展あった?」
はぁ? 同じ生徒会だったお前にあの噂が聞こえてこない訳ないだろ?
「進展って?」
「いやいや、何言ってんの? あんた達周りから見ても仲良さそうってか、ほぼほぼ付き合ってた様なもんでしょ? その後気になるじゃん? 別々の高校になっちゃった訳だし?」
マジで言ってんのか……こいつ? おい、これもし冗談で言ってるとしたら、マジで腹が立つんだが?
「まぁさ、やりたい事あるんならそこ目指すのは当たり前だと思うよ? でもさ、2人ありえない位仲良かったんだし、連絡とか取り合ってんでしょ?」
こいつ……いい機会だ。もしかして自分から話して菊地の前で俺を笑いのネタにしようと思ってるのか? だったら……だったら俺から先に教えてやろうか?
「何言ってんだよ……立花? 知ってんだろ? 俺と凜の関係」
「……関係って?」
これも演技か何かかな? いいよ? 俺が言うから。
「俺が凜に振られたって知ってんでしょ?」
「えっ? そうなのか?」
「振られた? あぁ確かにそんな噂あったよね?」
やっぱり知ってたんじゃねえか。
「でもさ、出所も分からない噂でしょ? 確かにあったけど、少なくとも私達のクラスでそれ信じてる人居なかったけど?」
ん?
「もちろん私だって信じなかったし、まぁ凜の事好きな奴が流したタチの悪い噂だろって皆で笑ってたんだけど?」
嘘だろ?
「噂は……あった?」
「うん」
嘘だろ?
「でも、誰も信じてなかった?」
「当たり前じゃん。だから凜とかにもあえて聞かなかったしね? 聞く必要もないし」
嘘だろ?
「そうなのか」
「いやいや、あったりまえじゃん?」
まて……意味が分かんねぇよ! 嘘か? 立花の奴嘘ついてんのか? でも、今ここでそんな嘘つく必要なんてないだろ? 意味もない。だとしたら、立花の話が本当なら……
噂を信じてる奴なんて居なかった?
けど、俺は……俺は……振られたのは事実だから、皆がそれを知ってて……俺の噂をしてるって思ってた……視線がした……声が聞こえた。それも全部、
俺の勘違いだってってのか?
その瞬間、なんだか体の力が抜ける。
そして、笑いたくもないのに俺は……
「ふふふ、ははは……」
笑っていた。
何でだろう、理由は良く分からない。けど、口からこぼれる笑い声が……何かを吐き出すように止まらなかった。
噂は……あった。
皆も……知っていた。
けど……
誰もその噂を信じてなかった。
勝手に勘違いして……
勝手に女性恐怖症になって……
勝手に逃げて……
どんだけ自分は的外れな勘違いをしてたんだ。
どんだけ自分はバカだったんだ。
そんな自分をあざ笑うかのように、乾いた笑い声は止まらなかった。
けど、吐き出して吐き出して、全部出し切って……その後に自分を包み込んだのは、
噂から、自分にだけ絡み付いていた噂から解放されたって……安心感だった。
「蓮?」
そんな俺を心配するような菊地の声は、震えていた。
「月城君……?」
同じように立花の声も、震えていた。
そうだよな、俺皆を信じてなかった、信じられなかった。けど、皆は俺っていうか、俺達の事信じてくれてたんだ。
立花、お前はいい奴だ。俺に対しても凜に対しても、友達思いのいい奴だよ。
立花の話が本当なら、噂はあったけどそれを信じる人は居なかった、皆変わってなかった……ただそれだけの話。
けどさ、そうなると1つだけ残る事があるよな。それは俺が直接聞いて、身に味わった事。だから友達思いのお前に教えてあげるよ。いや、知って欲しいんだ。
「俺が凜に振られたのは……本当の事なんだよ」
その事実を……
「えっ? 嘘でしょ?」
見る見るうちに驚いた表情になっていく立花の顔は、なんとなく演技には見えなかった。
「嘘、あんた達あんなに仲良かったじゃん! 凜だってあんたと居るといつも笑ってて、それにそれに……」
動揺。見開いた目。
そして必死に話す立花の様子を見て、俺は確信した。立花は本当に噂なんて信じてなかった、嘘なんてついてないんだって。
「信じられない! そっちの方が信じられない! なんで? なんで? そんな事、凜は一言も言ってなかった! 卒業するまで、卒業してからも!」
「落ち着けって立花。もう終わった事だしさ、それに凜の気持ちなんて本人にしか分からないだろ?」
「でっ、でも……ごめん」
「なんで立花が謝んの? むしろありがとう」
「えっ?」
「こっちの話」
なんか……すっきりした。なんだろう? 噂にはなってたけど直接口にしてなかったからかな? 聞いてもらったからかな? 妙にすっきりした自分が居る。
まぁこれで俺が凜に振られたってのは事実で、もしかしたら立花と菊地経由で広がっていくかもしれないし、広がらないかもしれない。
どうかな? 知ってる限り2人の性格上、我先に話を広める様には思えないけど……別にいい。だって、初詣の時思ったじゃん? 考えたじゃん? 決めたじゃん?
今の俺にとって、凜はただの普通の知り合いなんだから。
告白して振られたなんて、過去の話。別に……気にしちゃいない。
それに、今の俺にはそれ以上に明るくて楽しい人達が居て、大事な人がいる。
それだけで十分なんだ。
でも、ここに来てよかった。菊地と立花に会えてよかった。
「じゃあ俺行くわ」
「えっ!? あっ、あぁ」
「月城君……」
ありがとう。
「お前らには永遠に幸せになる呪い掛けとく」
「お前なに言って……」
言わせないでくれよ恥ずかしいなぁ。俺なりの最高のお礼なんだけどな?
「ちょいちょい様子見に来るから、じゃなー」
「おっ、おい……」
さてと、俺も行きますか。皆が待ってる鳳瞭学園へ……
チラッ
「リア充爆発しろ!」
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