第70話 月城家

 



 ピロン


【悪い! 明後日取りに行くわ】


 何が悪いだよ! お土産忘れるとはホントに抜けてるわ。にしても、取りに来るってどいうこった?


【取りに行くって……そもそも明後日ってどこで集まるんだ? 菊地ん家?】


 栄人が俺の家まで来るって事は……距離的に菊地の家か、九条の家だと思うけど。


【あぁ、お前の家に決まったんだ】


 ん? なんて?


【俺の家?】

【うん】


【俺の家?】

【うん。あれ? 教えてなかったっけ?】


 教えてねぇよ! むしろついさっきお前に誘われたんだろうが! それより、お前等の仕事の早さが恐ろしいわ! ついさっき誘って、決まって、皆に教えて、俺の家に決定? 流れがスムーズだわ、流しそうめん並みにスムーズすぎるわ!


【聞いてねぇよ! 大体親にも聞いてねぇって!】

【あっ、それなら大丈夫】


 はっ?


【さっき電話しといた!】


 はぁぁ?


【電話!? 家に? 俺に言う前に?】

【ごめんごめん、蓮に教えたつもりだった。それにいきなりの事だから、俺から言った方が良いかなって思ってさ】


 なにそれ、ここまで来たらもはや怒り通り越して、驚き通り越して、恐怖なんだけど? お前のやる気スイッチ何処にあんだよ。オンオフのタイミング完全におかしいよ!


【なるほど、なんとなく分かった。けど、俺の親だって良いって言ったものの、あまり歓迎してる雰囲気じゃなかったんじゃないのか?】

【そうか? 結構普通に良いよーって。皆と会うのも久しぶりねー? って】


 栄人も栄人だけど、俺の親も親だな。母さんというか両方に当てはまる事だけど、うちの親は結構フランクな感じで、友達にしても昔からウェルカム状態だったのは知ってたけど……こんな感じだったか? まぁ、親が良いって言ってんなら別に良いか?


【そうか。それならいい】

【サンキューな。時間とかも後で連絡するから!】

【はいよー】


 なんだか展開がものすごく速い気がするんですけど? 気のせいか? って、栄人とくだらないストメのやり取りしてたらほぼほぼ家の近所じゃねえか! ……変わらないなぁ。


 見慣れてたであろう景色は、離れてまだ1年も経っていないのに、そこを歩くだけで妙に懐かしい気持ちになる。

 そしてしばらくすると左手に見える公園。小さい頃からずっと俺の……俺達の遊び場だった公園。たくさん遊び過ぎて印象に残る思い出が無い位、ここでたくさんの時間を過ごした。


 なんか懐かしいなぁ。そんで?

 この公園の向こう側には、彼女の家がある。丁度何本も木が植えてあって隠れているけれど……確かにそこにある。もしかしたら、今家に居るのかもしれない。けど、だからと言って何かしようとも思わない。


 会った所で、何を話す? 別に話す事なんてないだろう?

 なんて声を掛ける? 別に思いつかないだろ?


 まぁ、あの時の事どうして誰かに話したんだ? 少し前までの俺なら真っ先にそれを問い掛けていたかもしれない。けど、今になって思うのは……


 これ程考えるだけ無駄な質問はないって事。


 理由を聞いてどうなる? 結果を聞いてどうなる? そしてそれ以上に、今の俺にとって会いに行く程の人物じゃないから。


 そんな事を考えながら、一通り公園を眺めて行く。昔に比べれば遊具とかも古くはなってるけど、今でも子どもたちの遊び場としてはバリバリだ。


 まぁ、年1のペースでは帰ってくると思うから……元気で居てくれよ? 

 なんて柄にもない事を思いつつ、公園を通り過ぎると見えてくる十字路。そこを真っ直ぐに進んで左手に見える……1つ、2つ目。そう、これが俺の家。カーポートがあって、小さい庭があって、ごく普通な家。車が2台あるって事は母さん達が居るって事で、自転車があるって事は妹も居るって事で……まぁ全員集合って訳ですね。


 カチャ


「あっ、お兄ちゃん! おかえりー」

「おう、ただいま」


 なんというタイミングだろう。玄関の扉を開けた瞬間遭遇したのは、スウェットを着た……妹。あぁそう言えば紹介してなかったような? 

 こいつは妹の海璃かいり中学3年で俺の1個下。容姿は普通、スポーツも普通、成績やや良って感じなはず。そんで俺の記憶が正しければ生徒会のなんかをやってたと思う。


「母さん? お兄ちゃん帰って来たよ? 全然変わってないよ? 太ってないよ?」


 は? 太ってない? いきなり失礼じゃないか?

 そんな俺の心の声を無視するかのように、リビングへ向かって響く海璃の声。それから一呼吸おいて、こっちに近付いてくる足音。そして開きっ放しのドアからひょっこり現れた人物。


「おー、お帰り。なんだホントに変わってないじゃん。太らない体質? いいなぁ羨ましい」


 久しぶりに帰ってきた息子に対して言う言葉なのだろうか。そして、なぜそんなにも全力で悔しがってるのだろうか。そうこれが俺の母親、元気、明るい、気さく。どれも当てはまって、どれも当てはまらないような謎の人。


「んお? 帰って来たかぁ蓮。あれ? なんだ全然変わってないな? 太ってないじゃないか?」


 ははは。そんな人物が計2人。


「蓮か? なんじゃ全然変わってないのー。太っとらん」


 ……3人? いや海璃を含めて4人か? そう、これが月城家。これが……俺の家族だ。




 そんなこんなで、久しぶりの実家の雰囲気を味わいながらゆったりと日々を過ごした訳で。

 久しぶりの自分の部屋、久しぶりの自分のベッド、久しぶりの手狭に感じる風呂、久しぶりに食べる母さんの手料理。

 当たり前だったものにこんなに懐かしく、ありがたみを感じる自分が少し恥ずかしく感じたのは俺の心の中にしまっておこう。


 ちなみになぜ帰宅早々に皆が俺の事を変わってない、太ってないと驚いていたのかというと……なんでも鳳瞭学園から届いたタブレットに俺が毎日何を食べたか、寮のコンビニで何を買ったのかが報告されるらしい。それに表示されたあまりの食事の量に、こりゃ寮生活を良い事に食べまくってるに決まってると皆で話していたらしい。


 もちろん思い当たる節は1人しかいない。あのクソイケメン委員長だ! 学生証を高確率で部屋、もしくは教室に忘れ、そのたびに俺の学生証を使って食いまくる。

 しかもアスリートの食事量って事もあって、まぁ何も知らない人からしたらとんでもないカロリーだとは思う。しっかりとその点を代弁してもらおうか? あのクソイケメン委員長。




「……という訳なんです」


 12月29日。

 久しぶりに顔を合わせた中学時代の友達。その集まりは栄人の学生証不正使用の謝罪からスタートした。

 鳳瞭に行ってない皆も話を聞くうちになんとなく察したんだろう。笑い顔になっていく辺りが片桐栄人という人物をどんな風に皆が思っているかが分かると思う。

 俺だけじゃないだろ? だろ? こういう奴なんだよこいつは、オンオフの差が激しい……がどこか憎めない得な奴。


 その後は至って普通。普通というか楽しかった。ゲームしたり、お互いの近況話したり、高校の話したりと、危惧してたサプライズなんかもなくって……そりゃあ楽しい時間だった。ただ1回だけ、


「固まる奴らは固まったけど、別の高校に行った奴も居るしなぁ。お前らは勿論だけど、そう言えば高梨さんも違うとこ行ったよな?」

「確かそうだったな。あれ? 名前ド忘れしちまったなぁ……とりあえず春ヶ丘ではないのは確か」

「俺も忘れちった。あんまり聞き馴染みない高校だった気がする。なんか寮に入ったとか?」


 凜の名前が出てきたのは、その1回きりだった。

 春ヶ丘じゃなくて、しかも寮? 


 その言葉に少し驚きもしたけど、なぜか心のどこかで安心する自分が居た。この辺りで寮があるって言ったら鳳瞭だと思うけど、勿論凜は居ないし、となるともっと遠い高校……それしか考えられない。

 すなわち、それが意味するのは……凜はここに居ないし、そう……どこか遠くへ行ったっていう事なんだから。


 その話も含めて、俺にとっては滅茶苦茶有意義な時間だった。ここ1年でベスト5に入るくらいは笑った気がする。自分でもこんなに笑えるとは思ってもみなかった。けど、皆にとってはこれが普通の俺なんだろう。だとしたら、栄人は一体どんな感じで、入学した時の俺を見てたんだろうな。いや、考えすぎかな? 大体入学して早々なんて誰もが緊張して無口……


「でな? 蓮の奴ずっと外見てんだよー」

「マジか?」


 決めた。もうこいつには絶対に学生証貸さないわ。




「じゃあお邪魔しましたー」

「はーい。気を付けて帰ってね」

「じゃあな蓮、年明けまた学園でな?」


「学園って言うより、寮だろ? あっ、ちゃんとボストンバッグ持ったか?」

「バッチリ! じゃあな、よいお年を」

「よいお年を」




 こうして束の間のお楽しみを堪能した後は、なんというかダラダラと過ごしたと言いますか。

 ゴロゴロ寝たり、ゲームしたり、恋からのストメに返事したり、そんな事してる内にあっという間に大晦日。

 まぁ、大晦日って言っても、ごく普通に家族で国民的歌合戦を見ながら、年越しそば食べて、除夜の鐘を聞くという毎年の流れは変わらず、なんとか無事に新年を迎える事が出来た訳です。


 ちなみに、恋は両親が久しぶりに帰国したという事で、家族揃って親戚の家に居るらしい。年越しそば何杯食った? ってメッセージの返信がやたら遅かったのを見ると、恐らく3杯位は食べたんじゃないかな? 本人は頑なに1杯だって言い張ってたけどね。


「お兄ちゃんー、行くよ?」

「はいよー」


 そんな、いかにも恋って感じのメッセージに少し口元が緩んだ俺はというと、これから海璃と初詣に向かおうとしていた。

 年が明けてから近くの神社に初詣に行く。これも毎年の流れ通りだ。まぁ、去年は行かなかったんですけどね?


 近くの神社と言っても、それなりの大きさで毎年結構参拝者で賑わうんだけど、なんでわざわざそんな時間に行くと思う?

 1つは昔からこのタイミングだったから。

 もう1つは……地元の人は混むであろうこの時間には絶対に行かないから。そう、毎年凜と行ってたから、変に同級生とかに会いたくなかったってのが本音かもしれない。


 今となってはその心配もない。それに、もしかして凜に遭遇するかもって思ったけど、菊地達の話からそれも問題ない。なんたってここには居ないんだからな。


「うわぁ、毎年ながらやっぱり混んでるね」


 これも毎年の光景。けど、やっぱりなんだか懐かしく感じるのは何故だろ? 去年来なかったからか?


「あっ、お兄ちゃん! 友達居たから、一緒に参拝してくるね? 適当にブラブラしてから帰るから、お兄ちゃんも適当に帰ってね? じゃバイバーイ」

「おっ、おい」


 なんという隙のない一方的な会話だったんだ? 言葉を挟む暇さえなく、あっという間に行ってしまった。

 それにしても偶然とはいえ、ここで友達と会うって凄いなぁ。その辺の運の良さっていうのかな? 昔から海璃ってツイてるイメージがある。


 まぁ、友達が居るなら仕方がないかぁ……さっさと参拝して帰ろう。寂しくなる前にね。


 階段を上がり、鳥居をくぐる。右の方にはお守りやら売ってる場所があって正面には本堂。すれ違う人は当たり前だけど見た事のない人達だらけで、皆各々家族や、親しい人達と笑顔で歩いている。


 言われてみれば、誰か知り合いに会うかもしれないなんて考えては見るものの、こんな人混みの中で実際に会える方が稀なんじゃないか? 実際に会った事もないしなぁ。いや、正確には会ってるのかもしれない、ただ会った事に気付けるかどうか……それが重要な気もする。


 まぁ、そう考えるとこんな人混みで偶然気付くなんて、滅多にないよなぁ。それこそ偶然じゃなくて運命……の……


 自分でも分からない。なぜその方向を見たのか、その場所を見たのか。周りを見渡していたはずなのに、なぜそこを注視したのか。


 自分でも説明できない。自分がした事の説明が出来ない。

 その場所を……いや、その人を見た瞬間に辺りの時間が止まったように。不思議な感覚が体を包み込む。


 嘘だろ……? なんでここに居る? いないはずじゃ……?


 見覚えのある髪、見覚えのある顔。その人物はまさに俺の……知っている人だった。

 さっきまで自分で考えていた事が否定され、笑いながら考えていた事がふと頭を過る。


 なんで……なんで居るんだ?


 そう、それは……



 本当に偶然なんだろうかと。



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