第69話 移動式バリア。いや、バリアなのか?

 



 よっと。

 着替えは家にあるし、携帯、財布、学生証あれば十分だろ。後は……忘れてた、このストレス発散アニマルタヌキを持っていこう。


 悲しいかな。自分で用意したクリスマスプレゼントが、まさか自分に帰ってくるなんてどんだけだよ。そうなる可能性はあるよ? 多いにあるよ? でもそれを引いてしまう辺り……何とも言えない。まぁ仕方ない。要はこのタヌキが俺の所に来たいって思ったからなんだろうし、だったら遠慮なく使わせてもらうとしよう。サンキュープレゼント買った時の俺!

 そんなこんなで準備も整った事だし、じゃあ行きますか! エレベーターに乗って……っと。


 それにしたって、我が親は一体どうなってんだ? 普通、息子が帰るって言ったら喜ぶもんじゃない?


『わかったー』


 って、反応うっす! 久しぶりに帰るんだぞ? 滅茶苦茶反応薄くね? 確かにゴールデンウィークとか夏休みに帰らなかったけどさ……まぁいっか。別に嫌がってる訳じゃないと思うし……てか親に嫌がられたらそれはそれでキツいんですけどね!?


 ポーン


 おっ、もう1階着いちまった。さてさて、寮を出たら後戻りはできないぞ? 仲間も居ない中でラスダンに向かう……上等だぜ!


「うー! 重いなぁ」


 エレベーターの扉が開き、そこにはエントランスが広がっている……と思っていた。そう誰も居るはずがない、皆帰ってる。

 だが、そんな俺の考えは見事に打ち砕かれた。重そうな荷物に悪戦苦闘している人物。その声も、その姿も……残念ながら見覚えがあった。


「ん? おぉ! 蓮! 丁度良かった!」


 なっ、なぜだ? なぜお前が居る……栄人。お前とっくの昔に家帰ったんじゃなかったのか?


「ちょっと荷物持つの手伝ってくれー」


 なぜだ? なぜだ? なぜお前は俺の邪魔をする? 1人颯爽と旅立つイメージを見事にぶち壊すんじゃないよ!


「おーい!」


 嫌だ嫌だ、せっかくの雰囲気台無し。このままエレベーターで戻ろう。うん、そうしよう。


「おーい、おーい! 戻らないでくれー! 蓮ー! れーんー!」


 何も見なかった事にしよう。




「冗談きついぜー蓮!」


 いや、決して冗談じゃなかったんだけど……お前に分かるか? せっかくの旅立ちを邪魔された俺の気持ち。

 しかもまさか、4階まで階段ダッシュで先回りされるとは思わなかったわ……お前やっぱりバケモンだよ。


「せっかくの旅立ちを邪魔されたんだぞ? それに、結局は手伝ってやるんだから文句言うなよ」

「旅立ち? 何の事だよ……でもサンキュー!」


 相変わらず少し抜けてるバケモンだな。


「それで? お前もう帰ってたんじゃないのか?」

「いやぁ、実は補習の事すっかり忘れててさぁ……昨日でやっと終わったんだ」


 訂正。少しどころじゃない、結構抜けてるわ。


「はぁ……分かった分かった。そんで今から帰る感じな訳ね?」

「そうそう、蓮が居てくれてありがたかった。荷物が思いのほか重くてさー」


 重いって……エントランスに置いてあるのはボストンバックとリュックだけだよな?


「重いって……じゃあ俺はそのリュック持ってやるよ、よっ……」

「あっ、そっちは」

「うおっ!?」


 なっ、何だこの重さ! 一般的なリュックだぞ? イカン! こりゃこのまま持ってたら右肩おかしくなっちまう!


「うぉい! なんでリュックがこんなに重いんだよ!」

「ごめんごめん、そっち意外と重いんだ」


「はぁ? 何入ってんだよ?」

「ダンベル」

「ダンベル……?」


 ダンベル? あのダンベル? 筋トレとかで使うダンベル?


「あっ、ちなみに30キロの」

「んなもん持って帰んじゃねぇー!」




 ったく、一旦帰るだけなのになんでダンベル持って行かなきゃなんねぇんだよ? 何? その陸上の練習は真摯に取り組む姿勢を私生活でもできないもんかね? てか、対照的にこのボストンバック大きさの割に軽っ!


「おい、栄人。こっちには何が入ってんだ?」

「あぁ、爺ちゃん達へのお土産だよ」

「ほー」


 確か栄人のやつお爺ちゃん、お婆ちゃんと一緒に暮らしてんだっけ? だが、それはそれでこの量のお土産は多くないか? ……いいや、詳しくは聞くまい。


「おっ、バス来たな! 行こうぜ」




 ―――バス車内―――


「ところで蓮、お前クリスマスの時のプレゼントなんだった?」

「ん? ストレス発散アニマルタヌキ」

「ストレス発散? なんだ? 殴ってストレス発散できる代物か何かか?」


 なんでそうなんだよ。それだったらウサギが最適だろうよ。


「ちげぇよ、ニギニギしてストレス発散できる便利グッズだ」

「へー、そんな事でストレス発散できんだー。良く分かんないけど」


 ストレスフリーなお前には一生分かんないだろうよ。てか、こいつに渡らなくて良かった。心底そう思う。


「だろうな。んで? お前はなんだったんだ?」

「俺? バランスボールだった」

「バランスボール?」


 バランスボールって、選ぶとしたら早瀬さんか……ワンチャン恋か?


「あぁ、けど体幹鍛えるのに最高なんだよな。だから結構満足してる」


 アスリートには丁度良いかもしんない。お前の乗ってる姿は見たくないけどな。


「だったらいいじゃねぇか。よっこいしょ」




 ―――駅構内―――


「そいえばお前家には帰らないって言ってなかったっけ?」

「あぁ、気が変わった」


「そうなのかぁ。まぁそのおかげで助かったよ」

「俺としては気変わりしなきゃよかったと思ってるよ」

「ん? なんでだ?」


 分かるだろうよ。決意を胸に一歩踏み出したらお前が居たんだぞ? その時点でいつも変わらないんですけど。

 挙句の果てに荷物持ちとは……それ位分かるだろ? マジで言ってんのか。いや、こいつの場合はマジで分からないってのも十分有り得るから怖ぇ。


「まぁ、それはいいとして」


 いいのかよ? 何自己解決しちゃってんだよ? 本当にそこらの砂利入り雪玉顔面にぶつけてやろうか?


「実家帰るんだったら丁度いい。明後日、菊地達と集まる予定だったんだよ。おっ、こっちも丁度良く電車来たな」

「菊地?」


 菊地か、文化祭で会ったのは会ったけど、あんまり話し出来なかったな。というか俺が逃げたんだけどさ?


「おう、菊地に田所に楠、九条、あと毛利かな? どうだ、懐かしいメンツだろ?」

「懐かしいって、離れてまだ1年も経ってねぇだろ?」

「そんな事言うなって、どんな近況か気になるだろ?」


 まぁ、気にならないと言えば嘘になる。比較的仲の良かったメンバーだし、そのほとんどは春ヶ丘へ行ったんだよな? 春ヶ丘……ねぇ。話題にはならないとは思うが、凛の話が出ないとも言い切れないなぁ。




 ―――電車内―――


「まぁ、気になると言えば気になるけど」

「じゃあ決定って事で良いよな? 菊地から連絡来た時、お前帰らないの分かってたからさ。多分皆喜ぶぞ?」


 そりゃ光栄だ。だったら包み隠さず聞かせてもらおうかな? 春ヶ丘高校の事。早速中ボスに挑めるなんてツイてるよ。


「そうだな、連絡しといてくれ」

「了解した! こりゃテンション上がるわ」

「お前それ以上テンション上げてどうなるんだよ。ウザったくなるのは勘弁だぞ?」


 いやマジで、サプライズで凜とか呼ぶなよ? 絶対だぞ? こりゃ振りじゃないからな? いや待てよ、むしろそっちの方が良くないか? 

 そうだ……中ボスどころか、すっとばしてラスボスとご対面だぞ? 手間が省けるってもんだ! ふふふ、遅かれ早かれ越えなければいけないものだからな!


「おい、蓮どした? なんか顔が気持ち悪いんだけど?」

「気持ち悪い? 失礼だぞ、クソイケメン委員長!」


「えっ、いやすまん。それよりクソイケメン委員長って、貶してるのか褒めてるのかどっち……」

「どっちもに決まってんだろう!」


 それ位分かんだろう? 栄人よ、そんな簡単な事も分からなくなったか! これだからチヤホヤされてるイケメンてのは嫌いなん……だ? あれ? なんで皆俺の方チラチラ見てんの? 


「蓮……一応電車の中だから……」


 はっ! ……穴があったら入りたい。




「いやー桜ヶ丘の駅に来るのも久しぶりだなー! なぁ蓮?」

「あっ、あぁ」


 なんだよ、お前も若干引いてんだろ? 笑いたいんだろ? そこを敢えて言わない優しさが俺にとっては恥ずかしさを助長させるんだよー。


「いや、それにしても……なんだかんだ言ってお前もテンション高いじゃないか!」


 はっ、はい?


「ん? なっ、なに言って……」

「だってよ? 電車の中であんな声出すなんて、いつもの蓮じゃないぞ? そんだけ皆と会えるの楽しみだって事なんだろ?」


 おいー! お前の優しさ云々考えてたところなのに、時間差でナチュラルに触れてくるんじゃないよ! しかも、何勝手に解釈してくれてんの! そりゃ全部が違う訳じゃないけど、今後の接し方もしくはあいつらの俺に対するイメージが変わるから? それ言った瞬間気持ち悪がられると思うから! 多分!


「いやー、俺と同じ気持ちで助かったよー」

「いっ、いや……」


 ちょ、ちょい待て栄人、


「じゃあ俺こっちだから行くわ! 皆にも伝えておくから、じゃあなぁー」

「おっ、おい!」


 変な事皆に言わないでくれー! 

 ……光の速さで行っちまった。最悪だ、これで皆に会った時のファーストコンタクト最悪だ。絶対キモがられるか、爆笑されるか。はぁ……栄人、やはりお前は……最高だよ! 色んな意味でな!


 ったく、ここまで来て栄人に振り回されるとは思いもしなかったわ。あの野郎折角荷物持ってやったのに恩義はないのか? いや、考えるだけで無駄か、栄人にとってはあれが俺に対する恩義だと思ってるに違いない。間違いない……あいつはそういう男だ。ぶっちゃけ何考えてるか分からない、非常に扱いづらい男ではあるが、嘘はつかない。

 とりわけ、それがあいつの良いところでもあるもんな。


 まぁ、いいっか。よくよく考えると、今更ながら知ってる奴らにどう思われようとダメージはほぼゼロに近いだろう。もしくは栄人の狂言だって気付いてくれるはずだろうし? 焦る必要もないではないか。

 ふふふ、そうだ落ち着け蓮。これこそ、お前が成長したという証、冷静さだ! 物事を見極め、戦況を見つめる……ふぅ、危うく動揺して己を見失う所だった。


 さて、そんな冷静沈着な俺は自分の家に帰るとしよう。なに、歩いて15分と掛からず着くし、雪も降ってないし風もないから最悪な天気でもない。まぁゆっくりと懐かしみながら帰ろうではないか。


 家に向かて1歩足を踏み出した時だった、大きなボストンバックが揺れ、俺の体の前までやってきた。ボストンバック? なんだこれ? 俺こんな荷物持って来たっけ? むしろ俺のじゃなくね? 

 ……待て待て、このボストンバックって、


 クソバカイケメン委員長のやつじゃねぇかー!



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