第56話 月城蓮は取り戻したい
その反応はあるいみ正解だ。いきなり隣に座られたら誰だって驚くだろう。しかも、女性恐怖症を自負していた奴なら尚更かな?
まぁ先手取るには十分だろう。けど、それだけじゃダメなんだよ……おそらくこのままだったら上手く逃げられる可能性が高い。あともう1つ、なにかパンチが欲しい。相手に考える時間を与えるな! 俺の尊敬する松平さんの格言が頭の中に響き渡る。
なんだ? 日城さんが驚きそうな……そんな材料はないか? ん? 日城さん……? これだ!
頭に閃く妙案。これなら日城さんの思考をさらに混乱+停止させる事が出来るかもしれない。
「ねぇ、恋。それって美味しいの?」
どや? いきなり名前で呼ばれたら驚くだろ? そしてさっと持ってる真昼ティーを指差す……どうだ?
「はっ! れっ、れん!?」
効果は抜群だ。
よぉし! これでこの状況から逃げにくくする事は出来たかな? てか、驚きすぎだろ? 目見開きすぎだし……まぁ、もしかしたら俺もこんな感じだったんだろうな。そう考えると……なんか恥ずかしい。でも、今は目の前に集中。まだまだ行くぞ?
「ん? あぁ、恋だって俺の事ツッキーって呼んでんじゃん。だから良いだろ?」
「そっ、それはそうだけど……」
「それで? それ結構な頻度で飲んでるけど美味しいの?」
「えっ!? あっ、あぁ……おいしい……かな?」
「へぇー。1口ちょうだいよ」
「ひっ、1口!?」
予想通りの反応ありがたいねぇ。ここまで来たら掴みはOKじゃない? いっ、嫌だよー。 なんだよケチーって感じで徐々に本題に……
「わっ、私ので良かったら……」
ん?
「はい」
……えぇ! まさか良いのかよ? 待て待て! これは計算外だ……断られる前提で言ったのに! 自分で言っといてなんだけど……普通渡さないでしょ?
「どうしたの?」
やっ、やばっ。普通に渡してきたし……でもここでやっぱりいいとかって言ったらあの嫌な雰囲気に逆戻りだぞ? ここは……仕方ない。
「おっ、ありがとう」
受け取っちまったぁ。日城さん……すまん! こんな俺との間接キスを許してくれ。
キャップを開ける手が少し震えている。それが分からないように頑張ったつもりだけど、日城さんにどう見えていたかなんて分からない。ただ着々と……ペットボトルに自分の口を付ける瞬間だけが近付いていた。
あぁ……ごめん。
ゆっくりと唇に感じるペットボトルの感覚。これで俺は日城さんと間接キスをしてしまったのだ。初めての事に心臓はいつも以上に早くて、はち切れそうだったけど……そんな俺のドキドキも長くは続かなかった。
ペットボトルを伝い、俺の口へと流れ込んでくる液体。それが口から喉へと到達した時だった、
「甘っ! 恋! これめっちゃ甘くね? これ500mlいけんの? 」
口に入れた途端一気に広がる甘さに、なんというか……無意識に出た言葉だった。けど、それが日城さんの好きな物を否定してしまったって気付いた時にはもう遅かった。
「えぇ? そんな事ないよ? 丁度いい甘さだよ?」
あぁ……やっぱりそうなりますよね? ってあれ? この感じ……
俺の言葉に少し怒った感じで話す日城さん。けど、なんだかその表情を見ると少し安心している自分がいた。
怒ってる……よな? でも何だろこの感じ、なんか……懐かしい?
「いやいや、これはないって。糖尿病になるよ?」
「女の子にはこれ位が丁度良いんだよー。女子達皆飲んでるもん」
あれ? 意識してないのに勝手に喋ってる?
「女子達って……達って誰だよ? 恋と早瀬さんだけとかじゃないの?」
「ちっ、違うもん。佐藤さんだって、佐々木さんだって好きだって言ってたもん」
言い合ってる……んだよな? お互い少しムキになって……でもなんだか懐かしい。
「好きって…実際に飲んでる所見た事あるのかよー。恋に合わせただけじゃね?」
「違うもん! 飲んでる所たくさん見たし!」
なんだろ? どこかでこんな事してたっけ?
「恋の言う事だけだと信用できないなぁ」
「あぁ、信用できないってひどぉい!」
こんなやり取り? ……あっ、もしかして?
「じゃあ」
「だったら」
部活の時の俺達じゃんか。
「クラスの皆にアンケートだ!」
「クラスの皆にアンケートね!」
見事にハモったお互いの言葉……それに気付いてキョトンとした俺達の間に、妙な沈黙が流れる。怒っているはずなのに、どこか懐かしい。日城さんはどうか分からないけど、その原因が分かった俺は、少しスッキリして、少し嬉しくて、少し……楽しかった。
「ぷっ」
「ぷぷっ」
「「ははっ」」
その感情を抑えきれずに吹き出してしまったけど……どうやらそれは俺だけじゃなかったらしい。ほぼ同時に笑い出す日城さん。その笑顔は、文化祭の時に見せた偽物の笑顔じゃなくて……
久しぶりに見た、本当の笑顔だった。
「ほい。じゃあこれ返すよ。ありがとう、美味しかった」
「本当に美味しかったのー?」
「いや……美味しくはなかった」
「あぁーショック」
懐かしいこの感覚。俺が1番望んでいたものなんだ。だったら……ちゃんとケリを付けないといけないよな?
「ふぅ……それで? そろそろ言ってもいいんじゃない? なんであからさまに距離取ってたの?」
「えっと……それは……」
「まぁ、大体分かるよ。文化祭の後からだったもんね」
「……」
「高梨凜でしょ?」
「うん……」
やっぱりなぁ。予想っていうか……ほぼほぼそれが原因だと思ってた。でも、日城さんの気持ちも考えずに、自分の為にぶっちゃけちゃった俺も悪かったよな。なんとか日城さんは関係ないって信じてもらわないと。
「あのさ……確かに恋は高梨凜に似てるけど、俺は別になんにも思ってないから」
「でも……」
「恋は恋、高梨凜は高梨凜……別人だろ?」
「そう……だけど……」
うーん。こりゃ一筋縄じゃいかないなぁ。まぁ、トラウマの原因になった人に自分がそっくりだったらそうなる気持ちも分かるけど……それじゃあ……
何も変わらない……あの時には戻れない……
4人で楽しく騒いで、先輩の無理難題に振り回されて……それでも笑ってた前みたいな関係。
それ取り戻す為に、俺はどうしたらいい? どうすればいい? ……ごめん。俺にはこんな事しか思いつかないよ……。
「恋」
「うん?」
「俺が高梨凜に振られて、女性恐怖症になったってのは知ってるよね?」
「うん」
「でもさ、それが直接の原因じゃないんだよね……だから恋に教えるよ……」
「教える……?」
「その後、何が起こったのか……どうして俺が女恐怖症になったのか」
本当の姿を曝け出す事しか出来ないんだ。
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