第55話 本当の姿

 



「どっか行く?」

「えっ?」


 気抜けた声を出しながら、驚いた様子で俺の方を見上げる日城さん。

 いや、まさかそんな早く反応するとは思わなかったわ。


「いや、ここ居てもつまんないだろ? せっかく来たんだし、見て周らない?」

「うっ、うん」


 まぁた下向いてるし……まぁ、うんって言ってんだからいいんだよな?


「じゃあ、先輩とイチャイチャカップルはあっちから周ってるみたいだし、俺達はこっちから行こう」

「……うん」

「じゃあ行こうか」


 あぁ、なんかやっぱりやりにくいなぁ。




「おっ、亀か……意外と泳ぐの速いなぁ」

「……」



「深海魚って不気味すぎない?」

「うん……」



「おっ、ラッコって本当に貝割って食べんだなぁ」

「そうだね」




 はぁ。さっきから、うんとかしか言わねぇ。しかもあからさまに距離とって付いて来てるし……そんなに近付くのが嫌かね? あれ? でもこの状況って……



『わかった! じゃあ私が女恐怖症治すの手伝ってあげる』



 あぁ……あの時とまったく逆じゃね? あの時女性恐怖症の事話した途端、妙に張り切ってたもんな。まぁその人物が今は俺の後ろを付いて来てる訳で、同一人物とは思えないけどね。

 ……おっ?


「おぉ、すげぇ。アジにサバの大回遊じゃん! サイズも大きくて旨そう」

「ぷっ、それは言っちゃ駄目でしょ」


 ん? 今笑いました?

 その声に日城さんの方を見てみると、一瞬目が合った。微笑んでるかの様な表情がうっすら見えたけど、俺に気が付くとすぐに視線を逸らして俯いてしまう。


 明らかに笑ったよな? 別に笑いたきゃ笑えば良いのに。俺はもう……気にしてないんだけどな。




 よっと、大体半分位まで来たな? それはそうと、ここまで来たからには反対側から来てるはずのヨーマ達かイチャイチャカップルと行き会いそうなもんなんだけど。それらしき姿はないし、俺達早かったか? まぁいいや、それより歩きっぱなしはつらいぜ、少し休憩でもしないかな? 椅子に自販機もある事だし。


「日城さん、少し休憩しようか?」

「あっ、うん」


「じゃあ、座ってて? なんか買ってくるから。何が良い?」

「えっ、私は……」

「とりあえず買ってくるわ」


 はぁ、改めて見ると今までの日城さんからは想像できない姿だなぁ。とりあえず……日城さん何飲んでだっけ? 結構飲んでたと言えば……真昼のミルクティーかな? それで良いか。


 ガタン


 よし。じゃあ俺は……無難にコーヒーでいいや。


 ガタン


 よっと……


「はい、これでよかった?」

「えっ、あっ……真昼ティー……」


 ん? その反応は……どっちだ?


「違う?」

「ううん。ありがとう」


 その時、一瞬だけど日城さんの表情が柔らかくなった気がした。

 ほんの一瞬だったから見間違いかもしれないけど……少し笑ってた?


「正解?」

「うん」


 伊達に学級委員とか新聞部で一緒になる機会多かっただけあるからなぁ。大体分かるよ? 大体ね。


「ふぅ……」


 あぁ、なんかこんなでかい水槽を前にゆったりしてるものいいもんだなぁ。なんか自分も海の中に居るみたいだ。それにしてもこんなでかい水槽あったっけ? まぁ前来た時は内心それどころじゃなかったもんな。いきなり積極的になった日城さんにどう対応すれば分からなかくて、自我を保つことで精一杯だったしねぇ。


 あの時の日城さんはテンション高めだったな。

 それに、なんだか怒ってる感じの日城さん。今みたいなオドオドしてる日城さん。


 色んな姿を見て来たけど……



『あのね……私って恋ちゃんと高校で出会ったばっかりだからさ、恋ちゃんの本心っていうのかな? 本当の姿が分からないんだよね』



 早瀬さんが言った言葉……確かにそうかもしれない。

 ……だってさ、俺だって良く分かんないんだよ。

 本当の日城さんって、


 どんな姿?


 別に知らなくてもいいか? もしかしたら本当はこんな感じで物静かな性格なのかもしれない。けど、ならどうして女性恐怖症治してあげるなんて言ったんだ? その辺りなんだか変な気がする。考えれば考えるほど……ますます分からない。


 あぁ、モヤモヤするなぁ。別にこんな感じでもいいけど、もし俺のせいでこんな姿になってるんなら嫌じゃね? 挙句の果てに早瀬さんにまで言われるし、完全に俺の事疑ってるよね? 日城さんがこんな感じになった容疑者としてさ……それはそれでなんか嫌だ。


 少し離れた所に座っている日城さんを見てみても、ペットボトルを持って水槽を無表情で眺めて居るだけ。

 前までだったらどうなってた? たぶん……隣に無理矢理座って来て、


 ―――ツッキー見てよ! おっきな水槽だね!―――


 とか、はしゃぎながら言うんだろうな。まぁ、例外なく症状が出て


 ―――近いって!―――


 でもそんな俺の事なんかお構いなしに


 ―――いいじゃん。皆それぞれ行っちゃったんだし、しかもこっちゃん達に関してはデートだって? ツッキー知ってた?―――


 とかって、グイグイ来るんだろうな。ふっ、絶対そうだ……って何考えてんだよ俺。


 ふぅ、でも確かに……



『はい。じゃあ副委員長は日城さんに決定ですね。じゃぁ残るは男の副委員長だけど……』

『あっ、蓮! お前やればいいじゃん』

 フ・ザ・ケ・ン・ナ!



『じゃあ、まず俺達クラス委員はリレーに出るよ。だから後3人ずつ。これなら決めやすいだろ?』

 はっ、はぁ? ふざけんじゃないよ! やっぱりだ! お前が張り切って意見を出す時ろくな目に合わない! 



 声的に左が日城さんで、右が早瀬さんか? くそっ! マジで湯気が邪魔ではっきり見えない! シルエット的にしか見えないが……早瀬さん、でけぇ。でも日城さんも負けてないだと?

『おい! 蓮もういいだろ? 替われって』

『体押すなよ、お前もっと見てただろ?』



『おっ、蓮。似合ってんじゃん』

『そうか? お前には負けるけどな』



 皆と居る時……



『初めまして、私早瀬琴って言います。栄人君とは前から合宿とかで一緒だったから知り合いなんです』



『月城君大丈夫? 付いて行こうか?』

 おっ、早瀬さんか……心配してくれてんのかな。やっぱり良い子なのかもしれんな……まだ信用はしないけど。



『んーなんだか甘えちゃってる気がするけど……皆と行けるなら嬉しいな』

『よしっ、決定』

『良かった。それじゃあ先輩にも言っとくから、今度時間ある時にでも先輩に紹介するね』

『うん。今から楽しみだなぁ』

『そうだね。ふふっ』



 皆と話してる時……



『いったた……』

 おっ、ピンク!

『ちょっと、あんたぁ』



『朝から……うるさい』

『いや……いつから居たの?』

『あんたが何度も溜め息ついてる時から』

『えっ、そんな前から』

『だったら声を……』

『あんなダルそうにしてる奴に声掛けたいと思う?』

 あぁ……ミスった。完全にご機嫌斜めじゃん。

『言っとくけど、私だってあんたと一緒に行きたくないんだから! ふんっ』



 嘘だろ……こりゃもう無理じゃん。あれ? でもこれで気楽に走れるかな?

『月城君!』

 うっ、忘れてた……日城さんが近くに居たんだった!

『なっ、なに?』

『諦めてないよね?』

 はっ! なぜそれを!

『多分、こっちゃんは順位を上げてくれるよ? だから、月城君も諦めないで、1位目指して?』



『あんたはいい意味で目立ってるんだから、もっと自分からガツガツ行きなさいよぉ。女性恐怖症? そんなの本気出せば1人や2人位手玉に取れるでしょうがぁ! あんたにはそんな魅力があるんだから、人には無いような魅力があるんだからぁ、もっと自信持ちなさいよぉ!』



 おぉ、ピンクと水色のメイド服! しかもこっちもクオリティがやべぇ、フリフリスカートにカチューシャ! さらにニーハイによる絶対領域……完璧最高じゃねえか! 生で見るのは初めてだが、こりゃ男性陣がハート鷲掴みにされるのも分かる!!

『どう? 月城君』

 って、なんで俺に振るんだよ。まぁ確かに日城さんは顔もスタイルも悪くはないからなぁ、正直言って似合ってる。それに早瀬さんもモジモジしたギャップが最高だね。ただ、ここでキャラを崩したら元もこうもない!

『まぁ、似合ってると思うよ』

『えー、なんかテキトーじゃない? ほれほれ』

 なっ、こいつスカートチラッチラッめくってやがる! 人をおちょくりやがって……なんかムカつく。



 その中心に居たのは……大体日城さんで……



『だからさ、あの時は勢いそのままで……あんな脅迫紛いに無理やり手伝うって言っちゃったけど、月城君の気持ちも聞かないで、本当はダメだった。だから、今改めて……お願いしたいと思うんだ』



『月城君の女性恐怖症を克服するの……手伝ってもいい?』



 なんだかめんどくさいとか、うるさいなとか思ってたけど……心の中では……



『恋ちゃんや栄人君、月城君と笑って学級委員の仕事をしてる時が……1番楽しくて、嬉しいんだ』



 俺……笑ってた……気がする。 

 楽しいって……思った気がする。


 ふっ、確かに栄人はうるさいしめんどい事考えるし、それに付き合わされるけどどこか嬉しそうな早瀬さん。そして明るく盛り上げて皆を繋いでくれる……日城さんが居る。

 そんな雰囲気が…………居心地良かった。


 はぁ、だめだなぁ……俺って。自分で決めたキャラ設定すら守れないなんて。やっぱ慣れない事はするもんじゃないのかも。仲良くなったら、その分傷が大きくなるって、苦痛になるって分かっているのに……それでもこんな雰囲気を1番望んでいたのは……俺だったのかもしれない。


 まぁ、また裏切られたら、めちゃくちゃ傷付くと思うけど……


 この3人なら……大丈夫かな? そんな……気がする。


 …………だったら、やるべき事は1つ。

 自分でぶち壊した雰囲気を……


 もう1度取り戻しに行きますか!


 とくれば……少し荒療治かもしれないけど俺は元々繊細でもないし大雑把。細かい駆け引きとかは苦手でね? 持ってくれよ? 症状に耐えてくれよ? 俺の身体。


「よっと」


 !!


 簡単な話、こっちに寄って来ないんだったらこっちから寄るまで! 手は震えるし心臓は相変わらず締め付けられてるけど……これしか俺にはできない。


 いきなり隣に座られた日城さんの表情は、俺の方を見ながら固まってる。

 なに固まってんのさ、てか日城さんが散々俺にやってきた事だろ? いいでしょ?


 過去最大級の至近距離……ここからは……



 俺のターンだ!



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