第54話 色々画策してる気がしますけど、行かなきゃダメなんですよね?

 



「こっちゃん楽しみだねー」

「うん! 楽しみ」


 休日の朝、俺はなぜかバスに乗っている。

 横から聞こえてくる、楽しそうな日城さんと早瀬さんの声には賛同できないね。そもそもなんで俺は白浜マリンパーク行きのバスに乗ってんだ?


「そういえば蓮と水族館行くの初めてだよなぁ?」


 あたりめぇだろう。野郎と水族館なんて想像しただけで気色悪いわ。そうだ……お前が色々搔き乱さなかったら、俺は体調不良を言い訳に来なかったはずなのに。




「あぁ……だるいなぁ」


 その場の雰囲気に流される様に行くって言ったものの……正直行きたくねぇ。

 しかもいつものメンツと言えばメンツだけど、今の状況じゃ俺と栄人がペア……もしくは俺だけハブられそうな気しかしないんだが? 

 ……あっ、よし! 体調不良という事で休もう、そうしよう!


 ドンドンドン


「おーい蓮、迎えに来たぞー」


 来たな?


「すまん栄人今日は……」

「早くしないとバス遅れるぞー。それに時間通りに行かないと葉山先輩に怒られそうだし」


 はっ!? なんて?


 ガチャ


「おっ、準備……」

「栄人今なんて言った! 葉山先輩?」


「あっ、あぁ今日葉山先輩も来るって……」

「はぁ? なんで!」


 なんでだ? なんでヨーマも来る? 絶対何か裏があるに違いない……こうなりゃ絶対行く訳にはいかん!


「なんでって……昨日本人から急に言われてさ」

「俺はなぁ、今日とても……」


「あっ、葉山先輩から蓮に、来なかったら入学式の次の日って言っといてって言われたんだけど……意味分かる?」

「はっ、はぁ?」


 入学式の次の日……? 何かあった……あっ! もっ、もしかして……俺が新聞部へ入部するキッカケになった、あの出来事!? まっ、まさか来なければそれをバラすとでも? 


 ダメだダメだ! それだけはダメだ! ある意味女性恐怖症を暴露されるより遥かに破壊力抜群だ。くっそ、ヨーマの奴! 最近それについて触れなくなったから、忘れてるとばかり思って安心してたのに! そうか……ヨーマが忘れるはずはないんだぁ。


「ん? 蓮? 大丈夫か? 見た感じまだ準備出来てないっぽいけど……ちなみにマリンパーク10時集合だから、それに間に合うバスは……」


 9時15分発! あと5分しかねぇじゃねぇか!


「今着替える! 待ってろ!」


 バタン




 そうだ……全ての元凶はヨーマとお前だよ栄人。

 それにしてもなんでヨーマも来る事になったんだ? 元々は俺達4人で来るはずだったよな? 朝の栄人の話だと急に言われたって言ってたし、栄人が話した訳では……ない? それに早瀬さんが言ったとも思えない。となると……日城さんか? まぁ、可能性としては有り得る。つまり容疑者3人……やりやがるぜ。


「イルカはいるか? なんてな」


 あぁ、ぶっとばしてぇ。




「よっし、着いたぁ」

「わぁ、すごいー! 実は初めてなんだぁ」

「えっ、そうなの? こっちゃん」


 はぁ、また来てしまったか白浜マリンパーク。なんだか良い思い出がないんですよね。忘れ去った記憶に、ぶっ倒れた恥ずかしい記憶……ヤバいな。


 それにしても、日城さんと来てからもう半年近く経つのかぁ……なんか色々濃すぎて疲れたけど、あっという間だった気がする。


 初っぱなが日城さんとのファーストコンタクトだったからなぁ。あれにはかなりビビったよ。あっ、そいえばその時のパンツガン見事件ってネタが残ってるじゃないか! まぁ、今の日城さんの感じだとそれすら忘れてそうだけどね。


「あっ、いたいた。葉山先輩お待たせしました! 桐生院先輩も」

「あっ、おはようございます」


 あぁ、容疑者の1人が居るぞ? って、桐生院先輩!? てっきりヨーマ1人だけだと思ってたけど……まてよ? これは朗報じゃね? 早瀬さん並の常識人プラス歩く緩和材の桐生院先輩が居るなら、だいぶ過ごしやすくなるはず! まぁ、これも日城さんの仕業だとは思うけどね。


「先輩……?」


 ん?


「遅いわよ? 恋」

「おはよう。皆」

「あっ、おはようございます! もしかして先輩達もマリンパークに?」


 なんか様子変じゃね? それとも……いや、こりゃ演技だな多分。


「えぇ、取材も兼ねて。ねぇ采?」

「うん。丁度取材行こうと思ってたら、偶然片桐君に会ってね? 皆でマリンパーク行くって話聞いたんだ。ありがとうね片桐君」

「いえいえ、たくさんいた方が楽しいですからね。なっ、琴」

「うっ、うん。大勢で出掛けた方が楽しいですもん」

「確かに……このメンバーだとめちゃくちゃ楽しそう! よーし、いっぱい楽しむぞぉ! 先輩、こっちゃん早く行きましょ?」


 あっ、そういう事になる? まさかの男女別!?


「あっ、恋!?」

「恋ちゃん?」


 あぁ、行っちまった……。


「さすがにテンション高いなぁ。日城さん」

「そうですね。じゃぁ俺達も行きますか? 蓮行こうぜ」


 はぁ、野郎だらけの水族館かぁ……まぁ、これはこれで有りかな?




 さって、チケット買ったし……ってあれ? 女子チーム正面の水槽の前で止まってるなぁ? なんかあったのか?


「あっ、遅いわ采」

「いやぁ、ごめんごめん。じゃぁ僕達は記事に出来そうな所に取材も兼ねて行ってくるから、また後で合流しよう」


 ん? という事は?


「えー、先輩達も一緒に行きましょうよー」

「ごめんね、恋。そゆ事だからまた後でね? それじゃ」

「先ぱぁいー」


 おぉ、マジで2人で行っちまった。ガチ取材なのかな?


「ぶー、じゃあこっちはこっちで行こう? ねっ、こっちゃん?」


 まぁ、そうなるわなぁ。


「えっ、あっ、その……」


 なんだ? 妙に歯切れが悪いようなぁ……


「あっ、ごめん。俺達もちょっと行きたい所あってさ……」

「えっ、そうなの? どこ? なら一緒に……」


 ははっ、流れ的にやっぱりそうなりますよね!


「あぁー、日城さんごめん……実は俺達……」

「きゃっ」


 はっ? どうした栄人! おまっ、早瀬さんの手握って引き寄せるとかっ! まっ、まさかお前達本当に……


「えっ?」

「デートしたいんだ。 その……分かってくれるかな?」


 マジかよ? いつの間に? あっ、あの時か? あの仲直りした時か?


 うわっ、早瀬さんめちゃくちゃ顔赤くして俯いてるし! 典型的な付き合い始めのカップルじゃねぇか!


「そそそっ、そうだったんだ! ごっ、ごめん全然気が付かなかったよ!」


 動揺しすぎだろっ! でもこの日城さんの様子……演技には見えなくないか? 本当に知らなかったって感じじゃね?


「ごめんな、じゃぁまた後で。行こうか琴」


 うっわっ、手絡めやがった! なんだアイツは!


「うっ、うん。ごめんね恋ちゃん」


 なんだあの恥じらいの表情は……何でだろう、やりようのない怒りが沸々と湧いてくる。


「あっ、うん。分かった……」


 マジかよ……結局イチャイチャ見せつけたかっただけかよ? ったくムカつくわぁ……あれ? て事は?


 いちゃつく2人を寂しそうに眺める日城さん。さっきのテンションの高さはどこへ行ったのか、2人の姿が見えなくなった瞬間俯く姿は……なんとも言えなかった。


 そんなに皆と居たかったのか?  いや、俺と2人きりになるのが嫌だったのか……恐らくどちらかと言えば後者だろう。

 現にここに来るまで日城さんは俺の事見てないし、向いてすらない。話し掛けるなんて事もなかった。ここまで分かりやすいと、逆に清々しい気持ちにすらなる。


 さて、どうしたもんかね? 日城さんがこんな状態じゃ、絶対俺には話し掛けてこないしな。かと言って、この状況……お客が多い日曜日には目立ちすぎるぞ?


 はっきり言って、それは嫌だ。


 相変わらず日城さんは俯いたままだし……はぁ、仕方ないかぁ。今日だけにしてくれ全く。


 寂しそうな顔の日城さん。その顔は俺にとってはどうでも良いはずなのに……見てるだけで少し胸が締め付けられていた。


 やっばっ。ここで来るのかよ症状。やっぱ話し掛けようとしたら出てくんのかな? 胸が少し締め付けられる。

 でも、まぁ少しの辛抱だろ。歩いてりゃその内良くなるはず。とりあえずここから移動しないとな……


 シカトされたら俺だけでも移動するし、いいだろ? それが嫌ならなんか反応しろ。行くぞ? 話し掛けるぞ?


 少し息を吸った瞬間、体全体に響く締め付けられる感覚。けど、そんなのどうでもよかった。目の前に居るのは日城恋。もうその姿に彼女の影なんて少しもなかった。だからこそ……



「どっか行く?」



 同情とか興味本位じゃない……普通の君と……


 話がしたかった。



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