第36話 月下の光はこの身に余る

 



「月城さん?」


 ……はっ! いかんいかん、自分の世界に入り込んじゃってた。もうきっぱり決別したんだ、そんな事を思い出すなんて何をやってんだか。

 やばっ、六月ちゃんがめっちゃ心配そうにこっち見てる!


「あっ、ごめんごめん」

「大丈夫ですか?」


「大丈夫。でもそろそろ上がって体とか洗おうかな」

「あっ、じゃあ私が……」


 そのくだり忘れてないのかよ。せっかくその思いを断ち切れたというのに……くそ、断腸の思いだ。


「だから、大丈夫だって。それに話聞いてくれただけで十分満足だから」

「ほっ、本当ですか?」


「本当。だから、六月ちゃんももう上がってもいいよ。これからちゃんとお風呂に入るんでしょ? のぼせたら大変だしね」

「ふふっ」


 ん? なんでこのタイミングで笑うの? 結構決めに行ったはずなんだけど……?


「今日会ったばかりですけど……月城さんが想像通りの人で良かったです」


 想像通り? 君は一体どんな想像してたんだ? しかもそれって良い意味? 悪い意味?


「そっ、そうなんだ」

「はいっ! それではお言葉に甘えてお先に上がりますね」


「はいよー」

「よいしょっと……月城さん、本当にありがとうございました」

「こちらこそありがとう」


 ……行ったか。正直そこまで言われるような事してないんだけどな。まぁ、本人がそう思っているならいっか。それにしても……スクール水着最高!




 ふぅ……良い風呂だったぁ! 少し長湯しちゃったけど、体ポカポカ、体スッキリで最高だな。

 さて、これからどうするかな? 部屋に戻るか? ……ん?


 目の前に広がる中庭の様な場所。さっき一月さんと話をしていた時よりも強い月の光が、真ん中にそびえ立っている木全体をを照らしていた。その光景はどこか神秘的で、まるで自分の中のモヤモヤしたモノを浄化してくれているような、そんな気さえする。


 なんか……さっきより綺麗に感じる。なんでだろう? 月の光のせいかな? あっ、あそこから中庭入れるじゃん! しかもサンダルまである。行ってみようかな。


 よっと。てか、この木も結構でかいよな。家に中に中庭が有るってだけでも稀なのに、そこに木って……マジでお金持ちの家位しかないだろうよ。樹齢何年くらいなのかな? 結構だとは思うけど、その間、この木はずっとここで月の光を浴びながら過ごしてきたんだろうな……。


 ん……!? 少し寒気がした? ということは、もしかして……。


 この感じ、近くに誰かが居るのは予想できてたし、それが誰なのかも大体は見当が付いていた。前に見える廊下には誰もいない、だとすれば残るは……その瞬間思いっきり後ろを振り向くと、その人物がポカンとこっちを見ている。


 あぁ、やっぱりか……


「えぇーどうしてわかったの!?」


 そこに居たのは、驚きと悔しさが入り混じった表情を浮かべた日城さんだった。


 なんでって……寒気したもん。


「もしかして、この距離でも寒気だっけ? 症状出るの?」


 分かってるじゃないか。


「まっ、まぁ……」

「範囲広くないー? あっ、てかこんなに離れても分かるって、むしろ私に気があるとか!?」


「はぁ?」


 何言ってんだ? 純粋に危険察知レーダーが反応してるだけなんだけど。


「ないない」

「何よー、なんかムカつく。まぁ、いいんだけどさぁ」


 ん? なんかいつもよりテンション高くないか? 思いがけないお泊まりが楽しいとかか? あっ、やべっ! こっち来るし! ちょっとあなた裸足ですよ? 気付いてます?


「なによー変な顔してぇ」


 変な顔? いやいや、これでも心配してんですけどぉ?


「あんたはいっつもそう。私を見る時、驚いたか、引きつったか、変な顔か……そんな顔しかしないのよね」


 やっぱり……いつもの日城さんじゃなくね? ドカドカ近付いてくる!


「そんなに私おかしい? 変? ねぇ、ねぇ?」


 おぃースピード緩めて! このままだとぶつかるい勢いなんですけど! って、なんか目が据わってない?


「なんか言いなさいよぉ。いっつもそうやってすかしてさぁ、なんなのよぉ」


 やべぇ、完全に目据わってるじゃん! なんでだ? 酒でも飲んだのか?


「にしし、どうしたぁ? 固まってぇ、いつもならすぐ離れちゃうくせに」


 うぉっ、ちっ近い! 嘘だろ嘘だろ? 様子の変化なんて気にししてる場合じゃなかった! そんな事してる内に、あっという間にこの距離じゃんか! 全然足動かせないし、寒気はヤバいし……最悪だぁ。


「あんたさぁ……」


 うぅ……近いぃ……あれ? でも酒とかの匂いはしなくね? でもこの感じは明らかに酔ってるよなぁ。


「ちょっと聞いてんのぉ?」


 ひぃ、顔が近いって!


「はっ、はい!」

「あんたさぁ、いつもすかしてるけど思ってる以上に目立ってるからね?」

「はっ、はぁ」


 なっ、何を言い出してんだ?


「片桐君と一緒にいるから自分は目立たないだろ? なんて思ってんでしょ? あんた達まるで正反対な感じだけど、どっちもどっちで目立ってるからね!」


 いやいや、栄人は目立ってるだろうけど、俺はそんなにだろ?


「目立つ種類っての? それ全然違うから! 近くに居たらどっちも目立って、ものすごいよ? ホント」


 えっ、そうなの? いやいや、それはないでしょ? 栄人の近くに居たら大抵の人は薄れるでしょ。てか種類違うってなによ。


「きぃてんのぉぉ!?」

「はっ、はい! 聞いてます!」


 なんなんだよ! まるで酔っ払いのウザイ絡み方じゃねぇか。にしても、どうしたらこんな状態になるんだよ!


「あのねぇ、片桐君は太陽よ。太陽の様に明るくて、周りも照らしてくれんのよ。それに男女関係なくグイグイ近付いて来るから委員長としては最適! 実際そのお陰で3組はまとまってるし、皆も頼りにしてる。だから、自然と人が集まってくる」


 まぁ……そうだろうね。


「でもさ、あんたは……そう例えるなら月! ちょうど今浴びてるような月の光よ!」


 はっ、はぁ?


「不思議と優しい感じの光で、自分からは決して近付かない。だから普通にしてたら人はまず寄ってこない」


 そうしたくて行動してたんだけど、いざ言われるとなんか傷つくなぁ。


「でもさ、ふとしたきっかけであんたに接触したら、皆なんだか穏やかな気持ちになるのよ! まさに月の光に照らされてるみたいにね! 少し不愛想だけど、話は聞いてくれるし、アドバイスもくれるし、指示も出してくれる。いつもは冷めてるのに、勇気出して近付いたら意外と優しいみたいなギャップ? こっちゃん然り、佐藤さん然り、紋別さん然り。あんたの事こぞって良い人だっていってるもん! そんな魅力があんたにはあるのよ!」


 えっ、なに? 3人してそんな事言ってんの? いやぁ……嫌われたくないから当たり障りのない行動と回答してるだけなんです。しかも近付かないっていうか、近付かないようにしてるんだけど……その行動がそんな捉え方されてんの?


「いい? だからあんたが片桐君といると、片桐君に近付いて来た人がふとしたキッカケであんたに触れて、あんたの魅力に気付く……ってな事が起こり得るわけ! だからあんた達2人はかなり目立って見えんのよ」


 えぇ……やっぱり栄人のせいじゃねぇか! 近くに居なきゃ誰も寄ってこないって事だろ?


「だからさぁ。私は言いたいのよ……」


 なっ、何を?


「あんたはいい意味で目立ってるんだから、もっと自分からガツガツ行きなさいよぉ。女性恐怖症? そんなの本気出せば1人や2人位手玉に取れるでしょうがぁ! あんたにはそんな魅力があるんだから、人には無いような魅力があるんだからぁ、もっと自信持ちなさいよぉ!」


 じっ、自信って……いやいやいつもの10倍はウザいんですけど? しかもさらっと女性恐怖症の事言わないでくれます?


「分かった!?」


 だから近いって!


「分かったぁ!?」


「はいっ! 分かりました」

「じゃあよろしい!」


 はっ、なんだったんだよ。一頻り話したかと思ったら、もはやそそくさと後ろ向いて戻って行くんですけど? なんなんだあの酔っ払い? てか大丈夫か?


「ちょっ、大丈夫なのか? 部屋まで行けるのか?」

「馬鹿にしてんのぉ? ちょっとシャワー浴びてから部屋に行くだけよぉ」


 シャワーって……そんな状態で大丈夫か?


「1人で大丈夫なのか?」

「なに? 心配してくれてんの? だったらぁ、一緒に入る?」


 はぁ? なんかあのニヤリと笑った顔が無性にムカついてきた。


「ケッコウデス」

「にしし、別にいいのに。いつでもおいでよ。じゃあおやすみなさぁい」


 本当に大丈夫か? 

 一応風呂場には入っていったけど……まぁ、あとで一月さんに見て来てもらおうかな。


 それにしても……俺に近付いた人は穏やかな気持ちになるか。有り得ないでしょ。俺は最低限の対応をしてるだけで、体育祭の時だって一時的に目立っただけなんだから。今まで通りクソイケメン委員長の陰に隠れてりゃほとぼりも冷めるし、大丈夫だろ。


 俺がこんな月の光みたいか……。


 こんな素晴らしい月下の光、俺の身には余る代物だよ。



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