第35話 これって、どういう展開?
「おっ、お邪魔します!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
いやいやちょっと待て! 思わず目線逸らしちまったけど……勿体なかったか? って何考えてんだよ俺。こんな展開は漫画とか二次元世界だからこそ許されるんであって、現実世界じゃご法度だろ!
それに、どこかで聞いた事ある声だけど……一体誰なんだ?
「どっ、どうしたんですか!? それになんで入って来てんですか?」
「あっ、その……月城さんにお礼がしたいと言ったら、一月姉さんがこうしたら良いって……」
お礼? 一月さん? あの人、一体何してくれてんだよ! それに俺も女の人が苦手だって匂わせたよね? それでわざわざこんなの仕向けるとは……やはりあの人はヤバい人なのか?
しかもお礼ってなんだろう? 一月さんに言われたって事は関係者とかか?
「それに、水着ちゃんと着てるから大丈夫です!」
えっ水着? なんだ着てるんじゃんか……って何ガッカリしてんだよ! それでもダメだろ!
「本当に水着着てるの?」
「はい!」
まぁ、水着着てるなら……見る分には問題ないか。ゆっくりゆっくりっと……君は!
浴室の入り口、バスタオルを恥ずかしそうに押さえていたのは……
「えっと……六月さん?」
結っていた髪下ろしてるから一瞬誰だか分からなかったよ。確か、忍さんの妹の六月さんだよな? あと、その簡易的髪型切り替え機能って結構厄介よね。
「はい! 失礼します!」
えぇ! ホントに来るの? 本当に背中流すの!?
「いっ、いやいや、さすがにそれはいいよ!」
「そっ、そんな。私じゃダメですか……」
そういう訳じゃないけどさっ、むしろお願いしたい位なんだけどさ……いやいやダメダメ!
「そういう事じゃなくてっ! 普通は知らない人の背中とか流さないからっ! それにましてや風呂場に入って来るって事も有り得ないよっ!」
「えっ!? そっ、そうなんですか?」
そうなんですかって……分かるでしょうよ。
「じゃあ男の人は背中を流されたら幸せな気分になるっていうのも……嘘なんですか?」
「そっ、それは嘘じゃない……と思うけど……」
「そうなんですか? なら良かった!」
うわっ、めっちゃ笑顔になった! って、こっち来たぁ!
「だったら背中お流ししますね」
えぇ……いいのか? いいのか? このまま背中流してもらってもいいのか? くそぉ……俺の中の天使と悪魔が戦っている!
―――いいじゃねぇか、本人がやりたいって言ってんだからよ。お前だってやってもらいたいんだろ?―――
―――ダメだ。何も知らない無垢な少女が、勘違いしていると知りながらやってもらうのか? それでいいのか?―――
くぅ……どうするどうする?
「それではいきますね」
本当にいいのか? これでいいのか? ……良くないっ!
「六月さん、やっぱりいいよ」
「えっ?」
「いや、嬉しいよ? 女の人にそんな事してもらって。でもさ、一月さんがどういう意味で六月さんに提案したのかは分からないけど、俺は……そういう事は本当に好きな人にするべきだと思ってる」
「ほっ、本当に好きな人!?」
「うん。だからさ、六月さんのその気持ちだけで充分だよ。てか、俺ほとんど何にもしてないし……お礼って忍さんの事でしょ?」
目の前であんな抱擁見せつけられたら、どんだけ六月さんが忍さんを大切に思ってるかわかるって。しかも忍さんが逃げなかったって事は、彼女はトラウマの元凶の1人ではないって事でもある。その時点で他のお姉さん達とは少し違うんだって思ったよ。
「そうです。お兄さん突然いなくなって、私心配で心配で仕方なかったんです。そして今日戻って来てくれた。それを手助けしてくれたのが月城さんだって聞いて、どうしてもお礼がしたくって……さっきはお兄さんに会えたことが嬉しすぎてご挨拶も出来なかったですし」
確かに抱擁が終わって、2人で仲良く話してたもんね。俺そんなラブラブな空気の中に居づらくて、お屋敷まで戻ったもん。
「そっか……気持ちだけで嬉しいよ」
「でも、それだと私が納得できません」
んー、マジかそう来るか。どうする? これはこれで無下には出来ない部分もあるし……じゃあお話でもするか? しかも、いきなりの出来事に驚いていたから気付かなかったけど、なぜか六月さんが近くに居ても症状出てないし、普通に会話も出来てるんだよなぁ。さっきの一月さんといい、俺の危険察知レーダーがなんか変だ。
「やっぱり、お背中流します!」
「いやいやっ! じゃあさ……ゆっくり話でもしようよ。湯舟浸かりながらさ」
「いっ、一緒にお風呂!?」
なんだ? 急に恥ずかしがってるんだけど? 背中流すよりだったら良いと思うんだけど?
「うん。ここの事とか聞きたいし、六月さんの事とかもね」
「わっ、私の事ですか!? はぅ」
いやいや、何赤面してんの? 言っとくけど、それより恥ずかしい事しようとしてたからね? あなた。
「恥ずかしいなら無理しなくても……」
「だっ、大丈夫です! 月城さんがお望みなら!」
お望みって……まぁ、お望みって言えば間違いではないけど、なんか言い方が……まぁいっか。
「じゃああっち向いてくれる? 湯船に入るから。湯舟の中でもタオルは付けたまんまでもいいよね?」
「もっ、もちろんです! あっち向きます!」
なんか反応が可愛いな。一月さんの言う事を真に受ける辺り、本当に無垢で素直な人なのかもしれないなぁ。よっと……ふぅ。
「あっ、大丈夫ですよ」
「はっ、はい! しっ、失礼します」
おっ、スクール水着! これはまた。くびれも……って馬鹿野郎! ジロジロ見すぎだ!
それにしても……六月さんって何歳なんだ? 思わず敬語で話してるけど、さっきはセーラー服だったよな? でもそんな高校だってある訳だし。聞いても差支えはないか?
「そういえば、六月さんは何歳なんです?」
「えっと、今年で15歳です」
マジ? 今年で15って事は中学3年か?
「て事は……」
「今中学3年生です」
「1個下かぁ」
「はい。だから月城さんなんで敬語何だろうって……」
「ごめんごめん。いきなりタメ口だと失礼だからさ」
「なるほど! 勉強になります!」
まぁ、そんな感じで六月さん、いや六月ちゃんと……色んな話をした。この烏の事、六月ちゃんは来年受験だけど高校が絞れないだとか、陸上部で走り幅跳びやっているとか、姉や兄の話とか。俺の部活の話、高校の話、そして……
「そう言えば、お兄さんと月城さんはどうやって仲良くなったんですか?」
「ん? まぁ、林間学習で出会ったのがきっかけかな。それに似ている部分もあったし」
「似ている部分? 月城さんは寡黙って感じではなさそうですし……」
えっ? そうなの? 俺寡黙じゃない? 静かじゃない? 明るくはないと思うけど……。
「となると……お姉ちゃん達が苦手とか?」
なかなか鋭い!
「あぁ、俺に姉は居ないよ。妹ならいるけどね。けど、半分くらいは当たりかな」
「そうなんですか? 半分くらいって事は……もしかして女の人が苦手とか?」
忍びこえぇ。こんな薄いヒントで、どうしてピンポイントで当てれる訳?
「まぁ、そんなとこだよ」
「えぇ、すいません! そんな事知らずに近付いてしまって! しかもお風呂まで……」
「大丈夫。最近は大分治って来てるみたいでさ、一月さんとか六月ちゃん近くに居ても大丈夫みたいだし」
「それなら良かったです」
「それにしても、忍さんと一月さんの話聞いてたら、なんだか不思議に思っちゃったよ」
「どういう事ですか?」
「だってさ、忍さんは一月さん達に嫌われてる。だから女物の服を着せたりいじめるんだって言った。でもさ、一月さんの話を聞くと全く真逆なんだよね」
「そうなんです。お姉ちゃん達はお兄さんの事本当に大好きで、可愛がっていたんです。それに、私にとっては優しいお姉ちゃん、お兄さんなので、皆揃ってお屋敷に居れないのがつらくて……」
そうだよなぁ。六月ちゃんにとっては皆優しいはずなのに、今はバラバラ。この状況は嫌だろうなぁ。
「でも理由はどうであれ、1度そう感じてしまったらなかなか元には戻れないよね。多分本人も、頭では分かっても体が反応しちゃうと思う。忍さん達の状況も知っちゃったから、なんとかしてあげたいって思うけど……あくまで本人の気持ちだからねぇ」
「そうですよね。私、頑張ります! お兄さんがここへ戻ってきて、頭領として皆と一緒に暮らせるように!」
おぉっ! なんかパワーがあるなぁ、さすが中学生だ。俺なんかとは……いや、俺みたいにはならないでくれよ?
「ふぅ」
「どうしたんですか? のぼせちゃいました?」
「うぅん、ちょっと考えてた」
「考えてた……」
「忍さんが女恐怖症になったのは、ちゃんと理由があった。けど、それは一月さん達の悪意じゃなかった訳だろ? でも、事実それが原因でもあった。だったらさ……」
「だったら……?」
「俺が女恐怖症になった原因……てかその人。その人にもなんか理由があったのかなって、それとも俺の勘違いだったのかな……なんてさ」
『その……女子がしゃべってるのちらっと聞こえたんだけど……』
振られてから、全然話しなかったしな。声も姿も何もかも感じたくなかった。でも、もしかしたらなんか理由でもあったのかな……
『あぁ、噂になってるらしいんだ。その……お前が凜ちゃんに振られたって』
『ヒソヒソ』
『振られたんだって……』
『まじ~?』
例えそうだとしても……
あの苦しみが消える事はない。
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