第34話 宴会の外で

 



「はっはっは」

「お姉さんも食べな!」

「飲み物くださーい」


 所狭しから聞こえる楽しげな声が、部屋全体に響き渡る。時刻は夕方、場所は俺達が最初に通された部屋だ。

 その部屋一杯に宴会を楽しむ人々の姿、姿、姿。正直誰が誰なのかは分からないけど、その多くは烏野衆である事は間違いないと思う。だったら尚の事、この空間は異様に見えて仕方ない。


 マジかよ。予想の倍近くは人が居るんですけど? ここに居るって事はほとんどが烏野衆って事? 忍さんみたいな事出来る人達が、こんなにも居るなんて……よくよく考えると恐ろしいよな。


「いやー姉ちゃん別嬪べっぴんさんだなぁ」

「彩花ちゃんだっけ? あの葉山グループの娘さんだと」

「ホントか? あそこのホテルは最高だったなぁ」

「ありがとうございます。お上手ですねおじ様方。ところで、先程の変わり身の術、もう1度見せて下さいません?」


 おいおい、酒に酔ってるおじさん達を上手に乗せて、忍術の情報を盗み出そうとするんじゃないよヨーマ。しかも別嬪さんとか言われて、満更でもない顔は止めなさい。おじさん達もおじさん達だよ。何乗り気でやってんだよっ!


「恋ちゃんて鳳瞭学園に通ってるの?」

「いいなぁ。めちゃくちゃ都会じゃん」

「ねぇねぇ、芸能人だと誰が好き?」

「えぇ、いっぱいカッコ良い人いるからなぁ。決められないかも」


 こっちはこっちで同年代の人達ともはや溶け込んでるし! なにキャピキャピしてんだ! 取材はどうした! 記事の為の取材はどうした!


「月城君」


 ん? 


「食べてるかい?」

「あっ、はい。いただいてます」

「そうか! わっはっは」


 この豪快に笑っているガタイの良い人、この人こそ現烏野衆頭領で忍さんのお父さんの烏真厳真げんまさん。こんな見た目に反して、意外と優しくしてくれる。最初見た時はおしっこちびりそうになりました。ちびってはないよ? 本当だよ? 


 それにしてもどうやって忍さんの居場所を見つけたんだ? やはり頭領だけあって、その辺の能力は恐ろしいのかもしれない。それにしても、忍さんとはもう話をしたんだろうか? 夕方に家まで一緒に来たのを最後に忍さんの姿は見てないし、現に今も居ないし……


「遠慮しないで楽しんでくれよ。それでは失礼」

「ありがとうございます」


 っと、それにしても……やっぱりこの人数は多すぎる。ある程度の我慢はしたけど、少し離れようかな。そうと決まれば、よしよし皆盛り上がってるから、気づいていないな……っと、



 ふぅ。何とか脱出成功。おっ、あっちに中庭みたいな所がある! それ見ながら少し風に当たってようかな。

 いやぁ、日本庭園に月って最高に雰囲気合ってるじゃん。古き良き日本って感じで染みじみしちゃうよ。


「御気分でも悪いのですか?」

「うわっ」


 その時だった。不意に聞こえて来た声に、思わず情けない声が零れた。ただ、反射的に振り向いた先に居たのが顔見知りで良かった。

 びっくりしたぁ。一月さん? 誰も居ないと思ってたのにいつの間に隣に?


「すいません。驚かすつもりは」

「いえいえ大丈夫ですよ。ちょっと人に酔っただけです」

「そうですか」


 この人なんか典型的な大和撫子って感じだよな。着物に長い髪が合いすぎだっての……ってあれ? なんで隣に居るのに、寒気とか症状が起きないんだろ?


「月城さん、忍ちゃんの事本当にありがとうございました。あの子が来てくれたおかげで、今後の烏野衆はもっと繁栄できるでしょう」


 繁栄? あぁ、次期頭領の話か……て事は、もう話し合い終わったって事? 一月さんもその内容を知ってる?


「あの、烏野衆の中の問題になるとは思うんですけど、その……忍さんの、忍さんの次期頭領の話って……」

「えぇ。最初は父も難色を示してましたけど、今ではあの通り。父もある程度そんな事考えていたのかもしれないですね」


「と言うと……」

「忍ちゃんは烏には居ませんが、次期頭領という事に変わりありません」


「それって、忍さんはいずれここへ帰って来るって事ですか!?」

「いいえ。こんな状況になったのも、全ては私達家族の責任。それは忍ちゃんがここを出て行ってしまった時痛いほど理解できました。本当は帰ってきて欲しいのですが、それを無理強いさせる事はできません」


 ん? つまり、忍さんは次期頭領だけど、帰ってこなくてもいいって事? でも頭領不在って……いいの?


「ですので、忍ちゃんが新しく頭領になった時、忍ちゃんが居ない間は私が頭領代理を務めるという事で話はまとまりました」


 なるほど、頭領は忍さんだけど、戻ってくるまでは一月さんが代理って事か。こんな状況なら1番賢いやり方かもしれない。けど、一月さんが頭領だといけないのか?


「そうなんですか。一月さんが頭領になるって事は無理なんですか?」

「父にも言われました。なれない事もないのですが……私が拒否しました。私は頭領になるのは忍ちゃん。そう思い続けていましたから」


 んー、確かに忍さんの言う通りいじめがいのある奴をここへ戻したいから頭領にさせる。それは分かるんだけど、今の話だと一月さんは本当は居て欲しいけど、忍さんが頭領になる為なら、無理強いはしない。それって、頭領になってくれさえすれば良いって事なんだよな。なんか、忍さんの言ってたイメージとは違うような。


「どうして忍さんじゃないといけないって思ってるんですか? 確か忍さんのお姉さんは5人いると聞いてます。一月さんでなくても、その他の誰かがやればいいんじゃ」

「月城さん? 忍ちゃんからなんて聞いてるか知りませんけど……私達忍ちゃんの事が大好きなんです。可愛くて仕方なくて、だからこそこの烏野衆の頭領は忍ちゃん以外ありえないんです。私は勿論、他の妹達も皆」


 かっ、可愛い!? それっていじった反応が可愛いとかそういう事じゃ……。


「かっ、可愛い……」

「えぇ。忍ちゃんは私達が待ちに待った男の子、可愛くない訳がありません。でも、その結果忍ちゃんに辛い思いをさせてしまうなんて思いもしませんでした」


 おいおい、なんか話がおかしな方に向かってるぞ? じゃぁなにか? お風呂に突撃したってのも、女物の服を強制させたってのも……。


「そうだったんですか? あっ、あの少し聞いてもいいですか?」

「何でしょう?」


「忍さんから聞きました、その……お風呂場に突撃されたり……」

「あぁ、皆忍ちゃんと一緒にお風呂に入りたかったんですよ」


 えっ?


「じゃっ、じゃあ女物の服を着せたっていうのは……」

「忍ちゃん昔っから綺麗な顔しててね? それはもうお人形さんみたいだったの。だから皆必死だったわ、自分が1番忍ちゃんを可愛くするんだって。それをみんな見たがっていたのよね……忍ちゃん男の子なのに、それ以上に可愛かったんですもの」


 ははっ……嘘でしょ?


「服を捨てられたっていうのは?」

「服を捨てた!? そんな事する訳ないじゃない。でも、いつだったか女物の服を着せたがってた時、忍ちゃん裸で逃げ出した事ならありました」


 逃げたって、そういう事!? まぁ、これに関しては半分は当たってるなぁ。でも、なんとなく話が見えてきた様な気がする。


「あの、では取り繕った物を着せられていたっていうのも……?」

「想像している通りです。余りの可愛さに、自分の着せたいファッションの争奪戦で……それに忍ちゃんが巻き込まれた形です」


 ……ははっ、そういう事か。お姉さん達は忍さんの事嫌いなんじゃなくて、溺愛しすぎてるんだ。いわゆるブラコンってやつ?

 けどその溺愛っぷりに忍さんは耐えきれなくなった。まぁ、お風呂に突撃が何歳まであったのかは聞いてないけど、思春期の男の子だったらまずいよなぁ。それに女物の服も、年相応になったら嫌だろうし……その結果が裸で逃亡って訳か。


 でも、理由はどうであれ、1度そう感じてしまったらどうしようもないんだよな……


「なんとなく事の顛末が分かった気がします。でも、一旦そう感じてしまったら、頭では理解出来ても体は反応しちゃうんですよ。だから、本当に一月さん達が忍さんの事大切に思ってるなら、解決にはもうちょっと時間が掛かると思います」

「そう……ね。あなた、忍ちゃんの気持ちが凄く分かってるみたいだけど……もしかしてあなたも同じような?」


 うわっ、なんで分かるの? 当てちゃうの? なにそれ忍びの勘ってやつ? こわっ。まぁ、ここにもそんなに来ないだろうし……別にいいか。


「まぁ、そんなとこです。だから忍さんの気持ちは良く分かります」

「そうなんですか。忍ちゃんが貴方を連れてきた理由が分かりました……どうぞ忍ちゃんを宜しくお願いしますね」


「こんな俺で良ければ」

「ありがとう。それじゃあ私は戻りますね。あっ、そうだ。宜しければ先にお風呂はどうでしょう? 疲れた体には最高ですよ?」


 お風呂? 今戻ってもあの人だかりだもんなぁ。風呂で時間潰すのも有りかも! 


「本当ですか? 是非!」

「分かりました、ご案内しますね。着替え等もお任せください。用意しますので」

「あっ、ありがとうございます」


 なんだか本当に至り尽くせりだけど……まぁせっかくだから甘えても良いよね? 何はともあれ、風呂で少しリフレッシュしようかな。




「うわっ、風呂場でけぇ!」


 思わず声出ちゃったよ。家の風呂にしては広すぎだろ? 浴槽だって立派な木枠で出来てるし、人だって5人ぐらいは入れそうだ。これはもしや檜風呂ってやつなのか?


 これは気持ちいいぞ? っと入る前に、まず体洗うか……よっこいしょ。ふぅ、サッパリするなぁ。


 コンコン


 ん? なんか音がする?


 ガラガラ


「失礼します!」


 えっ? なんか声聞こえたけど、誰だ……ってはぁ!?


「おっ、おっ、お背中を! あっ、洗いに参りましたぁぁ!」


 ちょっちょっと待ってよ! なんでなんで? 


 なんで女の人がバスタオル一枚で立ってるのさ!



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