第31話 いやいや、そこは危ないでしょ?

 



 ふう。今日の朝ごはんも最高だったなぁ。

 長いはずの夏休みもあっと言う間に過ぎ去り、今日からまた学校の始まり始まり。

 といっても、夏休み中には家に帰ったりしてないから、ただ単に起きる時間が早くなっただけだったりする。


 まぁ、唯一の不安は新聞部というかヨーマに遭遇する確率が高くなる。

 クソイケメン委員長のポジティブ光線を浴び続ける。

 そしてなにより週5で日城さんと顔を合わせる羽目になる事だろうか。


「夏休み中は、それなりに少なくて良かったのになぁ」


 穏やかな日よ、さようなら。ようこそ混乱の日々。まぁ、なんとか乗り越えていくしかないよなぁ。


 コンコンッ


 ん? 誰だろう? 栄人のやつもう迎えに来たのか? いくら新学期初日だからって早すぎだろう?


 コンコンッ


 はいはい、今行くから待ってろ。


 コンコンッ、コンコンッ


 なんだよ、うるさ……あれ? ドアを叩いてるにしては妙に音が高くないか?


 コンコンッ


 しかも、なんか後ろの方から音聞こえるんですけど? 後ろにあるのは……窓ですよ?


 コンコンッ


 やべぇ、嫌な予感しかしねぇ。しかもここ4階なんですけど、そこで窓を叩くって事は……


 コンコンッ、コンコンッ、コンコンッ


 はぁ……めちゃ叩いてる! どうする、振り返るか? 襲われたらどうする? いやでも窓ガラスの外なら大丈夫だろう? うん……大丈夫。気持ちで負けたら多分ダメなんだ、メンタル強く。そうだ、本当に想像通りの奴だったら、それを特集にして怪奇特集番外編としてヨーマに提案しよう。そうしよう。よし、じゃあ、行くぞ? 振り返るぞ? いけっ!


「うわぁぁって、あんたかよ!」


 決死の覚悟で、振り向いた俺。だが、そんな目に飛び込んできたのは……長い髪をなびかせた、鳳瞭学園用務員の烏真忍さんの姿だった。

 元忍びとはいえ、その登場の仕方は心臓に悪い。


「えっ、忍さん?」

「すまん。少し開けてくれ」


 いやいや、最初から声出してくれよ。しかも一応ここ4階よ? 窓の上辺りを左手で掴んでるのは分かるけど、どうやってそこにしゃがんでるのさ? まさか、窓のサッシの狭い所に足乗っけてんの? ヤバくね?

 とりあえず……開けようか。


 ガラガラ


「すまんな」

「いえいえって、サッシの所に足の指乗っかってるだけじゃないっすか! 指の力だけでそんな綺麗にしゃがんでるんですか!?」


「ん? これ位普通じゃないのか?」

「普通じゃ出来ません! しかも外から見たら完全に目立つんでとりあえず中に入って下さい」

「あぁ、それでは失礼する」


 ったく。外から見たら只の落ちそうになってる人じゃねぇか。そもそもそんな事誰でも出来るって思ってる時点でヤバイよ。


「それで、わざわざ寮にまで来たのは? よっこいしょ」

「実はな……大変な事になってな」


「大変な事? どうぞ座って下さい」

「いや、立ったままでいい」


 なんだろう。滅多に表情を変えない忍さんが、かなり焦っている気がする。そんなにさせる大変な事ってなんだ?


「実はな……烏山へ顔を出せと親父から連絡があった」

「烏山へ?」


 烏山……忍さんの故郷だよな? 烏野衆と呼ばれる忍び軍団の本拠地で、表向きでは烏山忍者村という人気レジャー施設を経営しているらしいけど、それにしてもそこから逃げた忍さんの所に連絡が来たって事は、忍さんの居場所もバレてるって事じゃない?


「あぁ。それに親父にはバレバレだったみたいだ。俺がここで働いてるって事もな。別に顔を出すのは良いんだ、だが……」

「あぁ、お姉さん達ですよね?」


「そうだ。想像するだけで……うっ!」

「うわっ、大丈夫ですか?」

「すまん。大丈夫だ」


 大丈夫じゃないでしょ! 忍さんが女恐怖症になったのは忍さんの実の姉が原因だもんなぁ。想像するだけでこんな感じじゃ、ばったり会ったらどうなるか想像もしたくないね。


「でも、どうしてお父さんは顔を出せと?」

「うむ。どうやら跡目の事らしい。本来なら息子である俺が頭領となるべきみたいなんだが、こんな感じで烏から離れたもんだから、その件について話し合いたいって事らしい」


「烏?」

「烏って……あぁ、俺達の村の事だ。まぁ烏山って言った方が分かりやすいか」


 あぁ、昔は烏って言ってたのか。確かに今では烏山って言った方が知名度的にすぐ分かるだろうな。それにしても跡目問題……あれ?


「なるほど、でもそれって逆に考ると、上手くいけばお父さん公認で烏を離れられるって事じゃないですか」

「確かにそうなんだが、それ以上に烏に行きたくないんだ……」


 あぁ、そういう事か。話をつけたいが、足がなかなか進まない。トラウマの元凶の所にわざわざ向かうって事だもんなぁ。

 俺で言う、わざわざ実家に帰って彼女の家の前通る位か? ……絶対に嫌だ!


「わかります。すごく分かります」

「おぉ。やはり分かってくれるか友よ」

「もちろんです」


 めちゃくちゃ分かりますよ、忍さん。


「だが、自分でも分かっているんだ。いつかは決着をつけなければいけないと……」


 確かに有耶無耶なまんまだと、しっくり来ないかもしんないよな。しかも居場所がバレている以上、下手したらあっちが来る可能性だってある訳だし……


「そこでだ蓮、お前に頼みがある」

「頼み?」


 俺に頼み?


「俺と一緒に烏まで来てくれないか?」


 えぇ! 一緒に行くの? 俺も?


「えっ、俺ですか?」

「頼む、他に頼れる人がいないんだ。1人では絶対に無理だ」


 ん……別に行くのは良いんだけど、忍びの村だよな? 大丈夫? 拉致られない? 毒とか飲ませられない? 道はちゃんとあるの? 不安が多々あるんですけど。


「頼む!」


 でも、同じ女恐怖症を患っている同志が困っているのを見過ごす訳にはいかないよなぁ……仕方ない、忍さんの為に!


「分かりました。一緒に行きましょう!」

「本当か? おぉ、ありがとう」


「それで? いつ行くんですか?」

「まだ日程は連絡していない。蓮はいつなら大丈夫そうだ?」


 そうだな……さすがに今週末は急だし、早くて来週かな? ヨーマからの取材依頼も今週でこなせそうだし。


「できれば来週末がいいですかね」

「来週末か、了解した。ではその日程で頼む」


「分かりました。上手くいけばいいですね」

「そればっかりは何とも……それになにより姉達が恐ろしくてな」


 忍さんがそこまで恐れる5人のお姉さん方、いったいどんな恐ろしい人達なんだろう。話のイメージ的にはゴツくて、剛腕、それに加えて忍びというポテンシャルか……俺なんか瞬コロだろうな。


「だが、お前には何もしてこないだろう。外面だけは良いからな」

「そうなんですか?」


「あぁ、むしろ他の連中からはあんなお姉さんいっぱい居ていいわねぇ? とか、お前がうらやましいよ! とかって言われる位だからな。それだけ外堀は固められているんだ。正体を早々に明かすことは考えにくい」

「はぁ……なるほど」


 まじか、なら命だけはとりあえず大丈夫かな?


「それに安心しろ、もしもの事があれば刺し違える覚悟でお前を逃がす」


 いやいや、いきなり物騒になったな話が。


「はは……そうならないのを祈ります」

「そうだな。おっともうこんな時間か、すまない朝に時間を取らせてしまって」


 ん? あぁ、もうこんな時間か。


「大丈夫ですよ」

「そうか、それでは今の件頼んだぞ? それでは」


 了解しました……って、そっち窓ですけど? ドアからでないの?


「御免」


 うわ! 窓からダイブしたぞ? おいおい、まるで水泳の飛込じゃねぇか! 大丈夫なのか?


「はっ! いない! てことは……大丈夫なのか?」


 すぐに窓の下とかその辺りを見回したけど、すでに忍さんの姿はなかった。どこにどうやって消えたかはまるで分らないし、目の前で起こった事なのに未だに信じられない部分もある。

 けど、来週行く所はこんな人達がうじゃうじゃいるんだよな? 果たして俺は無事に戻って来る事が出来るんだろうか……。


 ドンドン!


「おーい蓮! いくぞぉ!」


 でも、こんな世の中に忍者とか本当に存在するんだな。もしかしたら、世の中にはもっとすごい人達が存在しているのかもしれない。夢や伝承、噂なんかじゃなく、現実に……


 ドンドン!


「おーい!」


 もう、うるさいなぁ。いい意味で雰囲気ぶち壊してくれるよあいつは。そんじゃまぁ、俺は俺の現実に戻っていきますか。

 それじゃ、行ってきます。


 ドンドン!


「蓮ー!」

「うるさいぞ! クソイケメン!」



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