第27話 男の本能

 



「はぁ……気持ち良い」


 体を温める温泉に、顔を覆う湯気。そして目の前に広がる素晴らしい夜景。

 あぁ、最高だぁ! ここは天国だぁ!


「蓮ー!」

「うはっ」

「はっはは!」


 くそ、居るよな……温泉にダイブする迷惑野郎。せっかくの情緒あふれた空間が台無しじゃねぇか!


「あのな!」

「まぁまぁ幸い僕達以外入ってないし……」


「うわぁ」

「見て見て、夜景がすごいよ」

「ちょっとはしゃぎすぎじゃない?」


 ん? この声は……って、栄人お前なんか真剣な表情になってるぞ? しかもなんだよ、シーってなんだよ。


「はぁ……」

「気持ちいいー」

「日頃の疲れが吹っ飛ぶわね。……ところで琴? あんた中々のモノ持ってるじゃない。どれどれ?」


「きゃ、きゃあ! 葉山先輩?」

「あっ、ずるい! 私も!」

「ちょっとー恋ちゃんまでぇ」


 おい、なんつう事してんだよ、うらやま……いかん! 変に想像しちゃ……って、おい栄人! お前何壁に耳付けてんだよ! まったく、桐生院先輩に注意でも……はぁ!? 栄人の後ろにいたぁ! 桐生院先輩までなぁにやってんすか! てか先輩のイメージ崩れるんで止めてくださいよ! お願いですから!


 ん? 桐生院先輩? えっ……こっち来い? 無理ですって! 首横に振っとこう。 ん? 来いって? 栄人お前も手招きしてんじゃないよ。


「恋だってなかなかじゃない? それ」

「あっ……せっ、先輩いきなりはダメですって!」


 ゴクリ……はっ! くそ、仕方ない。2人が呼んでるから行くんだ。こういう時は空気読まないといけないしね! よっと、


「ようやく来たか蓮」

「仕方なくだよ、てか桐生院先輩! イメージが……」

「イメージ? こういうのに興味がない男子なんて居ないわけないだろ? こういう時こそさらけ出すもんさ」

「そうっすよね! さすがは桐生院先輩!」


 お前は常日頃から曝け出しっぱなしじゃねえか。それにかなりやばい事を言ってるはずなのに、桐生院先輩が言うと妙に説得力があるよなぁ。


「先輩だけずるいですよ?」

「私はいいの! あんた達みたいに大きくないし」

「そんな事ないです。すっごく理想的な形で……憧れちゃいます! えいっ!」

「こっ、こら! 後で覚えてらっしゃい!」


 傍から見たら俺達3人どんな感じかな。壁に耳近づけて、多分相当ヤバい顔してるんだろうな……でも仕方ない! これが男! 男の性! 仕方のない事なんだ……これが男って生き物の本能なんだ!


「えいっ!」

「やったなぁ」

「そっちがその気ならこうよ?」


 うん。声だけにしろ、裸の3人がこの向こう側に居るとなると……良い感じだ! なんだか耳が幸せになってくる! って、あれ? 桐生院先輩? そんな端っこの方に行ってどうしたんですか? えっ? なんか手招きしてるけど……来いって?


「蓮、桐生院先輩呼んでるぞ? あそこに何があるんだ? あっちに行っても見えるのは夜景位だろ?」

「わかんないな……だが桐生院先輩の事だ、考えもなしに手招きはしないと思うが?」


「だったら……」

「あぁ……」


 声を、音を出さずにゆっくりと桐生院先輩の元へと近付いていく。そして、目の前まで来ると桐生院先輩が人差し指を口に当てる。

 声を出すな。それを伝えているのはすぐに分かった俺達は、無言で頷く。


 なんだ? 桐生院先輩、一体何をしようと……はっ、はぁ!? マジか? 桐生院先輩! あんた正気なのか? というかどうしてそんな事を?


 目の前の桐生院先輩は、おもむろに端っこのコンクリートブロックを両手の人差し指でつまむと、力を入れて引っ張る素振りを見せる。

 いやいや、コンクリートのブロックですよ? 簡単に取れる訳が……あったんです。ゆっくりと、引っ張り出されるブロック。そうそれは、男湯と女湯を隔てている壁に隙間が出来る……そんな瞬間の目前だった。


 きっ、桐生院先輩! あんた何でこんな事を? しかもめっちゃドヤ顔で親指立ててますけど、めちゃくちゃその通りじゃないっすか! すげぇよあんた!


「先輩! どうしてここが外れるって?」


 興奮冷めやらぬ栄人が小声で桐生院先輩に尋ねる。


「ふふっ、透也さんの情報提供のおかげさ。あの人は今日この日から俺達男子の神様となった」


 透也さん……あんた最高だよ。こんな事を教えてくれるなんて。


「だが、当然リスクもある。そして透也さんを巻き込まない事……それがこの情報を得る為の条件なんだ。2人とも覚悟はできてるね」


 確かにこれには大きなリスクを伴う。だが……男ならここまで来て引き下がれる訳がない! 俺は女恐怖症だが、見る事は大好きなんだ! 千載一遇のチャンス、無駄にはできん!


 俺達の強い頷きを確認した桐生院先輩は、もう1度ブロックをつまむ。そしてゆっくりとゆっくりと引き抜いていき、そして……ついにその壁が開かれた。


 桐生院先輩が自分を指差す。まずは自分から、そういう事か……もちろん1番の功労者だし、それに異論はない。そして桐生院先輩がゆっくりとその隙間を覗く。一体その先にはどんな光景が広がっているんだろう。期待で胸が膨らんでいく。


 しばらくすると、桐生院先輩が覗くの止めて、俺達を手招きする。だか、さすが短距離界のホープ。見事にスタートダッシュを決められ栄人に先を行かれてしまった。


 てめぇ……こういう時だけ本職を活用してんじゃないよ! 早く終われ!


 覗きながらニヤニヤしている栄人。気持ち悪いが、その表情から目の前には天国が広がっている……そんなのは容易に考える事が出来る。満足した栄人が覗くのを止め、俺に手招きをする。そうだ、ついに俺の出番が来たんだ……待ちに待った出番が。静かに隙間の前でしゃがむと、ゆっくりとその先を見つめる。


 いざ……天国へ! 


 ん? 意外と湯気が多いな……っと右の方に誰かが立ってる……?


「露天風呂最高だね」

「そうだね」


 声的に左が日城さんで、右が早瀬さんか? くそっ! マジで湯気が邪魔ではっきり見えない! シルエット的にしか見えないが……早瀬さん、でけぇ。でも日城さんも負けてないだと? そんな大きい感じはしないんだが? 脱いだらすごいという事か? 


「そろそろ上がりましょうか?」


 ん? 奥から来たこの声はヨーマ……確かに2人よりはサイズは小さいが……見事なお椀型綺麗な形だ! くそぉ、湯気がこんなになきゃ実物をお目にかかれるのに!


「おい! 蓮もういいだろ? 変われって!」


 なっ、なんだよ! お前もっと長く見てただろうが! 入ってくんじゃないよ!


「体押すなよ、お前もっと見てただろ?」

「2人とも落ち着いて、音出したら」


「早くしろって!」

「止めろって!」

「2人ともー」



「何をしているのかしら?」


 耳に突き刺さる悪魔の声。それが聞こえた瞬間、一気に言葉が出なくなる。そして、恐る恐る天国の入り口に目を向けると……そこはもはや地獄へと成り代わっていた。湯気の中から現れた悪魔の鋭い眼差し……その眼差しからは逃げる事なんてもはや到底不可能だった。


 あっ……


「どういう事か……説明してもらいましょうか? ゆっくりね」


 あっ、終わった……。終わりだぁぁぁ!




「それで? どういう事かしら?」


 場所は俺達が泊るはずの部屋。そこに正座している男3人を、それ相応の表情で見下ろす女子3人。その視線がとてつもなく痛い。


「誰が首謀者?」


 うっ、ここで桐生院先輩だって言ったら、女性陣の桐生院先輩に対するイメージが……美味しい思いをしたんだ、それだけは阻止しないと……やっぱり俺が……。


「僕だよ。壁に寄っかかったらあそこが動いてさ、それで」

「へぇ。それで皆で私達を覗いていたと……」

「えっ、栄人くんひどいよ!」

「月城君最低だよ!」


 うぅ……返す言葉も見つからない。これで3人に、新たな弱みを握られた訳か。その前に許されるかどうかが問題だけど。


「すいませんでした」

「ごめんなさい」

「すいません」


 とりあえず、謝る事しかできないよな……


「まぁ、顔を上げなさい」

「はい」


 来るぞ……一体どんな罰が……


「采、あんたが発端ってのは本当かしら?」

「そうだよ、だから2人は誘われただけなんだ。先輩に誘われたら断れないだろ?」


 あぁ……桐生院先輩! あんた最高だよ!


「正直、あんたがこんな大胆な事するなんて思ってもみなかった。少し見直したわ」


 えっ?


「ただ、覗きって事が気に食わない。コソコソと……どうせだったら堂々と見るくらい男らしさ見せなさいよ」


 はっ?


「そうだよ! 栄人君ならちゃんと言ってくれたら……」

「えっ? 琴それってどういう?」

「あっ、違うの! そういう意味じゃなくて!」


 なんだ? 話がおかしな方向に向かってないか? ほら! 日城さんだって2人の方驚いた顔で見てるぞ? って、こっち見た! なんだ? 何か言いたそうな……ひっ! 止めて症状バリバリ出るからそんなに見ないで!


「おーい、ちょっと良いかぁ」


 スーっ


「おっ、なんだ取り込み中だったか?」


 はっ、宮原さん! ナイス登場!


「いえっ、なんでもありません」


 すげぇ、桐生院先輩スムーズに乗っかりやがった!


「采ぃ?」

「まぁまぁ、この件については後できっちり反省するからさ。仕事終わりの透也さんに早く話を聞いた方がいいんじゃないかな? 明日もお仕事だろうし」


「むっ……それもそうね。そういう事にしときましょう。透也さんすみません。お話の準備が出来たという事で良いですか?」

「あっ、あぁ。とりあえずバイトの時間は終わったからな」

「わかりました。では、透也さん……体験したっていう奇妙なお話、聞かせてください」


 ふぅ。宮原さんのお陰でなんとか有耶無耶に出来たか……若干1名は納得してない感じだけど、とりあえずセーフだなぁ。




「あっ、透也さん? さっきお話ししたブロック、早急に修理お願いしますね」

「おっ、おう! 教えてくれてありがとうな」


 はっ! 透也さんが、バレやがったな? 俺の事は漏らすなよ? って顔してる。いやはや……すいません。でも、


 ありがとうございました! サイコーでした!



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