第23話 自分を知らない自分

 



「はぁ、はぁ」


 どうだった? 俺は追い越せたのか? 勝てたのか?


 ≪白熱しました、1年生による学年対抗リレー! 優勝は……紫組です≫


 紫……という事は、俺は……


「ダメ……だった……」


 額からこぼれる無数の汗が、地面に向かって垂れていく。アナウンスが耳に入った瞬間、体全体に疲れがどっと出てきて、期待に応えれなかった自分にのしかかってくる。


 ダメだった。もちろん本当に抜けるなんて思ってもみなかった。でも予想以上に走れたし、伊藤は明らかにバテてた。だから、もしかしたら抜けるかもって、勝てるかもって……必死だったんだ。けど、その結果はこの有り様。皆きっとガッカリしてるだろうな……


「月城君! お疲れ様」


 ん? この声、日城さんか? いいってそんな慰め。


「惜しかったね。月城君。でも、すごかったよ?」


 今度は早瀬さんか……2人してわざわざ慰めに来たのか? だからいいって……これが実力なんだから、こんなもんなんだろう。さて、いつものキャラに戻らないと……悔しい顔は出来ないな。よっと……


 えっ?


「月城! お前すげぇよ!」

「そんなに足速かったのか?」

「めちゃくちゃ速かったよ?」

「まさかあそこから追いつけるなんて!」


 なっ、なんで? 日城さん達だけじゃないのか? なんで皆俺を囲んでる? しかも知らない奴までいるし!


「お前陸上やった方がいいって!」

「いや! ラグビーだ!」

「違うって! サッカーだよ!」


 おいそこ! 某キャプテン達みたいなやり取りしてんじゃないよ! てか……なんで俺の周りが盛り上がってんだよ? 盛り上がるなら伊藤の周りだろ?


 ≪はーい、皆さん一旦テントに戻って下さーい。次の競技やりますので≫


「おっ、戻ろうぜ!」

「月城本当にお疲れ!」

「入部待ってるからな?」


 ふう、やっと皆散らばってくれたか。なんだったんだ? それにしても皆俺を気遣うような事ばっか言ってたな。そこまで落ち込んじゃいないけど……ん? なんか視線を感じるような……誰だ?


 って、伊藤じゃねぇか。なんかめっちゃこっち見てんですけど! 怖っ! しかもこっち近付いてくるし! なになに? 何するの?


「……お前、名前は?」


 名前?


「月城……蓮だけど」

「緑って事は3組か……片桐と一緒か」


「そうだけど?」

「部活は?」


「部活? 新聞部だけど?」

「新聞部!? マジかよ……」


 そんなに驚く? いや、驚くか。


「そんな奴に追い付かれたのか……やっぱり化け物みたいな奴ってひょこっと居るんだな」


 化け物って……なんか嫌なんですけど?


「お前そんなに速いなら、陸上やれよ。新聞部なんて勿体ないぞ?」


 はは……勧誘ありがとう。でも、高校で運動部に入るつもりはないんだよね……まさに今日の体育祭でハッキリした訳だし。あんなプレッシャーは嫌だわ。


「まぁ、俺は新聞部で満足してるし、多分今日のもまぐれだから」

「そうか……興味があったら来てくれ。じゃあな」


 行っちまった。自信家なんだろうなぁって思ってたから、こっち来て冷やかしでも言ってくるのかと思いきや、サクッと勧誘してきたし……なんかよく分かんない奴だな。とりあえず、テント戻ろう。

 ん? なんかテントの中がザワザワしてんですけど? 学校の方見てる? なんかあったのかな?


「あっ、月城君来たよ」


 いや……佐藤さん、気付かなくてもいいよ。


「おっ、月城お疲れ!」

「お疲れ!」

「びっくりしたよ。月城君」


 いいって言ったじゃんかぁ。皆もこっち向かなくてもいいから! 


「蓮!」


 あっ、この声はクソイケメン委員長か?


「すまん……コケちまって」


 まさしくその通りだよ! お前がコケるから……ってめっちゃ包帯巻いてるじゃん! もしかして結構酷い感じなのか?


「別にいいよ。怪我は大丈夫なのか?」


「あぁ、見た目の割に大した事はないよ。皮めくれた程度だから」


 想像しただけで染みて痛そうだけどな。


「それにしてもやっぱりお前は速いよ! 自分でも分かるだろ?」


 変に自信満々で答えない方がいいな……ロクな事がなさそうな気がする。


「いやいや、伊藤がバテただけだろ?」

「いやいや、だったら尚更バテた様子がないお前の方が凄いさ」


 なんだ? 妙に褒めちぎるじゃないか? 


「それでなんだが……」


 やっぱりな。


「俺、色別対抗リレーも出る予定だったんだ、でもこれじゃあ足手まといだから……蓮! 頼むわ!」


 はぁ? 嫌だよ! 学年別のリレーでさえ嫌々だったのに! もっと注目される色別なんて絶対嫌!


「はぁ? 嫌だよ。島口にお願いしろよー」

「いや、絶対お前の方が良い!」


 島口! めちゃくちゃ返事が早いじゃねぇか。そんなに嫌か? そりゃそうだよな……だが、俺だって嫌だ!


「蓮、頼むよ」

「あの速さだったら、片桐君の代わりは月城君しかいないって」

「頼む月城。俺達3組の命運が懸かってるんだ」


 うわっ、なんだよ! 皆寄ってたかって。 嫌だって! 嫌だ! 嫌…………あぁ! もう分かったよ! 走ればいいんだろ? そんな皆一斉に見るな、話すな! 


「わっ、分かった! 分かったから!」

「よかった」

「ありがとう月城」

「サンキューな蓮」


 てめぇ、このクソイケメン委員長! お前新聞部手伝い3ヶ月に延長な! 決定な! くそっ、さすがに色別対抗じゃ先輩方の目の色も違うだろうし、手は抜けない……。あぁ、最悪だぁ!




 はぁ……疲れた。一気に疲れた。もうすでに1年分の疲れが出た気がする。


 結局、色別対抗リレーをめちゃくちゃ頑張って走った結果、見事緑組が1位。学年対抗で2年生が2位、3年生が優勝した事もあって、その結果緑組が逆転で総合優勝を果たした。

 そりゃそれが懸かったリレーなんて始まる前からすごい盛り上がりだったよ。緑か紫、優勝した方が総合優勝って事で、それはそれはかなり異常だった。バトン落とさなくて良かったぁ。


 そんな訳で、渡り廊下の段差に座りながら、疲れを取るように静かになった校庭を眺めている所です。オレンジ色の夕日が俺の心と体を癒してくれる。


 はぁぁぁぁ。


「やっぱり俺の思っていた通りだった」


 ん? なんだ? 誰かがこっちの方へ来て……夕日が眩しくて顔良く見えないな。


「やはりお前はサッカー部に必要だ」


 あっ、この声にサッカー部って言ったら……


「桜井先輩?」

「そうだ。今日のリレー、注目を浴びたのは間違いなくお前だった月城」


 うわっ……もしかしてまた勧誘ですか? サッカーに未練はないと言えば嘘になるけど、あの異常な光景で新しく運動部に入ろうと思う人なんているのかね?


「そんな事ないですよ。それにたまたまです」

「いや、違うな。あれはお前の持ってる天性の才能だ」


 いやいや、ハードル上げないでくれ。


「違いま……」

「去年の中体連1回戦、春ヶ丘中学校対誠心中学校」


 ん? 


「その次が鳳瞭学園中等部の試合だったからな、それを見に俺は居たんだあの場所に」


 マジか? でもだったら尚更俺が下手くそだって分かってるんじゃ?


「確かにお前はサイドで何度もオフサイドになった」


 きっちり見られてる……。


「だが、お前……もしかして自分のタイミングがおかしいからオフサイドになってるって思ってないか?」


 いや、実際下手くそだからそうなったんでしょ?


「いや、実際下手くそですし……」

「俺には分かる。お前の抜け出しのタイミングは完璧だった。だが、それを活かせるほど上手いパサーが居なかった」


 はぁ? 何言ってんの? 入部させたいからって褒めちぎってもダメよ。


「そんな訳……」

「そんな訳ある。俺が言うんだから間違いない」


 買い被りすぎだって。


「それと、今の反応だとお前もしかしてパスも下手くそだとか思ってないか?」

「いや……実際パス出しても味方に合わなかったですし」

「簡単な話だ。お前のパスに反応できる味方・ストライカーが居ないだけだ」


 何言ってんの……ちゃんと味方見てないからかなり前辺りに蹴っちゃうんだろ?


「待ってください……俺はそんな……」

「お前は自分を過小評価しすぎている。確かに、あの中じゃお前は下手だった」


 いや……やっぱり下手なんじゃないですか。


「違うな……下手に見えた」


 はぃ?


「はっきり言おう。お前の見えてるモノと、お前の仲間達の見えてるモノが違いすぎるんだ。つまり、皆お前の考えに付いて行けないし、感じる事も出来ない。より高いレベルに付いて行けてなかったんだ」


 なんかまた良い事言ってるよ……俺が上手いなんて、んな訳ないでしょ。


「それに加えて、今日も見せつけた足の速さと60分間走り通せるスタミナ。お前を見た瞬間、俺は心底驚いた。中等部のウォーミングアップに付き合ってたから、最後の方は少ししか見れなかったし、声さえ掛けれなかった。分かった事と言えば、試合中に呼ばれていた月城蓮って名前だけ。もちろん監督にもすぐに伝えた……けど肝心の映像がなかった。お前達はその試合で負けたからな。さすがに俺の口だけだと、監督を納得させるのは無理だった」


 監督にまで言った? 待て、この人何処までが本気なんだ? もしかして全部嘘なんじゃないか?


「それで諦めていた時、入学式の騒動……クラス分けで見つけたお前の名前、俺は運命だと思ったよ。お前は鳳瞭学園でサッカー部に入り、いずれ俺と共に代表に選ばれるそういう奴なんだって!」


 代表か……そりゃ、サッカーやってる奴なら誰だって目標だよな。


「だから月城! サッカー部に来ないか? 俺達と一緒に高みを目指さないか?」


 冗談だとしても、自分を褒められたら嬉しいのは嬉しい。そして、自分の事を必要だって言ってくれてるなんて、一生に1度あるか無いかだと思う。桜井先輩の眼差しは真っ直ぐ俺の方を向いてる。


 サッカーは好きだ。必要とされてるのも嬉しい。自分が求めてた場所がそこにあるのかもしれない。


「桜井先輩」


 もしそうだとしたら、


「なんだ?」


 もしそうだとしても……


 ごめんなさい! あの2人には勝てないんです!


「すいません、俺はもう新聞部なんです。今さらサッカー部には行けません」


 格好良く言ったけど、本当はサッカーやりたい気持ちもあるんです。けど、それ以上にバレたら困る秘密を持ってる人達が居るんです! 天秤にかけたら圧倒的にあっちなんです!


「そうか……それは残念だ」


 えっ、諦めるの? なんかあっさりしてない?


「自分でやりたいって言わない限り、俺も無理強いはしないって決めてる。それに、お前はなんだかそう言うと思ってた。どうであれ、最初に入った部活を貫く……まさに生粋のドリブラーだよ」


 あっ、なんかいい感じに捉えてくれたのね? それはそれでなんか複雑。


「気持ちが変わったらいつでも来てくれ。待ってるからな」


 そして颯爽と行ってしまった。あの人顔は格好良いのに行動とかが微妙に古いんだよな……残念イケメン?

 まぁ、とりあえずお誘いも上手く断れたし、そろそろ帰って……はっ! 寒っ! この感じ……日城さんか? どこだ?


「あっ、バレちゃった。てか良く気付いたねーやっぱりこの距離でも症状とか出ちゃった?」

「まっ、まぁね」


 おい、なんでこんな所に日城さんが? って、近付いてくる! あぁ、やばい! 横まで来たし! 顔を覗き込むな!


「……月城君、ありがとう」


 はっ? ありがとう? 一体どういう意……


「じゃあ、また明日ね。バイバイ」


 行っちまった……。

 ありがとうって何よ? それにそれ言う為だけに、近付いてきたのか?


 あっ、分かった。新手のイジリだ。これで反応を楽しんでるに違いない。くそっ、最悪だ。リレーを2回も走らされたし、日城さんにはイジラれるし、今日は無茶苦茶疲れる日だったなぁ。


 早く部屋帰って、寝よう。



 あっ、そういえば体育祭の時、日城さん近くに居たのに寒気しなかったな……それに普通に話せてた気もする……。


 なんでだろ? まっ、どうでもいっか!



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