第19話 俺は綱引きだけでいいって!

 



「えっと、野球部はそれぞれ2人ずつと……」

「その中で足の速い人は3組、力のある人は1組と4組。ある程度のユーティリティー性のある人が5組・6組。ノーマークが2組と7組ね。てか……遠くない? 声聞こえてる?」


 少し遠くから日城さんの声が聞こえる。距離は離れてるけど、全く聞こえない訳じゃない。内容がかろうじて聞き取れる距離、うっすら寒気はするけど、これ以上離れたら2人で取材に来てる意味もないし、苦肉の策といった感じだ。


「あぁ、大丈夫。メモは取ってる」

「もう。あと少し位近付けない?」


 無理だと言ってるじゃないか。この距離ですらこっちは症状が出てるんだぞ? むしろよくその声を聴きながら頑張れるなって自分を褒めたい位だ。


 ヨーマから再びペアでの取材を強要され、体育祭の特集を手掛ける事になった俺は、まず日城さんに提案した。




「とりあえず、各々分かれて各部活を調査して照らし合わせるのはどうかな? 時間も短縮できるし」


 我ながら良い考えだった。取材の効率性はもちろん、なるべく日城さんと会う時間が減ってまさに一石二鳥。だが、


「ダメ! 先輩から2人で取材って言われたでしょ? それに月城君、本当に最低限の事しか聞かなさうだもん」


 見事なダメ出し。


「それに、質問しながらメモするより、聞き方・書き方に分かれた方が漏れも防げるし、やり易いと思うんだけど?」


 まぁ……確かにそれはそうだけど、そのペアの人物が問題なんだよなぁ。まだ他の女子なら何とかなるかもしれないけど、日城さんなんだもんなぁ。


「なに? ダメ? 他にもっと効率よくできる方法あるの? どうなの?」


 いやいや! そんなに近付いて来ながら凄むのは止めてください! てか絶対ワザとだろ? そうだろ?


「いや……ないけど」

「じゃぁ決まりね。じゃあ私質問するから月城君メモってね。じゃあさっそく明日から取り掛かりましょ」

「はい……」




 とまぁ、こんな具合でこういうスタイルになった訳。ただ、移動中はまだいい。だけど取材中ってなると、大体はその人の近くに行く事になる、声が小さい人もいるしね。そうなると必然的に日城さんの近くって事にもなる訳で……こっちを見てないにしろ居るって感覚だけで症状のオンパレードだ。

 現に取材を始めてから、毎日松平さんのCDを聞きながら眠るのが当たり前になってきてるし、シャワーじゃ全然すっきりしないから、毎日寮の大浴場に行って足を伸ばさないと疲れが取れない。精神的にも体力的にもかなりの負担だ……。


 辞めたいな……なんて思うけど、それを許さないのがヨーマと日城さん。この2人に握られた秘密は余りにもヤバすぎる。どちらが公になったとしても、その瞬間平和な学園生活は終わりを迎える。それだけに、気が付けば溜息しか出てこない。


 はぁ……。


「なに溜息ついてんの? ……今日はもう終わりにする? ある程度計画は立てたけど、思いの他はかどってるから、日程的には余裕あるし」


 おっ? マジですか? 是非とも!


「あっ……うん。そうしてくれると助かるな。メモったやつまとめて、見直したいし」

「そっか、分かった。じゃあ今日はこれでおしまいにしよう。じゃあ私、部室寄って帰るから……また明日ね」

「はいよー」


 ほっ。なんとか今日も生き延びれた。この瞬間が1日の中で1番嬉しいかもしれない。離れていく日城さんの姿、いつ見てもいいな……精神的に。さて、そういう事なら速攻で寮に戻って、ご飯食って、風呂入ってメモったのまとめないとな……。




 という事で、部屋まで戻ってきましたよ。はぁ……夕日が奇麗だね。


 ピロン


 ん? この音はストメ? あっ、日城さんからだ。


【お疲れ。ところでさ、特集の書き方なんだけどなんか考えてる?】


 特集の書き方……? 普通に載せればいいんじゃ?


【まさかまとめた記事をそのまま書こうとかって思ってないよね?】


 げっ! 見透かされてる? そっか……これだとヨーマの言ってた普通と変わりないって事か。


【ごめん、特に考えてなかった】

【やっぱりね】


 日城さんの想像通りでしたか……


【だと思って、私少し考えたんだけどさ、各組ごとにポイント付けて、グラフみたいにして総合点で評価するのってどうかなって】


 ポイント付けてグラフ? あぁ、よくゲームとかであるパラメーターを五角形で表示するあれか。各組ごとに項目に点数を付けて、総合評価を出す。結構良いかもしんないな。


【それ良いかも。それ見たら他の組にどんな奴がいるのかって盛り上がりそうだし、低い点数の所は俄然やる気になりそうだし】

【本当? じゃぁ表示の仕方とか、詳しくは徐々に煮詰めていくって感じでいい?】


【わかった。それでいこう】

【それじゃあ、そういう事で。また明日ね】

【了解。また明日】


 っと、こういうのだったら症状も出ないんだけどな。目の前にするとやっぱダメだわ。他の女の子は少しずつでも慣れてきてる気がするけど、日城さんはやっぱり慣れない。気配とか異常に早く分かるし、寒気とかも強いし……これは時間が掛かりそうだなぁ。


 それにしても、日城さんは別人なのに、彼女とは別人なのにどうして他の人みたいに慣れないんだ? ただ、似てるから? 瓜二つだから? だとしたら、もしそうなら……


 俺はまだ、あいつの事を忘れられてないのか……?


 いやいや! もう忘れたんだ! 過去の人、思い出したくもない。気のせい気のせい。さぁ、ごはん食べに行こう!






 そして次の日、我がクラスでも体育祭についての話し合いが行われた。


「……って事で玉入れはこのメンバーで」

「はーい」

「了解」


「じゃあ最後に、クラス対抗リレーのメンバーなんだけど、男女5人ずつ。誰か出たい人とか推薦とかある?」


 あぁ……忘れてた。体育祭って俺達も出るんですね。

 しかもリレーか……誰か居るのか? とりあえず俺はうまく隠れて、綱引きのみの参加に留まっているから、このままうまい具合に決まって欲しいもんだが。


「リレーだったら片桐は確定だろ?」

「あとは?」

「足の速いやつ……誰かいる?」

「高橋お前も陸上部だろ?」

「瀬世良さんは?」


 はは……予想通り。すんなり決まる訳ないか。


「わかった!」


 おっ? どうしたイケメン委員長、なにか得策でも……はっ! 待て! 嫌な予感しかしないぞ!


「じゃあ、まず俺達クラス委員はリレーに出るよ。だから後3人ずつ。これなら決めやすいだろ?」


 はっ、はぁ? ふざけんじゃないよ! やっぱりだ! お前が張り切って意見を出す時ろくな目に合わない! お前覚えてんだろうな? 


 林間学習の時だって張り切って、じゃあクラス委員がリーダーとして皆をまとめるから、班はくじ引きで良いんじゃないかな? 皆クラスの仲間なんだしコミュニケーションも積極的にとり合っていこう! なんて言いやがって! 確かにおかげで早く決まったよ? それは良かったさ……だがおかげ様で隠れるどころか指示する立ち位置になっちまったじゃねぇか。最悪もいいところだったんだぞ? それなのにお前はまた……


「琴? いいよね?」

「あっ、うん。私は良いけど……」


 えぇ? まぁ、早瀬さんは陸上部だからいいだろう。でも日城さんはどうかな?


「日城さんもいい?」

「別にいいよー」


 軽っ! 返事軽っ! マジ? 日城さん良いの? リレーだよ? 走るんだよ? いいんだ……


「蓮ももちろん良いよな」


 てめぇ、その顔面にバトン思いっきり食い込ませてやろうか。この流れで嫌だなんて言える雰囲気じゃねぇだろうが! 思いっきりコケてしまえ!


「……わかった」

「ハイ決まり! じゃああとは……」


 あぁ、ただでさえ体育祭特集でテンション駄々下りなのに、まさか当日までこうなるとは。嫌だな……嫌だな。


 台風とか豪雨で中止にならないかな? そうだ、沢山テルテル坊主逆さにして吊るしておこう。そうしよう。



 あぁ……俺は綱引きだけでいいって!!



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