第17話 理解不能な君の本音

 



「月城君? なにしてるの?」


 あぁ、まずい。こんな所で日城さんと出くわすとは。そもそもなぜに日城さんはここに?


「月城君ってば!」


 やばっ、近付いてくる。早く振り向いて答えろ! 距離を詰められるな!

 重い足を必死に動かして、声のする方へ体を向けると、その先には日城さんが不思議そうな顔をしながらこっちに来ていた。


「あぁ、日城さんか。どうしたの?」


 誰も居ない2人きり。その状況がいつもより俺の体をガチガチにさせる。


「どうしたのじゃないよ。キャンプファイヤーの準備出来たよ? クラスの皆呼びに行ったら、月城君いないし、班の皆から散歩に行ったって聞いて、とりあえずこっちに探しに来たんだけど?」


 あっ、そうなのか。だったら面倒掛けちゃったな。てか、こういう時こそ爽やかイケメン学級委員長の出番だと思うんだが?


「あっ、ありがとう。すぐに行くよ」


 よしっ、返事にしては上出来だろう。後は日城さんがこのまま戻ってくれればいいだけだ……そう思ってました。けど、日城さんは俺の顔を見たまま戻る気配がない。


 あれ? どうかしたの? 帰らないの? 戻らないの? まさかそのまま近づいては来ないよな? 来ないよね?


 そんな俺の願い空しく、一歩前へ近付く日城さん。しかも無表情なのが相俟って、より一層不安になって寒気が少しだけ強くなる。


「ねぇ」


 はっ、なんだ? 


「なっ、なに?」

「あの……この前はごめん。なんか勢いであんな事言っちゃって」


 この前? マリンパークの事かな?


「いっ、いや大丈夫」

「あれから、冷静に考えたらすんごく恥ずかしくなってさ……、その結果がこんな感じ。ただの挨拶位しか出来なかった」


 おっ? これは……なぜか知らないけど恥ずかしがってる! しかもこの流れ……やっぱりなかった事にして? ってパターンじゃないか?


「いや、謝らなくても大丈夫だよ」

「……ありがとう。でも最初は本当に月城君の事分からなかったなぁ。あのぶつかった時から、確かに私女の子っぽくない反応だったけど……教室で私の事見ないし、露骨に避けてるし。しかも他の女子にもなんか冷たい感じだったしさ? でも男子とは普通に話してて、かと思えば休み時間とか1人で外をボーっと見てるか、イヤホン付けて音楽聞きながら寝てるかだし」


 マジ? 他の人から見たら俺そう思われてたの? でも今の日城さんの話聞く限り……確かに変だよな。


「マリンパークで月城君から女性恐怖症の話聞いた時、最初は嘘だと思ったんだ。でも月城君の行動が、嘘には見えなかった。本気で手……避けられたしね」

「あっ、ごめん」

「大丈夫。それでさ……最初は、女恐怖症ってどんな感じなんだろって興味本位で、あんな感じで言っちゃった」


 ははっ、やっぱりそうだったのね。


「でも、あの後結局月城君、私と一緒にマリンパーク回ってくれたじゃん。普通、あんな事起きたらすぐに帰るでしょ? でも取材の為とはいえ、一緒に回ってくれて……そんな姿見たらさ? 症状のせいで楽しいはずの高校生活が台無しになっちゃうってのがなんか可哀想で、何とかできないかなって思った」


 いっ、いや……嬉しいんだけど、そんなに考えてくれてるのは嬉しいんだけど……


「だからさ、あの時は勢いそのままで……あんな脅迫紛いに無理やり手伝うって言っちゃったけど、月城君の気持ちも聞かないで、本当はダメだった。だから、今改めて……お願いしたいと思うんだ。月城君の女性恐怖症を克服するの……手伝ってもいい?」


 うわっ、最悪じゃん。まだ、マリンパークの時のテンションだったら、興味本位? やっぱり? とかってとぼけれるけど、この真面目なトーンで目の前でお願いされたら一種の契約みたいになっちゃうじゃん! 


 いやいや、この空気は反則だよ……しかも日城さん頭下げたままだし、これじゃぁ絶対断れないパターンじゃん! ふざけたらふざけたで女の子の真剣なお願いをぶち壊したって噂になりそうだし……断ったら断ったでバックには葉山先輩だぞ? 恐ろしすぎる。


 日城さんは俺が女性恐怖症の事を話した初めての人。もちろんその理由は後ろに付いている人の怖さにあった。言い方は悪いけど、決して日城さんを信用してるからとか……そんなんじゃない。いくら新しい所に来たから、俺の事を全く知らない女の子だからって、簡単に信用なんてできなかった。


 けど、置かれている状況が……変わる事はない。今だってそう、葉山先輩と日城さんが信用できないから、最悪の状況を想像してしまう。だったら、答えは1つしかない。


 はぁ……結局答えは1つなんだよな。俺の答えは……


「宜しくお願いします」


 これしかないじゃん。


「本当? 良かった」


 顔を上げて、笑顔を見せる日城さん。けど、その笑顔も本当なのかどうかは分からない。


「ちなみになんだけど……今も症状とか出てるの? 寒気だっけ?」

「あぁ、ずっとするよ。寒気」


「そっか……この距離でもか。だったら徐々に近づくから」

「本当に徐々にしてくれよ?」

「えぇー信用してないの? 心配しないで」


 そうは言われても、今の俺が信用するには……全然時間がかかるよ?


「じゃあ、私先に行くね。一緒に行ったら怪しまれそうだし。それとも……一緒に行く?」

「いや、遠慮しとく」


「だよね。じゃあ行くから……ってその前に、月城君ストメやってる?」

「ストメ? 一応」


 ストメとはストロベリーメッセージの略で、スマホのアプリだ。会話調にメッセージが出てきて、やり取りが楽なメッセージアプリとして広まっている。


「じゃあID交換しよう?」

「えっ?」

「それ位は良いでしょ? それともメッセージでも症状出ちゃうの?」


 いや……さすがにそれで症状は出ないと思うけど、IDかぁ……まぁ断れないよなぁ。


「多分大丈夫だと思うけど……」

「じゃあ決まり。ID教えて?」


 はぁ……はいはい。


「IDは……」




 ピロン


 スマホの画面に表示された【日城恋がお友達に追加されました】って文字。

 はい、見事にお友達になりました。


「ありがとう。じゃあ今度こそ先行くね? 早くしないとキャンプファイヤー始まるから、月城君も早く来てね」

「わかった」




 いやぁ、なんかめっちゃ笑顔で行っちまったな。あの笑顔は一体どっちの笑顔なんだろうか。


 ピロン


 ん? ストメ? 誰だ?


【改めて、宜しく。克服しよう!】


 ははっ……日城さん。可愛いスタンプ付きかよ。なんか着実に包囲されてる気がするな……


【よろしく】


 っと、克服しよう……か。その言葉は信用していいのか? 興味本位のままじゃないのか? 面白がってるだけじゃないのか? 本当に可哀想だって思ったのか? 本当に……克服させようって思ってるのか? ……全然わからないな、日城恋って人は。


 日城さんの姿が見えなくなると、俺は川の方を眺めた。止まることなく流れ続ける川の音が、俺の心を癒して……


「ふぅ、危なかった」



 ……!?


「ぎゃあ!」


 恐る恐る声のする方を見た瞬間、俺の横に立っている見覚えのある長い髪の人物。突如として現れたその人物を見た瞬間、またしても心臓が口から飛び出そうな位の衝撃を受ける。


「耳元で驚くな。さっき言っただろ?」

「だぁかぁらぁ! そんな登場の仕方したら誰だって驚きます!」


 なんだよびっくりさせやがって。てか、その登場の仕方は誰が何回経験しようと同じ反応だよ! まったく。


「そうか? すまない」

「すまないじゃないでしょ! それで? 嫌な予感はどうしたんですか?」


 嫌な予感がするとかって言って居なくなったくせに、飄々と戻ってきやがって。この人も日城さん並みに訳が分からんぞ。


「嫌な予感は居なくなったからな」


 ん? 居なくなった?


「居なくなったって……日城さんの事?」

「日城と言うのかあの女」


「そうだけど……」

「やはり月城……遠くから眺めてたが、どうやら俺の鼻は間違っていないみたいだ」


 間違ってない? てか遠くから眺めてたって、俺達の事見てたのかよ!


「女性恐怖症……会話の中で聞こえてきた」


 !?


 マジか……? この人目だけじゃなく鼻だけじゃなく耳までいいのかよ? どこで眺めてたかは分からないけど、俺日城さんしか感じなかったぞ? それとも日城さんに集中し過ぎてその他の事に気が付かなかっただけか? にしても、この人にはバレてる……女恐怖症の事。


「そんなに警戒するな。言っただろ、同じ匂いがしたって」


 言ってたな……確かに。それに問題を抱えているって事も。待てよ? だとしたら……


「あの……同じ匂い、問題を抱えているって事は……もしかして烏真さんも……」

「あぁ、俺も女性恐怖症なんだ」


 うおっ、マジか? マジなのか? 同じ症状の人がこんな身近に?


「ほっ本当ですか?」

「あぁ、だからさっき居なくなっただろ? 俺の場合は女の人が怖くて仕方ないんだ」


 怖い……なんだか俺より深刻そうじゃね?


「じゃあ話とか……」

「無理」


「近くに……」

「無理」


「話し声……」

「少しなら大丈夫」


 いやいや……ほぼダメじゃん。てかそんな状態でよく学園の用務員できるね!


「けっ、結構深刻じゃないですか? 学園の用務員できるんです?」

「まぁ……気配を感じたら逃げるか隠れればいいだけだからな」


 あっ、そういえば忍者でしたね。


「遠くから眺める分には問題ない、それにお前も分かるんじゃないか? 自分に向けられた視線の恐怖」


 あっ、確かに分かる。自分の事言ってる訳じゃないのに、見られてるだけで寒気がするもんな。


「分かります……」

「だから俺はお前みたいに話もする事ができない。かなり深刻って訳だ」


 確かに俺以上に深刻だよな。いったい何が原因でここまで?


「烏真さん、トラウマを思い出させるみたいで、嫌なら言わなくてもいいんですけど、烏真さんが女恐怖症になった原因って……」


「原因は…………家族のせいだな」


 家族?


「家族って……」

「俺には5人姉がいる。その姉たちは物心ついた時から俺をもてあそんだ。姉達はどうやら妹が欲しかったらしい。女が続いてたから、今回も女の子に違いない! そう思っていたんだろう。なのに生まれてきたのは男。はぁ……風呂場には突撃され、女物の服を着せられ、断れば自分の服を山に捨てられ、それを裸で取りに行かせる。そんな毎日の繰り返しだった。身に着けるものも姉達が決め、取り繕った物を毎日強要された。俺は男なのに……男なのに毎日スカート……うっ!」


 おいおい大丈夫かよ?


「烏真さん! すいません、もう大丈夫です。大体わかりました」

「そうかすまん……」


 結構ハードじゃねぇか。しかも途中で吐き気って相当なトラウマだぞ? こりゃ俺以上の拒否反応が出るわけだ。だったら、尚更烏真さんだけ、辛い思いさせるのはダメだよな。


「俺が女恐怖症になった理由なんて、烏真さんに比べたらめちゃくちゃ些細な事かもしんないですけど、俺は……」




「そうか……そんな事が」

「でも、烏真さんに比べたら……」


「いや……だが、親しい仲だと思っていた奴に裏切られるのは相当つらいと思うが? しかもその後の展開が胸糞悪い。分かるぞその気持ち」


 あぁ……自分の気持ちに共感してくれる人がいるってなんて嬉しい事だろう。それに自分よりひどい症状の人がいるって分かったら、なんだか自分が恵まれてるような気がする。


「烏真さん、ここで出会ったのも縁だよ! おれ、女恐怖症の人なんて絶対居ないって思ってた」

「俺もだ、同じ境遇の人なんて存在しないと思ってたからな。これは縁という他ない」


 マジで縁だ。マジで運が良い。この出会いは奇跡だ!


「烏真さん、学園帰ってもちょいちょい話とかしようよ」

「もちろんだ! 俺とお前は今日この日から友だ!」


 友って……なんだか急に烏真さんのキャラクターが変わってきたような。それにそんなに嬉しいんだろうな、同じ症状の人と出会ったって。まぁ、俺もそれは一緒なんだけど。


「ただ、蓮」


 うおっ、名前呼びに変わったぁ! なんかナチュラルに名前呼びに変わったぁ!


「さっきお前が話していた女。彼女は信用に値する人物なのか?」


 さっき……日城さん?


「日城さんの事?」

「あぁ、話だとお前にトラウマを植え付けた奴にそっくりだと言っていたが……状況が状況だったとは言え、秘密を暴露しても良かったのか?」


「だって、後ろ盾が怖いんですよとてつもなく。まぁ、今の所は変な様子もないし……むしろその状況を利用して、本当に女恐怖症を克服できたらって思ってまして」

「まぁ、お前がそうならいいんだが……。ただ、あの女……何か大きな嘘をついてるぞ?」

「えっ?」


 大きな嘘? マジ? でも、心当たりがありすぎるんだが……


「嘘って……そんな事も分かるの?」

「どんな嘘かは分からない。だが、お前にも言ったろ? 俺は色んな事が匂いで分かるって。そんな匂いがさっきの女からしたんだ」


 大きな嘘……か。なんとなく分かっていた。だからそんなに驚きもしなかった自分が少し怖い。日城さんはどんな嘘をついているのか、何を思っているのか。さっきの笑顔も、さっきのお願いも……


 本当の……本音って何なのかな。


 やっぱり、理解不能だよ。女の子は……



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