第16話 えっ?今消えましたよね?

 



 ふぅ。食ったー。にしても、まさか紋別さんの絵本カレーがあんなに旨いとは。やってみるもんだな。


『美味しい! 普通じゃ考えられない組み合わせだけど……コクがあって美味しい! 凄いよ紋別さん』

『ほっ、本当? 良かった。絵本に出てきたカレーだから不安だったけど、きっと佐藤さんが料理上手だから美味しいんだよ』

『科学ってすげぇな! あんな感じでもっと凄い現象とかもあるのか?』

『もちろん! でも、火を起こせたのは柳君のおかげだよ。僕じゃ絶対バテちゃう』


 そんな具合に各々仲良くなれた事だし、とりあえずは一安心かな。そんでまぁこれからキャンプファイヤーが始まる訳だが、それまで少し自由時間があるって事で……俺は散歩をしている。4人とも会話も弾んでるみたいだし、俺が居なくても大丈夫だろ。


 皆が居るキャンプスペースから、川の上流へ。特に目的とかは無いけど、人混みに酔ったって表現が1番近いのかもしれない。とりあえず1人になりたかった。


 皆から注目された訳じゃないけど、あんな人数の女子が居る中に長時間居たら変に疲れたよ。ちょっと1人で休みたいな。夕日が川に写り込んで綺麗だし、せせらぎの音や木のマイナスイオン、それらを思いっきり満喫した……い?


 なんて考えながら歩いていると、目の前の川辺近くに佇む長い髪の人物。俺は真っ直ぐ歩いてきたはず、でもさっきまでそこに人なんていなかった。それに辺りには遮る様な木とか岩とか何もない。

 そう、横を流れる夕日が写った川を見ようと目を逸らした一瞬で、その人物はそこに現れた。間違いない。間違いない……けど、それは到底人間の出来る事じゃなかった。


 はっ? 嘘だろ? あそこに人なんていなかったよな? しかも髪が長いって……女? 有り得ない……川を見たのは一瞬だぞ? しかも歩いてきたら小石のぶつかる音が聞こえるだろ? それすら聞こえなかったって事は、まさかあれって……。


 頭をよぎる嫌な予感。まさか……見えてしまったのか? 今までそんなものには縁がなかったのに、ついに見えたのか?


 幽霊……?


 そう思った瞬間だった、その人物は……俺の前から消えた。それは音もなく言うなれば本当にサッと居なくなった。まさしく目の前で、瞬間移動をするように消えた光景に、頭の理解が追い付かない。


 はっ、はぁ!? ヤバイ! 消えた! 本当に消えた! やっぱ幽霊じゃんか! ヤダヤダ霊感なんて持ちたくないんだけど、そういう特殊なのは女恐怖症だけでいいんだけど! 


 辺りを必死に見渡しても、やはりさっきの人物の姿はなくって……初めて霊というものを見た衝撃と、霊感に目覚めてしまった事が信じられないでいた。


「嘘……。見ちゃったよ、初めて幽霊見ちゃったよ……」

「ほほう、ここは出るのか?」

「えぇ……髪の長い人の霊が……」


 ん? なんか自然に会話してるけど、俺誰と話してんだ…………? 




 !?


「ぎゃぁ! 出たぁ!」


 恐る恐る声のする方を見た瞬間、俺の横に立っている長い髪の人物。突如として現れたその人物を見た瞬間、心臓が口から飛び出そうな位の衝撃を受ける。


 長い髪! さっき目の前に居たやつじゃねぇか! ヤバイ! 見つかった! 狙われた! 祟られる!


「耳元で大きな声を出さないでくれ、驚くじゃないか」


 おっ、驚く? イヤイヤそれはこっちのセリフでしょ? てか……えっ? 最近の幽霊は話が普通にできるの?


「驚くに決まってんでしょ! いきなり現れて……って男の声?」

「男で悪いか?」

「あっ、そういう訳では……」


 突如現れ、普通に会話をしだす幽霊? しかも声は男っぽくって、まぁ女じゃないかもってだけで少しは気が楽になった。それにしても、長い髪に俺位の身長。しかも服装が……作業服? そして男っぽい声で話ができる……本当にこの人物は幽霊なのか?


「あの……人間ですか?」


 余りにも可笑しな質問。自分で言っときながら本当にそう思った。一生の内に言うかどうかさえ怪しい質問。


「そうじゃなきゃ何に見える? 人間に決まってるだろう」


 あっ、やっぱり? どおりで普通に話できると思ったました。こんな積極的な幽霊居たら逆に皆驚いちゃうしね? むしろ自慢するレベルだよね。でも、あなたさっき消えましたよね? あれはどういう事なんだろう? 聞いたら答えてくれるかな?


「あっ、そうなんですか。でも……あなたさっき消えましたよね?」

「消えた? 普通に走っただけだが?」


 はっ? 何言ってんだこの人?


「イヤイヤ走っただけであんなサッと居なくならないでしょうよ? 見間違いじゃないと思うんですが……」

「んー。もしかしたら普通の人にはそう見えるのかもしれないな……」


 普通? なに? じゃああなたは普通じゃないの?


「普通って……じゃぁあなたは一体何者なんです?」

「今はただの用務員だ」

「違うでしょ!」


 はぁぁ。何言ってんだ横の人……意味がわからんぞ? これだったら幽霊の方がマシじゃないか?


「あっ、今は用務員だが……元は忍びだった」


 …………忍び? 忍びって忍者? 忍者ってあの手裏剣とか隠密とか? ……イヤイヤマジで有り得ないでしょ? もしかしておかしい人なのか? でも、実際目の前にいきなり出てきて、居なくなって、俺の横にいきなり現れたんだよな……


「しっ、忍びですか?」

「あぁ、烏野衆からすのしゅうって聞いた事ないか?」


 烏野衆? 烏山からすやま忍者村なら知ってるけど……。

 少し山間にあるテーマパークで、大人から子供まで気軽に忍者体験が出来るスポットとして有名。休日には家族連れで賑わいを見せているそんな所ですが?


「忍者村なら知ってますけど……」

「ん? もしかして烏山か?」


「えっ? はい」

「そこだ、そこは烏野衆でやってるんだ」


 烏野衆でやってる……? やってるって……忍者村を?


「ははっ、冗談ですよね?」

「ホントだ。あそこのスタッフは皆烏野衆。こんな世の中だ、忍者ってだけじゃ食っていけないからな。財源確保の為だ」


 えっと……これマジなやつ? それとも冗談? 


「あの……それって本当の事? 本当にあなた忍者なの?」

「冗談ではない本当だ。俺の名前は烏真忍からすましのぶ、烏野衆の1人だ」


 うわっ! 普通に名乗っちゃったよ! えっ? こういうのって言っちゃダメなんじゃないの? いいの? そんなに簡単に公表しちゃって!


「ははっ……そういうの公表しちゃってもいいんですか? 普通正体を隠しながら生活してるもんじゃ……」

「別に我らは正体を隠す必要もないし、隠してるつもりもない。ただ、我々が烏野衆と言っても誰も信じてはくれないんだ。忍者村でも我々は烏野衆ですって入り口に書いてはいるんだがな」


 いや……そう書いてあったら余計信じないでしょ? 雰囲気作りだって、普通思わないか?


「子ども達は信じてくれるんだかな。やはり純粋な心とは美しいなぁ」


 なんか染々感動してるよこの人。


「まぁ、そんな事はどうでもいい」


 いや、いいのかよ。


「それよりお前は……そうか名前を聞いてなかったな?」

「あっ、月城蓮です」


「月城か……お前はこんなとこで何してたんだ? 皆はキャンプファイヤーのとこでワイワイしてたが」

「いや……ちょっと人混みに酔っちゃって。少し静かな所で休みたかったんですよ」

「そうか……」


 そうかって……でもなんかこの人の雰囲気独特なんだよな。それにさっきの瞬間移動……もしかしたら本当に忍者? だとしたらなんで用務員を?


「あの……烏真さん?」

「なんだ?」


「さっき元忍者って言ってましたけど……なんでそんな人が用務員やってるんですか?」

「それには事情があってな、訳あって鳳瞭学園の理事長に拾ってもらったんだ」


 理事長……? そう言えば名前しか聞いた事ないな。実物とか写真とかも見た事ないかも。


「理事長に?」

「そうだ。あの人がいなかったら、俺はどうなってたかわからん」


 どうなってたかわからんって、一体何があったんだよ。聞きたいけど……安易に踏み込んではいけない気がする。


「まぁ、そんな形で4月から用務員をやっている」

「4月からですか?」

「そうだ。まぁお前と同じ新入生みたいなもんだな」


 こんな恐ろしい新入生、俺ならチビっちゃうね。


「ところで月城……お前なにか問題を抱えていないか?」


 ん? 問題? いきなりなんだ? 


「問題ですか?」

「あぁ、さっきも言ったが俺は元忍者。色々鼻がきくんだ。それでお前には……俺と同じ匂いがしてな」


 同じ匂い? 俺が抱えてる問題って……1つしかないんだが? てか、もしかしてそんな事まで分かるの? 忍者って! 怖っ!


「同じ匂いって事は……」

「その顔、自覚があるようだな。そうか……お前ももしかしてじょ…………はっ! この気配! 月城すまん俺はそろそろ行く」


 はっ? 気配? なんだいきなり?


「いっ、行くって? 気配って?」

「すまんな! 予感がするそれだけだ! ではっ」

「えっ? ちょっ……うわっ!」


 また消えた! まじで目の前から消えたぞ? こんな至近距離で見間違いもクソないぞ? 一瞬で瞬く間に、この場から……これは、信じるしかないのか? 忍者の存在を……


 隣で話していた人物が目の前で消える。それはもはや否定できない事実だった。昔話だと思ってた忍者の存在……それが現実に有り得るという事が、まだ信じられなかった。


「うそだろ? だとしたらマジなのか? マジで烏真さんは忍者なのか? てか、その忍者の嫌な予感っていったい……」


 カチッカチッ……


 その時だった。微かに小石同士がぶつかる音が聞こえた。


 ん? 小石のお……っ! その音に気がついた瞬間体に走る寒気。この症状、幾度となく起こって来た症状が、俺に近づいてくる人の正体を教えてくれる。


 やばいな、この寒気。いつもの寒気じゃない。体の芯から凍えるような寒気、自然と心臓が早くなる症状……これはまさしく……


「月城君?」


 やはりそうだった……聞き覚えのある声。


 俺に近づいてくる人物の正体は紛れもなく……日城恋だった。



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