第13話 どうしてこうなった
んーなんか眩しいな。なんだっていうんださっきから。こっちは最悪な思い出が目の前で蘇って、気分が悪いってのに……ん? 俺寝てる? なんでだ? なんか目の前がぼやけてる?
目の前がぼやけてる。そんな中で白い色、それだけはなんとなく分かった。そして段々と視界が鮮明になってくる内に、それが天井だって事に気付く。
天井……か。てか、ホントになんで俺寝てるんだ? そもそも何してたんだっけ? たしか……そうだ葉山先輩に命令されて、マリンパーク来たんだ。日城さんと……
「良かった! 目覚ました!」
突然現れた顔、垂れ下がった髪、心配そうな目、口。それが誰なのか一瞬で分かる。そして、今までに経験した事の無い位近い距離が、俺の体に異常を伝えた。
うっ、うわっ! ち、近い! ヤバイヤバイ! 凜!? なんでここに? 俺の目の前に?
一瞬で体を巡る寒気に、俺は瞬時に反応する。上半身を起き上がらせると、凜から離れようとすぐに後退りしたけど、すぐさま背中が壁みたいなやつにぶつかって、全然離れられない。
ヤバイ! なんで? なんで? なんで凜が?
「わっ、びっくりした! いきなり飛び起きないでよ!」
目の前の凜が、驚いた顔から次第にムスッとした顔になってくる。それは紛れも無く高梨凜その人。けど、俺は理解が追いつかない。
「おーい。なにボーっとしてんの? あっ、もしかして記憶が?」
何で目の前に居る? 記憶って何だ? 記憶って?
「床に頭とかも打ってたし……おーい、自分の名前分かる?」
はっ? 自分の名前? 俺は、俺は、
「月城蓮」
「うん、正解。じゃあここは?」
ここ? ここってたしか白浜マリンパークだったよな? 確かに来たのは覚えてる。でも見渡す限り……ここは医務室かな?
「白浜マリンパーク?」
「おぉ、正解。なんだ、なんでもなさそう。あっ、でも一応聞いとくか」
なんだ? 何を言ってるんだ? 凜。
「私の名前は?」
私? 私って……何言ってんだ?
『ホント仲良いよな? 実は付き合ってるんだろ?』
お前の名前は、高梨凜……
そう、確かに見えるその影。
『お前凜ちゃんとなんかあった?』
「さっきから何してるの? はい、チケット!」
お前の名前は……高梨……
あれ? なんか影がぶれてる?
『あぁ、噂になってるらしいんだ。その……お前が凜ちゃんに振られたって』
「何ブツブツ言ってんの? 行くよ?」
お前の名前は……
1つの影が2つに分かれていく。
『おっ、そうだよな? やっぱりそうだよな! わりぃ、変な事聞いちまって』
「言っとくけど、私だってあんたと一緒に行きたくないんだから! ふんっ」
お前は……
こっちを見てる2つの影、それは限りなく似ている。
『ごめんね……やっぱり幼馴染としか見れないよ』
「いったた……ちょっと、あんたぁ」
お前は……
でも、よく見ると似ていると思っていた影はどこかが、何かが違っていた。それが何かは分からない。けど、何かが違うそれだけはなぜか感じる。
『蓮?』
「月城君?」
はっ、そうだ……そうだった。目の前のこの子の名前は……
分かれていた何かが違う2つの影が、真ん中で1つの影になる。そしてそこに居たのは、そこで立っていたのは……
「日城恋」
日城……恋だった。
「正解。良かった……ちゃんと覚えてる。本当一時はどうなることかと思った。急に頭抱えて倒れるんだもん」
そっか……俺、入り口辺りで倒れたんだ。日城さんにあいつの影が重なって、それで……
「でも本当に救急車呼ばなくて大丈夫だったの? なんかそれだけはいらないって、自分で言ってたけど……」
マジ? 俺そんな事言ってたの? 忌々しい思い出を夢で見てたと思ってたんだけど……あれ? 目が覚める前に誰か救急車とか何とかって言ってなかったっけ? そんな気がしたけど……
「ちょっと聞いてる?」
うわっ、近いって! 顔を近づけるな!
ベッドに手を付けて、こっちの顔を覗きこむ日城さん。その距離の近さから逃げるように、俺は反射的に体を反らせたけど、背中にはすでに壁がくっついていて逃げられない。それに、そんな俺の顔は余りにも酷かったんだろう。俺の顔を見た日城さんはすぐに首を傾げると、何かを考えるような表情を浮かべたまま、ベッドの横にある椅子へ座り込んだ。
「ホントに大丈夫?」
あっ、この顔本気で心配してる顔だ。そんなに変な行動だった? 顔だった?
「だっ、大丈夫」
「本当?」
尚も心配そうに話す日城さんの手が、手が……俺の腕辺りを目掛けて来る! その瞬間、体に走る寒気。
どうしたの? 何するの? 触るの? 掴むの? 嘘でしょ? 嘘でしょ? 止めて、止めて、止めてぇ!
頭の中で必死に叫びながら、気付けば俺は、
「はっ!」
日城さんの手から逃げるように腕を動かしていた。
もちろん、無事に触られる事はなかった。それは良かった。でもその過ちに気が付いたのは一瞬だった。日城さんの驚いたような顔、それを見た瞬間に訪れる気まずい雰囲気。それが何を意味するのかを。
やっちまった! 露骨に避けてしまった! 見ろ、見ろ! 日城さん下向いちまったじゃないか! 何してんだよ俺、自分でやっといてあれだけど、最低だよ!
しばらく、俺の顔を見ていた日城さんが顔を下に向ける。この状況、この行動……次に起こるパターンは2つ。めちゃくちゃ激怒されるか、めちゃめちゃ泣かれるか……でも日城さん的に絶対ブチ切れ……
「そんなに……嫌?」
その声は静かで、まるで俺に語りかけるようだった。その予想外の出来事に、俺は日城さんの問い掛けにすぐに答える事が出来ない。
「教室でもそうだった気がする……」
えっ……教室?
「目を合わせても、すぐに逸らしてたもんね……」
あぁ、さすがにバレてたのか。
「最初はどうしてか分からなかった、なんでそんなに嫌がられてるのか。それに今日だって、学園の前で本当に嫌そうにしてて、それで思い出した。入学式の日……」
はっ、入学式? まっ、まずい! あの時の話?
「ぶつかったよね?」
完全に覚えてるじゃん……もしかしてあの時の事を持ち出すんじゃ?
「ぶつかったよね?」
その瞬間、日城さんが顔を上げて俺の方を見る。その顔は、怒ってもないし泣いてる顔でもない。ただ、なんか寂しそうな、そんな表情。
なんて顔してんだよ! これならまだ怒られてた方がマシだ! とりあえず……とりあえずなんか返事しないと、
「ぶつかった……ね」
はぁ! 自分で言っといてなんだけど、俺の馬鹿! なにオウム返しみたいに答えてんだよ!
「やっぱりそうだよね? 私も少し考えてみたんだ、嫌われてる理由。やっぱりその時だよね? ぶつかった時、女の子っぽくない反応だったし、女の子っぽくない口調だったから嫌なんでしょ? 私の事」
女の子っぽくない? 確かぶつかった時、
『ちょっと、あんたぁ』
って言った……だけだよな? そんな気になる事でもないような? ってやばい! また下向いたし!
まずいな……一体なんて答えたら、はっ! ちょっと待てよ? この状況……非常にまずくないか? 日城さんがこんな状態で、納得できる答えを言えなかった=日城さん号泣か大激怒。もしそうなったら、日城さんはこの事誰かに言うよな?
可能性として高いのは……あっ、葉山先輩!? やべぇ! しかも日城さんと葉山先輩なんか昔から知ってる風で仲良さそうだったよな? だったら完全に言われるじゃんか! しかもそうなったら、あの葉山先輩の影響力だぞ? 瞬く間にこの噂が学校中に広まって、そして……そして……俺は皆から、
軽蔑の目で見られる!
嫌だ! それだけは絶対嫌だ! トラウマ再臨じゃん! それだけは阻止せねば! だとしたら、なんて言えば言えばいい? 何て言えば誤解だって、納得してもらえる? やばいなんも浮かばねぇ! 全部この女恐怖症が悪いのに……女恐怖症……
その瞬間、頭の中に1つの考えが浮かび上がった。けど、それはかなりリスキーで一歩間違えれば、俺は日城さんに脅される事は間違いなかった。葉山先輩の影響力でトラウマが再臨するか、日城さんの事を信じるかの2択。そんな中で、俺が選んだ答えは……
「そんな事ないって、誤解だよ。あのさ……俺実は……」
「女性恐怖症ー??」
俺の秘密を、日城さんに話すというものだった。案の定、日城さんはかなり驚いて、さっきまでのネガティブな様子はどっかに消えてしまってたし、むしろそんな事より、女恐怖症の症状とかそんなのに興味津々って感じでやたらと俺に質問してくる。
正直、これは賭けだった。もちろんこの秘密を知った事によって、日城さんが俺を脅したり、皆に言いふらしたりする可能性だってある。だけど……葉山先輩が動く方が断然俺にとってのダメージは大きい。あの影響力はハンパないって身を持って知ってたし、そうなったら本当に俺は学園に居れなくなりそうで、想像するだけで恐ろしかった。
まぁ、今の所は最悪の事態は免れたか。日城さんの事もまだ信用しきれてないし、今後様子を見……
「わかった! じゃあ私が女性恐怖症治すの手伝ってあげる」
はっ? なんて? なんて言ったの? 聞き違いかな?
「ん? 日城さん今なんて?」
「だから、私が克服するの手伝ってあげる。いっぱい話とかしてたら良くなるんじゃない?」
いやいや……マジで言ってんの?
「その話聞いてから、妙に納得したしね。月城君、女子への返事が妙にそっけなかったり、それに結構外ばっかり見てるし……でもそれだったら、高校生活楽しくないでしょ? だから、手伝うよ」
おいおい、なんか変な方向に話が進んでるぞ? あっ、いやこれは……そういう体で俺をいじめ倒すって魂胆……
「良いでしょ?」
うはっ! だから顔近付けるなって! 絶対ワザとだ!
「良いって言わないと……体触っちゃうよ?」
あぁ……なんか日城さん、葉山先輩……いやヨーマに似てるよ。絶対触られたくない、顔が近くにあるだけでこんなにも苦しいのに、触られでもしたらたぶんまた気絶しちゃう自信がある。それを話したばかりなのに、そんな脅しに似た事を言うなんて……これはあれだ、ハイかイエスかどちらかしかない2択……それなんですね?
「わっ、分かったから!」
「分かった?」
なんだよその微笑み! それ、まさにヨーマと同じじゃないか! くそ! 従うしかないのか……。
「克服するの手伝ってください」
「うん、分かった。じゃあ一緒に頑張ろう!」
そう言って笑った彼女の後ろに、ヨーマの姿が薄っすらと見えたのは言うまでもなかった。
それにしても、あぁ……どうしてこうなった! どうしてこうなったんだぁ!
哀れな男の魂の叫び声だけが、辺りに木魂していた。
「あっ、ちなみにぶつかった時、パンツ何色だった?」
「ふぇ? たしかピン……あっ!」
「やっぱり見たんだ……ニヤリ」
あっ、言いふらさないで下さい。お願いします。
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