第12話 記憶
ん……? なんだこれ? 空は真っ暗……夜かな? しかもここって家の近くの道じゃん。この方向って事は家に向かってる? あれ? なんか体が動かせない! なのに歩いてるぞ? 勝手に動いてる。なんだ? 上を向いて……なんか笑ってる! と思ったらガクッて下向いてるし。なんだ? あれ?
どういう事……
うわっ、今度は何だ?
なんか薄暗いな……あれ? なんか光ってる。えっと、あぁスマホか、それを手に取って画面に表示されてるのは……凜……
はっ? 何で俺こんな思い出したくもないもの見てるんだ? あっ、しかもぶん投げた。無意識とは言え……って、これもしかして大晦日の時か?
中3の時か。俺、ショックで振られた凜にどういう顔していいか分からなくて……あの夏祭りからずっと避けてきたんだ。だからこの年、物心付いた時から毎年一緒に行ってた初詣……布団に包まって行かなかったんだよな。
って、今度は何だよ?
家の玄関? なんか少し雪積もってる。玄関から出て、あっ隣のおばちゃんじゃん。
『あれ? 今日も1人で行くのかい?』
『あっ、うん。用事があってさ』
『そうかい。気を付けてね』
なんか自分が勝手に喋ってるのを、そのまま見てるって斬新だな。
そっか……この頃には1人で学校行ってた。あの日までは一緒に……まぁ顔を合わせたくなかったし、気まずかった。凜には会いたくなかった。
今度は学校……
『高校はやっぱり春ヶ丘だよな?』
『だな! 近いし!』
『大体皆春ヶ丘だろ? なっ、蓮?』
『あっ、あぁ』
『お前良いよな、高梨さんも春ヶ丘だろ? 高校でも一緒に通学じゃん』
『ホント仲良いよな? 実は付き合ってるんだろ?』
あぁ、皆春ヶ丘行くって言ってた。凜も……あれから一言も話してなかったな。もちろん学校でもな。だから、からかう様な皆の言葉が嫌で嫌で仕方なかった。
『なぁ蓮、ちょっと良いか?』
『ん? どした?』
『お前凜ちゃんとなんかあった?』
『べっ、別に何もないけど』
あぁ、これは……気分が悪くなるかも。
『そうだよな? いや、最近お前ら話とかしてないし、一緒に登下校も……』
『お互い忙しいからだよ』
『だっ、だよな?』
『ん? なんだ? 他に聞きたい事あるんだろ?』
『あっ、まぁその……女子がしゃべってるのちらっと聞こえたんだけど……』
『女子?』
『あぁ、噂になってるらしいんだ。その……お前が凜ちゃんに振られたって』
『……はっ、はぁ? ありえねぇよ。あいつはただの幼馴染だぞ? 有り得ないって、そんなの信じるのか?』
『おっ、そうだよな? やっぱりそうだよな! わりぃ、変な事聞いちまって』
何で知ってる。俺が凜に振られた事。女子が話してるの聞いたって言ってたよな? だったらどこからその話が広まった? あの場で誰かが居たのか? んな訳ない。告白した公園には誰も居なかった。そこから駅前を通った所で俺を見たとしても、それが分かる訳はない。
だったら……どうして? どうして?
あっ、まさか……まさか……
凜が話した?
嘘だ。嘘に決まってる! けど、それしか可能性はない。
そうか……そういう事か。元々仲が良かっただけなのに告白しやがった。単に昔の流れでバレンタインとか誕生日プレゼントとか渡してただけなのにさ。毎日一緒に登校とかも嫌だった。
俺の事そう思ってたんだよな、きっと。本音はそうだったんだよな。じゃなきゃ、俺が振られた事言うはずないし、言ったらすぐに噂になって広まるって分かってるもんな。そういう……人だったのか。そういう奴だったのか……。
その時の心の声が聞こえてくる。そうだ……これがきっかけだった。俺は、そこからガラっと変わってしまったのかもしれない。
『ヒソヒソ』
!? こっち見てる? 俺のこと見ながらなんか言ってる?
『振られたんだって……』
『まじ~?』
女子が……俺の噂をしてる。こっちを見て笑っている。もう女子の間でこの話を知らない奴なんていない。もう、広まったんだ……広まったんだ!
止めろ、止めろ、止めてくれ! 俺を……俺を見るな、俺の前で話をするな、俺の……俺の前から……消えてくれ。
あぁ……そうして、見事に女性恐怖症の出来上がりか。もはやこの瞬間から、女子の視線を感じるだけで寒気がして、頭が痛くなって、耐えられなくなったんだ。学校へ行くのも苦痛だった。
近くの病院に行って、万が一それを見られて噂になるのが嫌で病院にも行かなかった。ネットで症状を和らげるグッズとかCDを買い漁った。効果はあったのかも知れない、けどそれ以来女子には話し掛けなかった……てか出来なかった。そして、とある結論に至ったんだ。
噂を知っている奴らと同じ高校なんか行ったら、今度はもっと大人数に広まるって。
そこからは死に物狂いで勉強した。休み時間はCDを聞いて周りの音をシャットアウトした。鳳瞭学園を目指したのは大学までエスカレーター式で、しかも超名門校だからっていうのもあった。けど、1番の理由は中学から離れた場所で寮生活できる……その1点だけ。寮がある高校なんて限られてて、その中でも1番近かったのが鳳瞭学園だった。
もちろんそんな超名門校、並みの学力じゃ入れない。担任にも必死に止められた。学力はそんなに悪い方じゃなかったけど、良くも無かった。そんな並の俺なんかが目指せる所じゃない。けど、俺はやるしかなかった……毎日四方八方から感じる最悪な感覚と、風化しない忌々しい噂、そして何よりその張本人だった高梨凜と同じ高校……いや、同じ学区、同じ町会、同じ空間。
彼女を少しでも感じる所には……居たくなかった。
『何で鳳瞭なんだ?』
『さすがに無理だろ?』
『一緒に春ヶ丘いこうぜ?』
そんな友達に、
『ごめん! 俺、鳳瞭学園でやりたい事があるんだ』
めちゃくちゃ格好をつけて言ってた。すげえなって褒めてくれる奴、頑張れよって励ましてくれる奴、そんな俺の事が気に入らない奴に、裏切りだって言う奴とか色々居たっけ。そんで興味本位で話し掛けてくる女子。話し掛けはしなかったけど、そんな感じで一言声を掛ける子はいた。そんな子には適当に返事してた。
なんでシカトしないのかって? そりゃしたいさ、でもさ、鳳瞭学園は共学なんだ、もちろん女子もいる。でも少なくともここにいる女子よりはまっさらなはずだ。平和で平穏な高校生活、それには女子との会話もある程度必要だって分かってた。必要最低限でいい、日常会話だけでいい……その為の練習だった。
おかしいだろ? 第三者からしたら、そんな理由でそんな苦労して、ただのおかしい奴かもしれない。
「救急車……!」
ははっ、やっぱりそう思うよね。おかしい奴だって……だけど、
「そんなのいらない」
恥ずかしさ、悔しさ、疑心暗鬼、悲しみ、絶望。こんなにも一遍に、こんなにも短時間で経験する人なんて、俺の他にいるんだろうか。
「でも……やっぱり救急車……」
しつこいな……だから、
「必要ない。大丈夫」
なんだよ、さっきから俺を病人扱いして。そんなに俺がおかしいのか? 常軌を逸してるって言いたいのか?
「それでも……やっぱり呼んだ方が」
俺は後悔なんてしてない。努力した、女性恐怖症だってピークに比べたら大分マシになった。CDとかグッズとか安眠マクラ、マットレス、心を……メンタルを整える為なら、その全てを買った。そして……俺は鳳瞭学園に受かったんだ! 特待生として!
「そっか……わかった」
なにがだ? お前に何が分かるんだ? なんか眩しくなってきたし、なんかしてんのか? まぁいいや。
幼馴染に振られ、裏切られ、その全てが信じられない奴らと同じ空間に居た。そして噂に怯えながら、必死でもがき続けた俺の気持ちなんて、
「誰も分かるはずがない」
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