第11話 重なる影

 



 はぁ……憂鬱だ。せっかくの土曜日が、リフレッシュデイが。まさかこんな事になるなんて……

 さっきから何度目の溜め息だろうか、溜め息をすると幸せが逃げるよって誰かが言ってたけど、それは間違いだ。もはや幸せじゃないから溜め息が出るんだよ。間違いない。


 結局、ヨーマにこの取材を押し付けられた次の日、案の定余韻の残るクラスの皆に根掘り葉掘り聞かれ、もう精神的に参ってしまったよ。




「月城! お前新聞部に入れたのか?」

「まじ? あの葉山先輩と同じ部活かよ!」

「なに? 新聞部って誰でも入れるんじゃないの?」

「いやいや、噂だと葉山先輩の気に入った人しか無理らしい」

「えっ、そうなの? やっぱり葉山先輩ってすごいんだ」

「なんでも廃部同然だった新聞部復活させたのも葉山先輩らしいし」

「そうなの? けどゴシップペーパーって見てみたけど、かなりおもしろいよね?」

「うんうん、デザインとかも斬新だし、学校新聞って感じじゃないよね」

「でも、そんな新聞部に入れるなんてやっぱり、月城君も只者じゃないんじゃない?」

「そうだよね」

「絶対そうだよ」




 こんな感じで、見事俺は葉山先輩に気に入られた謎の人物として、完全にクラスの中で目立つ存在となってしまった。

 そして、極めつけに今日という日。無理矢理パートナーを組まされた日城さんと、なぜか白浜マリンパークへ行くことなり、テンションガタ落ち、溜め息出まくり。体全体が重くてダルいのです。


 それはそうと、待ち合わせの時間はそろそろだな。


『9時に学園の前で立ってなさい。今回だけは特別に迎えに行くから、その代わり帰りはバス使いなさいね?』


 迎えに行くって、普通の人からそんな言葉は出ないよな。やはりさすが葉山グループのご令嬢と言った所か。にしても、日城さんの姿が……


「うわっ」


 待ち合わせの時間が近づいても、その姿、気配すら感じなくて辺りを見渡した時だった。おれの横に誰かが立ってた。全然気付かなかった、まるでいきなり現れたかのような登場に思わず声が出てしまう。


「うるさい」


 えっ、あぁすいません。ってこの声は……日城さん? 嘘だろ……? 髪型……。


 その横に佇む人、その人の声で日城さんだってのは分かった。初めて日城さんと会った時以来の近い距離感に、当たり前のように起こる寒気。けど、今回はそれだけじゃない、学園では髪を結っていた日城さんが、今日は結ってなくて……茶色染みた髪の毛が風に揺れている。


「朝から……うるさい」


 そう言ってこっちを見た日城さんは、まさにあいつと瓜二つだった。それを目にした瞬間、心臓が速くなる、鼓動の音が体に響く。手が小刻みに震えるのがわかる。今にも……逃げ出したい気持ちが溢れ出しそうになる。


「なに見てるのよ」


 幸いだったのは、話し方が違う事。良いか悪いか分からないけど、日城さんのその一言が俺を我に返してくれた。


 はっ、あぶない! この人はあいつとは別人なんだ。そうだ。ただ似ているだけ。だったら慣れるはずなんだよ。ましてや同じクラス、同じ部活、そんな人からいつまでも逃げてる訳にはいけないんだよ! 落ち着け落ち着け、普通に、普通に、口を動かせ!


「いや……いつから居たの?」

「あんたが何度も溜め息ついてる時から」


 えっ、そんな前から?


「だったら声を……」

「あんなダルそうにしてる奴に声掛けたいと思う?」


 あぁ……ミスった。完全にご機嫌斜めじゃん。


「言っとくけど、私だってあんたと一緒に行きたくないんだから! ふんっ」


 あっ、不貞腐れた。まぁ仰るとおりだな……確かに今のは俺が悪い。


「あぁ、ごめん」


 まぁ反応する訳ないか。それにしても、この状況はやっぱり嫌だ。2人きりってのが最悪だ。日城さんが近くに居る間、まるで風邪を引いたような感覚のまま過ごさないといけない。それに口だって上手く動かないし……とりあえず早くお迎えが来るのを願うばかりだけど……


 そんな時、1台の車が俺達の前に停まった。来ていたなんて分からない位の小さなエンジン音に、光沢のある黒光り。その高級感は一目で分かる。


 はっ? めちゃくちゃ高そうな車だな……通学組が部活にでも来たのか? ん? なんか運転席から人が出てきたぞ?


「お久しぶりです。日城様」

「おはようございます。黒岩くろいわさん」


 えっ? 何? 日城さん知り合いなの? 


「それと……」


 こっち見た!


「あなたが月城様ですね? 初めまして、私彩花お嬢様の運転手をしております黒岩と申します。以後お見知りおきを」

「はっ、初めまして……」


 運転手? 彩花お嬢さん? まさか、葉山先輩が言ってたお迎えって……


「それでは参りましょう。どうぞ」

「早く乗りなさいよ」


 黒岩という人が、目の前の高級車のドアを開ける。つまり……そういう事だ。これが、葉山先輩のお迎え。まさかこんな高級そうな車だとは思いもしなくて、驚きで一杯だけど、日城さんに言われるがままにその車内へ乗り込む。


「お邪魔します」


 凄い肌触り、すごいモフモフ。そんな座席に腰を下ろすと、今までに体験したこと無いような心地良さが背中から足にまで広がる。


 やべぇ! なんだこれ! やばすぎるだろ! この時ばかりは隣に座る日城さんの事も気にならなかった。

 初めての体験、それに勝るものは無いと思った。けど、そんな興奮も長くは続かない。時間が経つにつれて近付いて来る白浜マリンパーク。ドアが開き、暖かい日差しが車内を照らした時、俺は現実へと引き戻される。


「それでは失礼します」


 小さくなっていく高級車。そしてそれは瞬く間に居なくなる。


「早くしなさいよ」


 そんな声が耳に入ると、俺はさっとその方向へ体を向ける。白浜マリンパーク……その文字が、俺の心を押し潰す。


 来ちまった……マリンパーク。大丈夫か? 大丈夫だ。日城さんは別人、日城さんは別人。よし。


「何ブツブツ言ってんの? 行くよ?」


 先陣を切って歩く日城さんの後を、ゆっくりと追っていく。全てがあの時と同じ……建物も入り口のドアも。それがゆっくり開いて、中が見える。当たり前だけど、内装も変わってない。そりゃ季節の飾りつけは変わったりしてるけど……あとはそのまんま。


「さっきから何してるの? はい、チケット!」

「あっ、ありがとう」


 いつの間にチケットを? てかそんなに俺ボーっとしてたのか? まずいまずい。

 渡されたチケットを受け取ると、日城さんがエントランスにある大きな水槽に向かって歩いていく。その歩き方、後姿が、本当に本当に彼女に似ていて……


『綺麗だね。蓮!』

「ちょっと? どうしたの?」


 それが彼女に……


『ほぉら、早く来て? 一緒に行こう?』

「早くしなさいよ」


 彼女の影とぴったり重なって……


『蓮?』

「月城君?」


 頭から離れない。


 その瞬間、襲い掛かる頭痛。思わず左手で頭を抑えるけど、そんなの全然意味ない。それに体全体が寒くて、呼吸が早くなる。


 なんだ……これ? 今まで経験したこと無い……症……じょ……


「つっ!、月……」


 遠くからなんか聞こえるけど、体に力が入らなくて、膝が地面にぶつかる。そこまでは覚えてる。痛みも、寒気も、心臓の鼓動も。けど、目の前がだんだん真っ暗になってきて、その内何がなんだか全然分からくて……そして真っ暗な闇の中に包まれる。


 自分がどうなったのか、大丈夫なのか。 生きているのか……死んでしまったのか……それすら分からないまま。



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