第10話 こんがり焼けました




「葉山先輩お話したい事があります」

「何かしら?」


 場所は新聞部部室。一般的な部室には似つかわしくない机にデスクトップパソコン。そして座り心地が良さそうな椅子に座っている相手は、葉山グループご令嬢葉山彩花(通称ヨーマ)。例えこの身朽ち果てようと……いざ。


「教室に来ないでもらえますか?」

「どうして?」


「どうしてって、皆驚くからですよ」

「なぜ?」


「なぜって、先輩が葉山グループのご令嬢だからでしょう?」

「それはおかしいわ。令嬢だかなんだか知らないけど、ここは鳳瞭学園で、私は葉山彩花という生徒の1人よ? 生徒が1年生の教室に行っちゃいけないなんて、校則にはないはずよ」


 まっ、まぁ……確かに正論だ。じゃぁ切り口を変えて、


「分かりました。では、校内及び他の生徒の前でシロというあだ名で呼ばないで下さい」

「なぜ?」


「なぜって、そのあだ名は不愉快……」

「不愉快?」


 ひっ! 鋭い眼光が俺を襲う。


「ひ、非常に恥ずかしいんです」

「恥ずかしい? 可愛いと思わない? 采?」


 横でカタカタノートパソコンを打ってる桐生院先輩……頼みます!


「ん? 可愛いとは思うけど、シロはやっぱり恥ずかしいと思うよ? それになんか犬っぽいし」


 あぁ、桐生院先輩。やはりあなたはまともなんですね! 男同士共感するものが……


「まぁ、気に入った物とかにあだ名を付ける癖は小さい頃から変わらないね」


 えっ? 物? 


「さーいー?」

「ははっ、ごめんごめん。どうぞ続けて?」


 いやいや、最後の話がめちゃくちゃ気になるんですけど? ちょっと? 桐生院先輩?


「可愛いわよね? 恋?」

「はい……可愛いと思います」


 なんか急に寒気がするんですけど? えっ? なんで日城さんこっち睨んでんの? ちょっと意味分かんないんですけど?


「月城君ガンバ!」


 はっ? 桐生院先輩? なんで小声なんですか? ガンバってどういう……


「ほら決まり。シロで問題無しじゃない」

「えぇ?」


 問題無し? 俺の意見は? 本人の意思は?


「まぁまぁ、彩花。さっき言った通り、可愛いって事に異論は無いけど……さすがに校内でシロって呼ばれるのは恥ずかしいと思うよ?」


 あぁ、桐生院先輩……。


「そう? 恥ずかしいかしら?」


「さっき彩花だって言ってたじゃないか、ここでは生徒の1人だって……月城君だってそれは一緒だよ。新聞部部員の前に、鳳瞭学園の一生徒。学園生活の影響を考えるべきじゃない? クラスでの立場とか」


「それは……そうだけど」


 おぉ! 初めてヨーマが怯んだぞ! これはもしかして?


「だからさ、提案なんだけど」


 ん? 提案?


「部活中だけはあだ名で呼んでもOKにしたら良いんじゃない? あくまで、部活中のみで極力月城君の学園生活には支障を出さない程度に……どう?」


 結局は呼ばれるんですね? シロって。


「ん~。気に食わないけど、さっき自分のこと棚に上げて言っちゃったし……いいわ。そうする」

「月城君は?」


 あっ……俺ですか? まぁ……教室内で呼ばれないんだったら良いのかもしれない。あくまで部活内って事は放課後だけって事でもあるしね。それ位なら……


「わかりました。じゃあ部活内だけという事でお願いします」

「はい、決まり! じゃあ彩花、部活どうぞ?」

「なんだか釈然としないけど……まぁいいわ」


 とりあえず、全生徒の前でシロ呼ばわりされる事だけは避けられたか、ありがとう桐生院先輩。けど、問題はヨーマの話なんだよね……昼に直接来る位だから嫌な予感がプンプンなんだけど。


「お昼に話そうと思ってたんだけど、恋、シロ、君達にさっそく取材をお願いするわ」

「取材ですか? だったら私1人でも……」


 やっぱりか……。そうだそうだ、日城さんは1人でも大丈夫って言ってますよ~俺は足手まといですよ? 


「昨日も言ったでしょ? 君達はペア! 取材におけるパートナー! ツーマンセルなの」

「そっそれは……。はぁ……分かりました」


 えぇ……分かりましたなの? もうちょい抵抗しないの?


「それで、今回はどんな内容なんです?」

「今回の鳳瞭ゴシップペーパーは、デートスポット特集よ」


「デートスポット?」

「デートスポット!?」


 やば、思わず声が被ってしまった。それにしても……最悪すぎる! 2人で取材ってだけでも嫌なのにデートスポットって!


「そっ、それじゃあ彩花先輩と采先輩が取材に行けば……」


 まじでそうしてくれよ……。あぁ……でもなんか嫌な予感がする。


「私は色々と忙しいし、采は今年度用のデザイン作成中で手が離せないのよ。それに君達同じクラスでしょ? クラスメイトとしても部員としてもお互いを知る良い機会だと思うわ」


 やっぱり……。あぁ別に取材自体は問題ないんだ、けど、2人きりっていうのがキツ過ぎる。しかもよりによってデートスポットとか……。日城さんとデートスポットの取材って、想像しただけでヤバイ……トラウマが蘇ってきそう。


「でっでも……」

「編集長命令! シロいいわね?」


 はぁ……平穏な学校生活の為に、断れないんですよ。トラウマで具合が悪くてもハイかイエスしか言ってはいけないんですよ俺は……。分かってて聞くこの人はやっぱり悪魔だ。


「いいわね?」

「ハイヨロコンデー」


「よし。じゃ恋もいいわね?」

「……わかりました」


「じゃあ決まり。それじゃあ早速今週の土日どっちかで行ってきてちょうだい」


 今週? 嘘だろめちゃくちゃ急じゃんか。


「どこに行けばいいんですか?」

「決まってるじゃない。最初はデートスポットの定番! 白浜マリンパークよ。入園料は新聞部から出すから心配しないで」


 うわっ、最悪だ。

 白浜マリンパーク……あいつと何度か遊びに行った場所。できれば思い出したくもない場所に、あいつと瓜二つな人と行く……まさに地獄。


 そんな地獄の中を俺は無事にやり過ごす事が出来るんだろうか……。


 あぁ……どうしてこうなった! どうしてこんな事になったんだぁぁぁ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る