第9話 止めてください、火傷します

 



 ん~あれ? あそこにいるのは悪魔……じゃなくて葉山先輩? それと隣にいるのは校長? なんかあったのかな? ん? なんか俺の方見てない?


「校長! あいつです。あいつが私を押し倒してその上胸まで!」

「なんだと! 葉山君の胸を? なんという事だ!」


 えっ? そっ、そんな葉山先輩! 新聞部に入部したんだからそれは言わない約束じゃ……。


「何を言ってるのかしら? そんな約束した? よく思い出しなさい? 私がいつそんな約束したって言うの?」


 いやいや、言わない代わりに新聞部に入部しろって…………あれ? 違う……?


『そんなこと言っていいのかな?』

『怖かったなぁ。いきなり押し倒されて、無理矢理触られて……怖くて声も出なかったなぁ』 


 そうだ……そうだった。この悪魔は言わないなんて一言も言ってない。ある種の脅迫をイメージさせる言葉を匂わせて、全て俺が入部を決めたように仕向けたんだ。そんな……そんな……


「先輩? しかもこいつ私のパンツまで見たんですよ?」


 うわっ、どこから出て来た! ひっ、日城さん? えっ? パ……パンツってあれは不可抗力で……


「なんと! 日城君のパンツまで見たのか! この変態め! 何とうらやましい事か! お前には相当の罰を与えねばならんな!」


 ちょっ、ちょっと待ってください校長先生これには訳が……。


「月城蓮! お前は今日この日をもって……」


 あぁ……止めてくれ、止めてくれ。


「鳳瞭学園を退学とする!」


 そっ、そんな! そんなぁ! 嫌だぁぁぁぁぁ。




「あぁぁぁ!」


 目の前にはカーテン。足元には布団。そこは紛れもなく俺の部屋、俺のオアシスだった。

 汗が酷い。呼吸がつらい。それが夢だって分かって、いくらか気分は良くなった。けど、それもただの気休めにしか過ぎない。そう、あの二人は間違いなく学校に居るのだから。


 なんだよ、出会って早々夢に出てくるなんて、ホントに悪魔の一種なんじゃないか? こんな夢、しばらく見てなかったっていうのに。

 しかも、夢で見た通り、葉山先輩は言わないなんて一言も言ってないんだよなぁ。はぁ、そうなると葉山先輩が卒業するまで、少なくとも2年間はこんな状況下で生活しなければいけないのか……考えただけで具合が悪くなる。


 軽い頭痛を覚えながらベッドから降りると、カーテンを開ける。清々しい日差しが俺を包み込んでくれる……事無く、外はあいにくの雨。それはまるで俺の心を写しているかのような土砂降りだった。


「ははっ、天も一緒に泣いておるわ……」


 なんて言ってみたけど、本当に泣きたい。まじで泣きたい。まぁ、泣いた所で何にも変わんないけどね。

 あの悪魔……いや妖艶な悪魔だからヨーマにしとこう。あのヨーマの機嫌を取りつつ、日城さんにも何とか慣れつつ、日常生活を平穏に送る2年間。うん、何とかなるか! 何とかなる! 何とかな……る訳ないだろうなぁ。

 早く松平勝三ポジティブボイス集ボリューム3と安眠MAX愛の処方箋、トゥギャザースリーパーの枕来てくれ、安らかな眠りを俺に下さ~い。



「はぁぁぁぁぁ」

「おいおい、なにでかい溜め息ついてんだよ」


「おい、栄人……お前気付かなかったのか?」

「気付くってなにが?」


「朝!」

「朝ぁ?」


「皆の反応に決まってんじゃねぇか」

「あぁ~」


 あぁ~じゃないよ! 何なんだよまったく。朝からテンションガタ落ちだってのに、教室に入った瞬間のざわつき。最初はこの爽やかイケメンの連日の登場によるものだと思ったんだが、教室に入った瞬間一気に感じる寒気。

 嫌な予感に日城さんがこっち見てるのかと思ったんだけど、人間の視野って罪よね。ぼやっとだけど180°見えちゃうの。それでさ、クラスの皆がチラチラ見てるのさ……俺の事を。しかも隣同士小声で何かコショコショ話してさ。


 もうね……最悪よね。この状況、思い出しちゃうよね、あのトラウマ地獄の日々を。あれから耳を塞ぐ様に、授業中以外はずっとイヤホンで松平ボイスを聞いてたから何とか症状は治まったけど、気持ちは一向に晴れやしない。


「そりゃお前、先輩方が揃いも揃って勧誘に来たら、そりゃ誰だって興味持つだろ」

「いやいや、まさにそこからおかしいんだって。俺ただのサッカー部だったのよ? 大して上手くなかったし、県選抜とかにも選ばれた事ないってのに! しかもサッカー部ならまだ分かるぞ? ラグビーと柔道に関してはさっぱり意味分からん」


「まぁ、確かに意味は分からないが……けど、先輩達も話してたじゃんか、入学式の話。実はあの話学校中で噂になってたんだよな」

「はっ? そうなの? しかも学校中?」

「あぁ、クラスの皆も、一体誰なんだろうってなってた所に、あの先輩方……そしてその正体がお前ってわかったら、そりゃ皆ざわつくだろ」


 まじかよ……。てか、その出来事がそんな噂になってたなんて全然気付かなかったんですけど。


「全然気が付かなかった」

「そりゃお前本人だから関心もなかったろ? それにずっと外ばっか見てて誰とも話してなかったし、だから副委員長に推薦したんだよ」


 おい! その、俺やってやりました。友達思いだろ? みたいな顔止めろ。俺はそういう立ち位置を望んでたんだよ、わざわざ陽の目に当ててくれるな!


「まぁ、とりあえず昼飯でも食いに行こうぜ」


 こいつ……いい奴なのか悪い奴なのかわからんな。今のところ悪い奴だが。


「そうだな、行くか」


 ガラガラガラ


「お邪魔するわ。月城君いるかしら?」


 席を立とうとした時だった、耳に入るその声。その声は忘れたくても忘れられない。朝から俺をアンハッピーにしてくれた元凶の声だった。


 はっ! こっ、この声はまさか……。恐る恐る教室の入り口の方へ顔を向ける。


「あっちね? ありがとう。 あっ、いたいた」


 さっ、佐藤さん! 君は俺に何か恨みでもあるのか? なにその慣れた手つき、スムーズに案内してんじゃないよ! あぁ、近付いて来る。ヨーマが、葉山先輩が。一体、一体何をしにここへ……。


「あれ? 恋はいないの?」


 ヨーマがお構い無しに話し掛けてくる!


「そっ、そうですね。お昼食べに行ったんですかね……」

「そっか」


 そっか? てか、おい横のイケメン委員長、今日こそ助けろ! 一緒に昼飯食いに行くんだろ? それとなくそれを匂わせろ! なに驚いてるんだよ! しかも先輩……皆あなたの事見てます。クラス中があなたの事見てます。お気付きですか? 皆なぜか目を輝かしてますよ? あなたのその風貌はそれだけ注目されるんですよ? それに巻き込まれるわたしはどうなると思いますか? 分かりますか? 


「まぁいいや。恋がいないなら仕方ないか。シロ、放課後部室に来てね?」


 ははっ、分かる訳ないですよね? そうですよね。ほら見てください。シロなんて言うもんだから一気にクラスがざわつき始めましたよ? 


「待ってるから」


 分かってます。ハイかイエスですよね。それ以外は聞き入れられないんですよね?


「ハイ、ワカリマシタ」

「それじゃあね。お邪魔したわ」


 あぁ……すごいっすね。この短時間で一瞬で教室の雰囲気を一変させるなんて。その去り方すら素晴らしいです。それでは御機嫌よう。


「はぁ……」


 その姿が見えなくなった瞬間、立ち上がったはずなのに椅子へと崩れ落ちる。もはや寒気を通り越して体全体に得体の知れない疲労感が広がる。


 なんか疲れた……しかも結局何の用事で来たのかまったく不明だし、一体……


「蓮! お前、あの人2年の葉山先輩じゃないのか」


 うおっ、どうした? 机に手乗っけて、珍しく驚いてんのか? 


「えっ? そうだけど……」

「そうだけどって……お前いつの間に葉山先輩と仲良くなったんだ?」

「仲良くって……」


 あれ? なんかこいつ様子が変だな? しかも……先輩居なくなったら皆俺の方見てね? ちょっとさっきみたいにコショコショ話してない?


「先輩と……」

「……話してるよ?」

「やっぱり……」

「……じゃない」

「噂通り……」


 あの……若干聞こえてるんですけど。何? 完全に俺注目されてね? 嫌だよ? 俺嫌だよ? 目立つの嫌だよ? 


「どうなんだ? 蓮! うらやましいぞ?」

「うらやましいって何がだよ!」


「お前知らないのか? あの人あの葉山グループのご令嬢だぞ?」

「葉山グループ?」

「グランド・リーフホテル! 聞いた事あるだろ?」


 グランド・リーフ……あぁ、あの全国的なホテルチェーンだよな? リーズナブルなとこから最高級な所まで幅広いホテルを提供して……って、まじ?


「えぇ! そうなの?」 

「そんな人とどうやって仲良くなったんだ! それにあの容姿、男子みんなの憧れなんだぞ? それどころか女子にだって人気がある! そんな人に話し掛けられて、しかもシロなんて呼ばれるって、お前入学早々有り得ない事だぞ?」


 えぇ……そっそんな凄い人なの? あのヨー、じゃない葉山先輩って! 嘘だろ? でも栄人がこんなに驚いてるって事は、本当にマジなのか?


「月城、あれ2年の……」

「月城君、ちょっと聞きたいことが……」

「月城!」

「月城君?」


 うわっ。ちょ、ちょっと待ってくれ! 来るな近寄るな、集まるな! 男はともかく女は近寄らないで! あっ、だからって俺はホモじゃないぞ? ダメだ! 体がムズムズする、寒気がする! 呼吸が呼吸が……これ以上俺に構わないでくれ! 注目しないでくれ! 


 止めろ、止めろ~! 俺をこれ以上陽の目に当てないでくれ! 陰から引きずり出さないでくれ! 


 頼むから、止めてくれ~!!



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