第8話 鳳瞭ゴシップクラブ

 



 拝啓、皆さん。わたしは今、見た目が美人な悪魔に付いて歩いています。なぜこんな事になったのでしょう……えぇ、すべては自分のせいなのです。そう……自分の。


「はい、ここが部室よ」

「はっ、はい」


 目の前の扉、その上に取り付けられた新聞部と書かれたプレート。ここまでは一般的な部活なのだろう……そう思ってました。扉の横に掛けられた、あからさまに派手な立て札を見るまでは。


 うわっ、新聞部に似つかわしくない立て札……しかも鳳瞭ゴシップクラブって文字がすげぇデザインだ。まさにゴシップ=アメリカを思わせるようなイメージでこれはこれでカッコいい。けど、この部室が立ち並ぶ空間では浮きに浮きまくってるのは言うまでもない。


「どう? これ? 副編集長が作ったんだけど、新聞部だって一目瞭然でしょ?」


 いやっ……確かに目立ちますけど……。


「はっ、はい。そうですね」


 結構浮いてますよ? なんて言える訳ねぇ! こっちは弱み握られてんだよ……機嫌損ねちゃ何されるか分かったもんじゃない。


「でしょ?」


 あぁ、その微笑み怖いっす。なにかよからぬ事を言われそうで怖いです。さっきの一連の流れで完全に嫌な予感しかしないんですけど。


 キィィィ


「はい、新入部員よ。期待の新人だから」


 あぁ、ついに悪魔の本拠地が開いてしまった……覚悟を決めるしかないか。

 自分の住処へ堂々と入っていく葉山先輩。部員に俺の存在を知らしめているようだ……。


「ほら、入って」


 そんな悪魔の指示通り、俺は少しうつむきながら部室の中へと入っていく。こうなりゃ……なんとか順応するしかない、たしか部員は3人って言ってたよな? 普通の人達ならいいけどなぁ。


「こんにちは、1年の月城……」


 部室に一歩入って、自己紹介をしようと顔を上げた時だった、さっき願いはものの数秒で砕け散る。


「あっ……」

「あっ」


 部室の真ん中、2本並べられた長テーブルに座っていたのは紛れもない……日城恋その人だった。

 はっ……? なんで? なんでここに居る。その顔を見た瞬間背中に寒気が走ってうまく呼吸が出来ない。


 やばいやばい! どうするどうする! 

 いきなりの遭遇に体が動かない。日城さんの顔から目線も外せない。

 寒気はするし、動機もするし、呼吸もうまく出来なくなるし……はっきり言ってお手上げだ。


「どうかしたの?」


 その時、耳音に響く囁き声と、耳に当たる吐息。寒気とは違ったゾクゾクとしたものが体を通って、


「ひやぁ!」


 なんとも恥ずかしい声が口から飛び出る。

 その衝撃で体が動くようになったのは良かったけど、その代償が計り知れないって気付くのにそんなに時間は掛からなかった。


 やっべ、なんだ? てかめちゃ変な声で出しちゃった! うわっ、日城さんは真顔だし……奥に座ってる男の人はなんか苦笑いしてるし、明らかにやばい奴だと思われたじゃん。くっ、すべては葉山先輩のせいじゃないか!


「なっ、何するんですか!」

「あら、ごめんなさい。だって恋とずっと見つめ合ってるんだもん」


 れん? れんって俺? ……違う、れんって日城さんの事か? 何? 周りの人から見たらそんな感じに見えるの? 


「彩花、あんまり新入部員をいじめないでくれよ? えっと月城君だっけ? ようこそ新聞部へ」


 ん? なんだこのイケメンボイスは? 

 そのイケメンボイスの聞こえる方へ顔を向けると、そこに立っていたのはまさしくイケメン。顔整いすぎ。声透き通りすぎ、高身長スタイル抜群。なんだこの女の憧れの集合体みたいな人は。栄人が爽やかイケメンなら、この人は男の俺から見てもうらやまし過ぎる全体像だぞ。


「僕は2年の桐生院采きりゅういんさい一応新聞部の副部長してるんだ。男同士宜しくね」


 そう言って、一礼すると少し笑みを浮かべる桐生院先輩……やべぇ、その顔は女じゃなくても惚れるぞ!


「なによ采、私が見つけてきたんだから良いのよ」

「はいはい。月城君頑張ろう」

「はっ、はい!」

「何がはい! よ~」


 良かった! 良かった! まともな人だ! 悪魔の住処にもまともな人はいるんだ。桐生院先輩の存在が俺の心に安らぎをもたらしてくれる。けど、俺にはもっとも大きな問題が残っていた、そうそれは……


「そういえば恋、あんたシロと知り合いなの?」


 シロ? シロって…………あぁ、俺の事ですか。初めて呼ばれたぞ? そんなあだ名。しかもシロって、なんだか犬みたいな……はっ! そういうことかお前は私の飼い犬だってそういう意味なのか? 


「知り合いっていうか、一応同じクラスです」

「へぇ~まっ、だったら話は早いかな。鳳瞭ゴシップクラブの記者となったからにはあんた達ペア組んでもらうから」

「えっ?」

「ちょっ、何でですか?」


 飼い主……違う! 悪魔の一言が俺の脳天を直撃する。ペア? 二人一組? それってもしかして……


「言った通りよ。ペアで取材、聞き込み、調査。それらに出向いて頂戴」

「それなら1人でだって出来ます」


「まぁまぁお互い1年生だし、仲を深めるってのもいいでしょ? ねっ? 采」

「それについては賛成かな。新聞部に同じ学年の部員が出来ることすら稀だと思うし、むしろ2人は運がいいと思うよ」


「でっ、でも……」

「大丈夫よね? シロ?」

「えっ?」


 急に俺に振らないでくれよ……って、あぁ! その微笑み、不気味な微笑み! これは脅迫だ……恫喝だ……ハイかイエスかの2択だ……


「大丈夫よね?」


 はぁ……まさか入学早々こんな事になるなんて予想もしてなかった。トラウマの元凶に似ている人、弱みを握る妖艶な悪魔。想像してたのと違う……思い描いていた平穏平和な高校生活というレールから、すでに外れてしまっている気がする。


「シ~ロ~?」


 俺はこんな状況の中、無事に乗り切ることが出来るんだろうか……。


「ハイダイジョウブデス」

「はい、決まりね」


 帰ったら速攻で。松平さん聞きながらもっとメントレグッズ探そう……



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