第6話 先輩襲来

 



「はい、じゃあホームルームはこれでおしまい。気をつけて帰ってね」


 あぁ、ついにこの時間が来てしまった。

 各々が帰る準備をしている中、俺は机に顔を突っ伏していた。

 嫌だなぁ、嫌だなぁ。話すの嫌だなぁ。よし、このまま具合い悪い感じを醸し出して、すっと帰ろうそうしよう。


 我ながら良いアイディアだ。そうと決まればそうっと……


「おい、蓮! いいか?」


 うわっ、話し掛けるのはえぇよ……速いのは足だけにしてくれ。仕方ない……ここは一芝居だ。


「あっ、あぁ。栄人悪い、ちょっと具合悪くてな……今日は帰るわ」

「おっ? 大丈夫か? 確かに顔色が少し悪い様な」

「だろ? だから今日は……」


 よし、さすがは栄人。こういうことはマメに察するんだよな。


「よし、保健室へ行こう!」


 はっ?


「なんか冷や汗もかいてるみたいだし、少し横になった方がいい」


 いやいやちょっと待て、そこまで心配しなくても……


「いっ、いや栄人……さすがに保健室は」

「ん? あっ、そうか! 悪かった」


 分かってくれたか。


「男同士で行くのは嫌だよな! 気付かなくてすまん。よし、おーい琴!」


 えっ?


「どうしたの?」

「栄人、具合悪いみたいなんだ。だから保健室に連れてってやってくれ」


 馬鹿野郎! なにいらない気遣いしてんだよ! 男同士が恥ずかしいとかそんなんじゃねぇから!


「えっ、月城君大丈夫?」


 やべぇ……早瀬さんまでこっちに来るじゃねぇか! なんでこうなった! なんでこうなる!


 ガラガラガラ


「失礼。ここに月城蓮って生徒はいるかな?」


 ん? 誰だ? 俺の名前?


 おい! 入り口近くに立ってる女子! えっと……佐藤さんだっけ? こっち指差して案内してんじゃない……ってなんだよあのガタイ! 明らかになんかスポーツやってますよね?


「お邪魔するよ。ここに……って相良さがら?」

「おっ、桜井さくらいか……」


 なんか少しイケメンっぽい奴もきたぁ! いや、むしろナイスか。そのまま話をして俺の名前を忘れてくれ。


「失敬……ん? 相良に桜井? どうしてここに」

「どうしてって佐伯さえき、お前こそ……まさか!」

「もしかして!」

「なんだと!」


 おいおい今度は違うガタイいい奴が来たぞ? 教室の入り口が大渋滞じゃないか。


「月城は我がラグビー部が勧誘する」

「月城は俺達サッカー部が唾付けといたんだ」

「月城は柔道部でこそ真価を発揮する」


 えっ……? なになに? つまりどゆ事?


「どこだ月城蓮! こっちか!」


 おい佐藤さん! ビビりながらこっち指差すな!


 やべぇ! なんかガタイいいの2人に少しイケメンが迫ってくる! おい! しかもその後ろにも誰か付いてきてるぞ! おい! 助けろイケメン学級委員長!


「お前が月城蓮か?」

「いえっ、違います。月城は……」


 おいぃ! こっち見るんじゃねぇよ! バレるじゃねぇか! ってかむしろバレたじゃん! うわっ、めっちゃこっち見てる!


「お前が月城蓮か! 俺はラグビー部主将相良大河さがらたいが。我がラグビー部に……」

「俺の名前は桜井蹴斗さくらいしゅうと。サッカー部でキャプテンやってる。お前を……」

佐伯剛さえきつよし柔道主将だ。お前を見込んで……」

「科学部部長の手渡てわたりです……」


 一気に話し掛けないでくれぇ。俺は厩戸王うまやとおうじゃないんだぞ。あっ、聖徳太子の本名ね。しかも最後変なやついたぞ?


「なんだ貴様ら! 俺が1番先に!」

「違うだろ? 俺が1番さ」

「何を言ってる!」


 あぁ、めちゃくちゃうるさいよ。そもそもなんで俺の事この人達知ってる訳? てか、このままじゃ俺が変に目立っちゃうじゃんか。とりあえず……落ち着いてもらおうかな?


「あの……」

「なんだ」

「どうした?」

「決心したか?」


 実は仲良いんじゃねぇか?


「そもそも、なんで俺なんです? 有望株なら他にいっぱいいるでしょ?」


 確かに中学校の時サッカー部だったけど、対して上手くなかったし。栄人みたいに高校から声なんて掛かるレベルじゃなかったってのに、そもそもどこを見て勧誘に来たんだよ。人違いじゃないのか?


「まぁ……ある話を聞いたんだ」


 話? どういう事だ? 少しイケメン桜井さん。


「入学式に警備員1人を引きずりながら、もう1人の警備員が追い付けない速さで走り去った化け物がいるってね」

「うん、うん」


 隣の佐伯さんも頷いてるってことは、結構その話伝わってるって事か? しかも……入学式に警備員を引きずったって、もしかして俺の事……なのか? あの時の事確か覚えてないんだが、止めてくれた高倉先生曰く、なんかそんな事言ってたような……。


「はっはっは! お前達! ただの噂を信じて来たのか? 滑稽だな」

「なんだと?」

「俺はな……この目で確かに見たんだ。だからこそ、こうしてここに来て我が部に誘っているんだ! あの強靭な下半身、スピード! まさに一目惚れだった……ラグビー部の大きな戦力になれると」


 えっ……相良先輩? 顔が気持ち悪いっす。すいません。でもキモいっす。


「なに言ってんだ、相良。目を付けたのは俺の方が先だ。中学の時からな……桜ヶ丘の超特急の異名は伊達じゃなかった」


 えっ? いやいや、確かに桜ケ丘中でしたけどそんな異名で呼ばれた覚えは1度もないっす。しかも妙にダサくないですか? それにさっき言った通りそんなに上手くなかったんで多分人違いですよ、桜井先輩。


「だから我がラグビー部に」

「たんま、サッカー部に」

「いやいや、柔道部に」

「かっ、科学部に」


 えぇ~止めてくれ! みんなでお辞儀とか止めてくれ! みんなこっち見てる! ほらっ! 廊下からもなんか結構見てるし!


 くそっ、どうするべきだ。部活動なんて入る気全くないぞ? 全国レベルの部活動なんかに入ったらたまったもんじゃないだろ。土日祝、夏休み冬休み春休み、俺は平和に過ごしたいんだよっ!


 だがどうする。この状況、余りにも目立ちすぎている。かといって部活に入る気なんて毛頭ない。ならば……


「あっ、あの……」

「なんだ」

「どうした?」

「決心したか?」


 さっきと同じ反応じゃねぇか!


「俺、今ちょっと具合悪いんですよ……保健室行くんで、その話はまた今度ということで」

「ん? そうなのか?」


 よし……このまま席を立ってと……


「いやいやすいませんね、それでは……」


 栄人と佐伯先輩の間を通ってと、


「月城君大丈夫? 付いて行こうか?」


 おっ、早瀬さんか……心配してくれてんのかな。やっぱり良い子なのかもしれんな……まだ信用はしないけど。


「大丈夫大丈夫。じゃあちょっと行ってくるよ。栄人悪いな……学級委員の話は今度にしてくれ」

「あっ、あぁわかった」


 これでオーケー。あとは少しうつむき加減に具合の悪そうに……

 ゆっくりと歩きながら、教室の外を目指していく。一刻も早く立ち去りたい気持ちを抑えながら、ゆっくりとゆっくりと……そして、ついに廊下に出ることに成功する。


 よっしゃ! これで何とか今日の所は大丈夫だろう。時間が経ったら鞄取りに来るとして……とりあえず、仮病でも保健室に行くか。


 そんなこんなで、無事に教室から脱出した俺は、保健室を目指して廊下を歩き出す。けど、そんな俺の前に……立ち塞がる何者かがいた。


 ん? 足?

 ゆっくりと視線を上に向けていくと、ハイソックスに生足。それはまさに女の子、それが分かった瞬間、背中に寒気が走る。


 やばい……油断してた。通り過ぎるだけならまだしも、こんな真っ正面でご対面したら嫌でも顔見なきゃいけないじゃんか。なんとか我慢して、すいませんの一言言って通り過ぎよう。


 そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと顔を上げていく。

 胸……まぁまぁでかいな。髪は肩まで……結ってる? 口に……はっ! その人物の口を見た瞬間、これまでと比較にならない程の寒気が襲いかかる。それは、見たことのある……口。それも最近。そして最も俺が苦手としている形にそっくりだった。


 心臓が速くなる。仮病だったのに、まじで具合が悪くなってくる。自分の目の前にいる人物が誰なのか、自分の中で予想はついていた。


 大丈夫、もしあの子だとしても……彼女とは別人なんだ。大丈夫、大丈夫。挨拶ぐらい出来る。よしっ、いくぞ!


 意を決して、俺はその人物の顔を見た。そこには、まさしく日城さんが立っていて驚いたような顔をしている。


 やっぱり! 日城さんだ! 落ち着け落ち着け! 挨拶ぐらい……


 彼女とそっくりな口。


 挨拶ぐらい……

 彼女とそっくりな鼻。


 挨拶……

 彼女とそっくりな目。


 彼女そっくりな顔!


 やっぱり無理!


 その瞬間、自分の中で我慢に我慢していたものが全部弾け飛んで、俺は勢いよく後ろを振り返って見境もなく走り出していた。


 やっぱり無理! やっぱり無理! あの距離は絶対に無理!


 早く離れたい。それだけが、俺の頭を支配していた。



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