第5話 一難去ってまた一難去って

 



「男なら柔道! 力求めて誰でも来い!」

「青春のスクラム組もうぜ!」

「白球を追いかけて光り輝く甲子園の土を見たくないか?」

「ゴールも恋もぶち抜いてみないかい?」

「黄色い声援が待ってるぜ?」

「科学の力で全てを支配。良い響きだとは思わんかね?」


 なんという強烈なアピールだろう。俺は今、新入生歓迎会で各部活の紹介を見ている。まぁ、こんだけ生徒数が多いなら部活の数もヤバイと思ってたけど……数もさることながら勧誘の熱気が凄まじい。


 後ろには各部活の部員達が座ってるけど、単なる部活紹介にもかかわらず、明らかに俺達1年の2倍以上の人数。もちろん部活関係者でこの人数だから、部活に入っていない生徒数を加えればもっと居るはず。それに、一見ふざけてるように見える部活紹介でも、そのほとんどが全国常連ってのが尚更やばい。俺は正直鳳瞭学園って所を少し甘く見ていたのかもしれない。そして心に誓うのだった、絶対に部活動には入らないと。




 そんなこんなで教室に戻ってきたわけだが、戻ってくるといきなり憂鬱な気分が襲い掛かる。その原因は一目瞭然。平和に過ごしたい俺に突きつけられた副会長というレッテル。それが重くのしかかる。


 うわぁ、嫌だな。目立ちたくないのに、しかも女子の副会長が日城さんとか……うわ、思い出しただけでも少し寒気する。

 俺は慌てて席に座ると、イヤホンを耳につける。そしてスマホをいじっていくと、画面に浮かぶのはあるフォルダ。それはとても大事なもので、その中身には俺の生きる為の糧が保存されている。


 フォルダの中からある題名をタップすると、おれは頬杖をつきながら静かに目を閉じ、そして静かに耳に集中する。そう、これが……おれの精神的な支え。


 ≪できるできる! お前なら絶対できる! 絶対できる! 絶対できる! お前なら必ずできる! できるできる……≫


 熱血アスリートの熱き言霊。それがおれの耳に、脳に、体全体を巡りに巡って、体全体に染み込んで来る。

 あぁ、やっぱりこのお方の声は偉大だ……数あるメンタルトレーニンググッズにおいてこれ程素晴らしいものはなかなか見つからない。


 松平勝三さんのポジティブボイスは最高だな。買っといてよかったCD。何と言ってもこの熱い思いが、人をその気に……


 トントン


 その時だった。誰かが腕を叩く。

 ん? 誰だ? まぁ、俺に用事があるっていえば、思い当たるのは1人しかいないか。あのイケメン……ん? この匂いは、後ろに早瀬さんか。


 名残惜しく松平タイムを終えた俺はゆっくりと目を開けて横を見ると、そこにはやはり笑顔のイケメン。そしてその後ろには、またもやはり早瀬さんが立ってた。それを確認すると、俺は両耳のイヤホンを外した。


 やっぱり早瀬さんか。昨日と同じシャンプーの匂いしてたからなぁ。あっ、決して変態じゃないぞ? 本当だよ? これは女性恐怖症を発症した時に覚醒した嗅覚の賜物。あの時は近付く事すら嫌だったし、近付かれる事さえ嫌だった。見たくもない、けど見ないと女の子が近付いてきたなんて分かりやしない……そんな時、ふと鼻の中に入り込んできたのが匂いだったんだ。もっぱらはその子のシャンプーとかの匂いだけど、そんな嗅覚が覚醒したおかげで、俺は匂いで近くに居るのか、近付いて来るのかが大体は分かる様になった。まぁシャンプーとか変えられた終わりだけど、まぁそれでも使えないよりは遥かにマシなのは間違いない。


「よう、蓮! ちょっといいか?」

「あっ、月城君音楽聴いてたの? どんな曲かな?」


 一辺に質問するんじゃないよ。俺は聖徳太子じゃねぇよ……あっ、そういえば今名前変わったんだっけ?

 まぁいいや。とりあえず……イケメンは放って置いて、とりあえず早瀬さんの質問に答えるとしよう。まさか松平ポジティブボイス特集なんて答えたら、引かれるに決まってるし……ここは無難に、


「あぁ、栄人に早瀬さん。これ? 普通のクラシックだよ」


 とりあえず、クラシックって言っとけば大丈夫だろ。


「えぇ! 月城君クラシック好きなの? わたしも好きなんだ! 誰の曲が好き?」


 やべぇ。話が膨らみやがった……クラシックの曲名なんて全然分かんねぇよ! どうする……うまく帳尻合わせろ。


「べっ、別に誰が好きとかはないかな? それにクラシックの曲名とか詳しくないし……とりあえず聞いて気に入った曲だけ集めてるだけだからさ」

「あっ、そういう事かぁ。作曲した人に縛られずに曲の良さで選んでるんだね」

「そうなんだよ。こいつ中学3年の辺りから急にクラシックとか聞き始めてさぁ、その上勉強大好き人間になっちゃって」

「えっ? そうなの?」


 てめぇ、このクソイケメン。勝手に人の過去を話すんじゃないよ! 過去を詮索されるのが1番嫌なんだよ!


「まっ、まぁ。んで? 栄人、話は?」

「あっ、そうだった」


 ふぅ。なんとか違う方向に持って行けたか。


「蓮、お前今日の授業終わってから時間あるか?」

「放課後?」

「そうそう。まぁ俺の勝手な考えなんだけど、俺達学級委員を任されたわけじゃん?」


 お前に押しつけられたんだよ!


「だから、クラスをまとめるにしても俺達自身がお互いの事よく知らないわけじゃん? だから、俺と琴、蓮に日城さん、4人で少し話したいなって思って」

「わたしも2人の事知りたいって思ったし……月城君どうかな?」


 4人で話? まじかよ。日城さんと話すって事じゃねぇか。クラスの前でならまだ良いけど、4人という少数の中で話すのはできたら避けたいんだが……


「話す……か。俺は良いとして、日城さんはどうなんだ? 色々あるんじゃないか?」


 実際忙しいかどうかはわからんけど、接点のない奴らから誘われたら少し警戒でもするんじゃない? それに、あっちだって俺と話すのは気まずいだろうし……


「あっ、日城さん? 大丈夫だって」


 あっ、はい。そうなんだ……大丈夫なんだ……いやいやマジかよ。4人って事はそれなりに距離も近いよな? 話しもするよな? 話し掛けられるよな? 見られるよな? 別人だって分かってても、症状を抑えれるかどうかなんて自信ないぞ。


「ねっ? どうかな、月城君」

「いいだろ?」


 くっ、お前ら。揃いも揃って笑いながらこっち見やがって。くそ、上手く断りたいが……こうなったら、途中で用事が出来たって言って抜け出すしかない!


「そっか、わかった」

「本当か? よっしゃ、じゃあ放課後教室にいてくれよ」

「月城君ありがとうね。じゃあ放課後にね」


 そう言うと、ニヤニヤした2人はイチャイチャしながら自分の席へと戻って行く。

 それにしても、4人で話すってあいつの顔見ながらちゃんと話せるかな? 遠くから見ただけで症状が出てるってのに……いやいややっぱり無理。途中で逃げよう。


 イヤホンを付け直して、スマホの画面をタップする。


「できるできる! お前なら絶対でき……」


 はぁ。一難去ったと思ったらまた一難かよ……松平さん~助けてくれぇ。



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