第4話 一難去って

 



 サーっとカーテンを開けると、差し込む朝日がまぶしい。おはよう皆さん、ここは俺の部屋マイルーム。3年間お世話になる大事なオアシスだ。


 鳳瞭学園の男子生徒の内、約7割はここ、【鳳男寮ほうだんりょう】に入寮しているらしい。まぁ、学費の中に寮費も含まれてたら、誰だって学園に近い所から通学したいだろうな。それに、外見は寮っていうよりちょっとしたタワーマンションみたいで、古風な名前とのギャップが激しい。


 それにしたって、学生1人に1部屋とは凄すぎだろ。しかも8畳くらいで十分な広さ、それにトイレとシャワーも付いてるし、まさに完璧。

 おまけに1階には食堂に24時間営業のコンビニもあるし、こりゃここの学生のモチベーションも上がるはずだ。


 まぁ、そんなことはさておき、早速朝飯を食いに行こう。えぇっと鍵は……たしかオートロックって言ってたな。そんで解除には学生証が必要っと。

 俺はテーブルの上に置いてあった学生証を手に取ると、そのままポケットの中に入れる。


 これで大丈夫か。それじゃぁ行ってきますか……。




 うぅ。食った食った。朝からガッツリ食っちゃった。仕方ないよな、朝からバイキング形式でそのどれもが美味そうだったし……でもこりゃセーブしないとすぐ太っちまうよ。明日からは気をつけようっと。


 おれはそのまま、洗面台まで向かうと身支度を済ませる。

 洗顔に歯磨き、髪の毛のセット。それらを順調に終わらせ部屋に戻ると、壁に掛けられた制服を手に取った。やっぱりネクタイにはまだ慣れないな。


 よっし、着替えも終わったし。そろそろ行くか。机の上に置かれた鞄を掴むと、おれは自分の部屋を後にした。




 ガラガラ


「おはよう!」


 おい、栄人まだ高校生活2日目だぞ? 教室に入るなりそんな大きな挨拶は……


「あっ、おはよう」

「おはよう」

「おはよう、片桐君」


 はぁ? 嘘だろなんか皆挨拶してんだけど? しかも心なしか嬉しそうだし……妙に教室がざわついてるぞ? なんかクラスの皆がこっち見てるし……はっ! まさかこのイケメン、昨日のうちに皆(女子)に挨拶もとい、手を掛けていたのか? 


 寮のエントランスで待ち合わせて、一緒に来たまではいいけど……なんだよコイツなんか腹立つな。イケメンだから許される積極的コミュ力。その効果たるや、こいつの影に居たら陽の目は浴びないだろうと思っていたが……今はまだしも、もしかしたら近くに居るだけで火傷するかもしれん!


「おはよう。栄人君」 

「おう、おはよう」


 そんな俺達……いやイケメンに近づき、話しかけてくる女の子。その顔には見覚えがある。たしか早瀬琴、中学のときから栄人と知り合いらしいが……そのアドバンテージをうまく利用してやがる。なかなかやるな。


「月城君もおはよう」


 おっ、俺にも挨拶してくれたぞ! しかも笑ってる! この子やっぱり見た目通り…………はっ!

 その刹那背中を走る寒気。幾度となく感じてきたそれが、俺を現実に連れ戻す。


 あぶねぇ! 危うく社交辞令をまともに受け取るとこだった! あれほど気をつけろと言ったじゃないか……女の子のああいう優しい態度は、男にとっちゃドキッとするものがあるけど、女の子にしてみたら普通の挨拶! それを勝手に解釈するもんじゃない、あとでめちゃくちゃ後悔するに決まってるんだ! こっちも普通に……普通に……。


「あっ、あぁ。おはよう」


 良し、これでいい。

 案の定、早瀬さんは俺への挨拶を終えると、すぐにイケメンと話し始める。ずいぶんと仲が良いなぁ。ありゃ完全にイケメンに気があるよ。目がキラキラしてるもん。


 そんな光り輝くイチャイチャぶりを横目に自分の席に座り込むと、頬杖しながら窓の外を眺める。そこに広がる晴れた青空が俺の心を癒してくれる。

 あぁ、やっぱ窓際最高!


 が、そんな平和な時間は長くは続かなかった。背中に走る寒気、速くなる鼓動、息苦しさ、それらが俺に知らせてくれたんだ……あいつの登場を。


「おはよう~」


 来た! 顔は見ていない。けど、その声……忘れたくても忘れられないその声だけで、入ってきたのがあいつだと分かる。日城恋……間違いない。


 大丈夫だ……あいつだって1度ぶつかった奴の事なんて覚えてないだろう。それに知り合って間もない人物に対しては、あれ? あの人なんか見たことある? けど、人違いだったら嫌だし……どうしよう? って結構悩むもんだ。たぶん。

 だから、俺に話し掛けて来るなんて……あれ? なんか寒気が強く……、あれ? めちゃくちゃ心臓がドクドク言ってる! まっ、まさかな? まさかだよな? 


 全身に感じる警告の数々。この時ばかりは自分の体を信用したくなかった。ゆっくりと、ゆっくりと目線を横に向けていく……そして、その先に居たのは……こちらを見ている、日城恋だった。


 やっぱりこっち見てる! しかもなんか近づいてきてる!! 

 その姿を確認した瞬間だった、日城恋と最悪なことに目が合ってしまった。それにあいつも気付いたんだろう、動きが止まりハッとした表情浮かべた……と思ったら、一瞬で機嫌が悪そうなそんな顔に変わって……侵攻はなおも止まらない。即座に目線を戻したけど、そんなことはもう何の役にも立たない事は自分が一番よく分かっている。


 やっ、やべぇ。やべぇ。あの顔、絶対昨日のパンツの事じゃん! 絶対そうじゃんか! 脅迫される! 暴露される! 貶される! 


「はぁーい。おはよう皆。ホームルーム始めます」


 その瞬間聞こえる声。それはまさしく絶望の淵から俺を救いだす神の声。日城恋の視線が恐ろしくて未だにそっちの方は見れないけど、まさしくそれは高倉神の御声だった。


「はーい。じゃあ皆さん改めておはよう。学校の雰囲気はどうかな? まぁ驚くこともあるだろうし、そこは皆仲良く慣れていってね」


 あぁ、ありがとう高倉先生……いや高倉神。俺は一生あんたに付いてくよ。


「それと、昨日うっかりしてたんだけど、学級委員決めないとね。えぇっと……委員長に副委員長2人、あと書記だね。じゃあ誰かやりたい人ー」


 学級委員……そんな目立つ事好き好んでやる人なんてごく一部じゃないか? 大体は誰かの推薦で嫌々やるのが普通っていうよりテンプレ……


「あっ、はい! だれも立候補いないなら、俺委員長やります」


 一部……例外あり。

 ざわつく教室で、1人の男にみんなの視線が注目する。忘れていた、片桐栄人……こいつはこういう類を積極的に請け負う爽やかイケメンだって事を。


「おぉ、ありがとう片桐君。皆どうかな? 異論がなければ片桐君にお願いしようと思うけど」


「いいと思います」

「異議なし」

「賛成ー」


 次々に巻き起こる賛同の声。爽やかイケメンはどこでも強えぇわ。


「はいじゃあ、学級委員長は片桐君に決定という事で……じゃぁ次は副委員長と書記かな? 誰か居るかな?」


 無言になる教室。当たり前だろ、皆が皆栄人みたいに特殊じゃない。やはりここから他人を陥れる血生臭い戦いが……


「あっ、琴! お前やればいいじゃん!」


 またお前か……爽やかイケメン。


「えっ、えぇ? 私? 無理だよぉ」


 立ち上がったイケメンの突然の指名に驚く早瀬さん。まぁいきなり名指しで呼ばれて注目されたらテンパるわな……。


「いいじゃん。お前頭良いし!」

「それは関係ないでしょぉ! それに良くないし」


「だってなぁ。みんなお互いに謙遜し合ってて、なかなか決まりそうにないじゃん?」

「それは……」


 謙遜? 何だお前にはそう見えてるのか? 俺には誰かが手を上げる=誰かが推薦するのを知らない振りして待ってるだけにしか見えないぞ? ほれ見ろ、早瀬さんを指名したから心なしか皆が少し安心してるぞ。


「んー。わかりました。じゃぁ私書記やります」

「おぉ。サンキュ」

「はい。ありがとう。じゃあ皆早瀬さんが書記で問題ないかな?」

「ないでーす」

「異議なし」


 こうして、栄人に押し切られる形で早瀬さんが書記を務める事になり、残るは副委員長のみ。あぁ、誰かやってくれぇ。外部組が2人だから中等部組がやればバランスが良いんだが……


「じゃあ、あとは副委員長。まぁ委員長のサポート役だから、そんな難しくもないし誰かいる?」


 そして再び訪れる沈黙。次第に皆キョロキョロ辺りを見渡して、


「お前やれよ」

「嫌だよ」

「やってみたら?」

「えぇ、でも恥ずかしいよ」


 そんな会話がチラホラ聞こえてくる。

 イケメンのサポートだぞー。距離を縮めるチャンスだぞー。


 そんな時だった、


「じゃあ、私やります」


 聞こえてきた声、感じる寒気。この声は……まさか? 手を上げたその人物の方へ目線を向けると、まさかの……まさかの日城恋だった。


 おぉ、なんか意外だなぁ……って言っても、あんましあいつの事わからんけど。あのファーストコンタクトの口調のイメージで、男勝りツンツン系で面倒な事はやらなそうって感じがしたけどね。


「恋ちゃん、さすが」

「中学でもやってたもんね」

「だって、誰かやんないと永遠に決まらなそうだったし……」


 ほう、中学校でもやってたか。別人の癖に……そこまで似てるのか、彼女に。


「はい。じゃあ副委員長は日城さんに決定ですね。じゃぁ残るは男の副委員長だけど……」


 中等部組ー出番だぞ。早く手上げるか、推薦しろぉ。


「あっ、蓮! お前やればいいじゃん」


 その声に、また教室が静まり返る。


 はっ? 俺? ゆっくりと顔を声のした方へ向けると、そこには親指を立てて満面の笑顔で俺の方を見ている爽やかイケメン。


 フ・ザ・ケ・ン・ナ!


 てめぇ! ふざけんな! 俺を……俺を巻き込むんじゃねぇよ! なに、俺やってやりましたみたいな顔してんだよ! 俺は目立たず平和に高校生活を送りたいんだよ。なぜ日の目に当てようとする! しかも、早瀬さんは良いとしよう。けど、あいつが副委員長だぞ? 接触を避け、症状が出ないようにしなくちゃいけないのに、なぜよりにもよってこんな時に俺を……俺を……


「ほぉ、そうだね。どうかな月城君。片桐君からの熱い推薦の様だけど」


 熱い推薦? そのままあいつに投げ返して顔面火傷させてぇ。

 そんな俺の憎悪なんて関係なく、クラス全員の視線が一気に集中する。あぁ、なんか皆笑ってる。まさか辞退すんなよ? そんな心の声が聞こえてくる……。ここで断ったら、確実にクラスに居づらくなるぅ。


「あぁ、はい。分かりました。やります」


 そう自ら告げた俺は、力が抜けたように椅子に座り込む。俺は負けた。爽やかイケメンに、クラスの雰囲気に……無念。

 はぁ、一難去ってまた一難……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る