第3話 っておーい!!

 春から夏にかけて日本に飛来して、餌となる虫を捕まえて雛を育てて、寒くなったら南方へと飛び去っていく、あのツバメ?

 困惑する俺を不思議そうに見つめる彼女。

「もう、つばめのことは皆も知ってるから今さら解説しないよ」コホンと咳払いして、こっちの事情もお構いなしに話しを続ける。

 どうやら彼女は、俺たちが雑木林や河川が織りなす豊かな武蔵野の自然を破壊して、マンションで埋め尽くすことを苦々しく思っており、堪らずこうして人間の姿となり文句を言いにきたらしい。


「あんた達が勝手にぽこぽこマンションばっかり建てるから、餌となる虫だっていなくなるし、巣だって作るの大変なんだから。フンが汚いって理由で翌年には巣も撤去されちゃうし。だいたい、人間の赤ちゃんもうんち漏らすでしょ。それと同じよ」

 彼女の怒りは収まらない。同時に、俺たちの理解も追いつかない。

「えっと……君はつばめなんだよね? 鳥の?」

「だ・か・ら、鳥のつばめだって言ってるでしょ」

「地権者のお孫さんじゃ……」

「違うって。大体、地権者って何よ。何で勝手に自分達の土地って決めてるのよ。わたしたちの土地でもあるじゃない」

「は、はい」

「下らないマンションポエム考える暇があるなら、わたしたちのことも考えてよっ」

 彼女の一喝に大の大人達がしゅんとなり、遠くない記憶が呼び起こされる――



「背に腹はかえられないけど、自然が無くなっていくのは寂しいね」


 記憶の中でそう言ったのは、最後まで土地を手放そうとしなかった俺の祖母だ。

 幼き頃の俺はいつも一人だった。小学生の頃に両親が離婚して、母に引き取られた俺は住処を転々とした。最後に辿り着いたのが母方の祖母が暮らす秋川流域であった。親の愛情を受けずに育ち、塞ぎ込んでいた俺を優しく包み込んだのが、美しい野山、深い渓谷、輝く河川であり、武蔵野の原風景が色濃く残るこの地であった。


 何も気にせず、雄大な自然と共にゆったりと生きなさい。


 皺だらけの手が頬を優しく撫でる。祖母の期待に応えようと勉学に励み、有名国立大学に進み、一流の不動産会社に勤めることになった。もっと立派になった姿を見せたいとばかりに必死に働き、誰よりも早く出世しプロジェクトリーダーに抜擢されるようになった。だが、そんな俺に課せられた使命は、秋川流域のマンションプロジェクトという皮肉であった。

 地権者の説得に駆けずり回り、最後は祖母の土地、つまりは俺の心の原風景の土地の説得になった。最初は難色を示したが、足腰の弱った祖母をバリアフリー付のマンションに住ませてあげたい想いが伝わったのか、土地を手放すことを了承してくれた。判を押す前に祖母は言った。


「あんたは本当にいいのかい?」


 この土地に愛着を持つ者は、最後は必ず似たような台詞をつぶやいた。まるで、風が囁くように、遠い山林を揺らし、心に巣くう弱い自分が姿を見せる。

 ツバメだけじゃない、武蔵野の自然は植物も虫も人だって、そこに生きる全ての命に深い愛情をもって接してくれているのだ。


 自分の生活のためとはいえ、俺はこの手で――



「な、泣いてるの?」


 彼女の一言で我に返る。


「べ、別に。ただ、ツバメが巣を作り易い専用の場所も設けた方がいいなって思っただけだよ」

「まあ、昔には戻れないし結局それしかないよね。もう建設中だし」

 彼女はにっと笑った。


 堂々。最上級。至高。

 そんなポエムはただの宣伝エゴだ。


 全ての命に慈しみをもつ『共生エコロジー』こそが大事なんだ。


 全てが何も変わらないわけじゃない。


 でも。


 心の中には今もあの日の光景が残ってる。

 目を閉じると幼き頃の自分に笑い掛けられた気がした。


 なあ、今の俺はあの頃に比べてどうよ。

 ちょっとは前を向いた大人になれたのかよ。


 未来を見据えて、幕引きになろうとした時――


 バンとドアは開かれ、どやどやと女子たちがなだれ込んできた。


 呆気にとられる俺たちに女子たちは一斉に口を開く。









「私たちはツバメに食べられてる虫です! ノーモア、ツバメっ!」


 まだまだ会議は終わらない。


 了

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ポエムなんていらない 小林勤務 @kobayashikinmu

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