第2話 いいから、話を訊いてよっ!

 バン! という乱暴な音とともに会議室に一人の女の子が飛び込んできた。


「……あなたは誰ですか?」


 思わず尋ねてしまった。見た感じ女子社員でもないし随分若い子だ。つまり場違いな存在だ。

 その子は「ん? わたし?」と自分自身を指差して俺たちを睨みつける。残念ながら可愛らしい容姿のためか迫力に欠ける。


「つばめですけど」


 その子はだから何と云わんばかりに口を尖らせる。

 ぽかんとする俺たちを前に、彼女は小さな胸に留められたネームプレートをこれ見よがしに見せつける。確かに、来館者名に「つばめ」と平仮名で書かれている。きちんと受付を済ませたようだ。勝手に会議室に入ってきたり、きちんと規則を守ったり、礼儀正しいのか悪いのかよくわからない。

 つばめと名乗るその子は舐めるように俺たちを見下ろしたあと、つかつかと上座に座る部長の前で仁王立ちする。


「どいて」


 困惑する部長。


「どいて」ゴゴゴと背中から聞こえてきそうな剣幕に、「は、はい」と席を譲る。


 その子は部長を強引にどかすと、バンと両手をテーブルにつき開口一番こう言った。

「あんた達で勝手に盛り上がって、マンションポエムなんてつけないでよっ!」


 マンションポエム。それは、マンションのキャッチコピーを揶揄して名付けられたスラングだ。まるでポエムと馬鹿にされてもおかしくない、自分(会社)に酔っただけの長文かつやり過ぎな美辞麗句が並ぶ謳い文句も多い。

 だからこそ、『グランリージョナル秋川』は様々なお客様のイマジネーションを喚起するシンプルなキャッチを付けようと、皆一様に頭を悩ませたのだ。

 俺はすっと立ち上がり、その子の前に歩み寄る。随分小さい。身長150cmも無いんじゃないか。悔しいのだが、その可愛らしさに独身の俺の胸がきゅんとなる。

「これのどこかポエムだよ!」

 俺はホワイトボードに並べられた『堂々完成』『最上級の邸宅』『至高の頂き』を順に指す。多少地味ではあるが、深みのある……。

「地味でしょ」

 塗り消すように言い返された。

「どこでもあるじゃん、そんなキャッチ」

 さらなる一言。

「わたしなら買わないね」

 とどめの一言が狭い会議室に突き刺さり、お通夜のように静まり返る。

 加勢を求めようと部長と課長、同期を見るが、彼らは死んだ魚のような目をしていた。心なしか課長の頭も輝きを失っている。


「だいたいさ、あんた達がどんどんマンションやらショッピングモールやら建設するから、わたしたちは困ってるわけよ」


 わたしたち? 憤る彼女を前に、俺はこれまでの経緯を振り返る。このプロジェクトは広大な敷地面積が必要となり、その土地の確保に奔走した。土地というものはただの資産ではない。歴史そのものであり、歴史とは人の想いそのものである。そのため、お金には代えられない愛着を抱く地権者も多く、その了承を得るためには長い説得と交渉を必要とした。


――あんたは本当にいいのかい。


 あの時、あの顔、あの声が一瞬、脳裏をかすめる。

 もしかして、この子は……。


「ちょっと訊いていいかな?」

「何よ、文句あるの」

「いやいや、そんなに喧嘩腰にならないでよ」

 興奮気味の彼女をどうどうと宥めて、俺は静かに切り出した。

「君は……、あの時の地権者のお孫さんなのかな?」

 この一言に、一瞬彼女の表情が険しくなった。




 と。


 勘違いした。


「ちがうちがう」

「じゃあ君は……」

「つばめよ」

「つばめ……?」

「そうよ。さっきから言ってるじゃない、わたしはただのつばめだって」

 鳥のね。

 彼女はあっけらかんとした顔でそう言った。

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