ポエムなんていらない

小林勤務

第1話 ちょっと待てーいっ!

 堂々完成。


 最上級の邸宅。


 至高の頂き。


「――さて、皆の意見も出揃ったことだし、この中からキャチコピーを選びたいと思うが、いいか?」


 狭い会議室に集められた俺たちを睥睨するように部長は念を押す。はい、というシンプルな返しの中にも、疲労が滲んだ声が混じる。

 時刻は夜の11時だ。人件費抑制のため残業は原則禁止され、オフィスには俺たち以外誰もいない。ここまで業務が押したのは理由がある。


「やっと、『グランリージョナル秋川』が売りに出せるな」

 隣でぼそりと呟くのは、このプロジェクトのリーダーを務める企画課長だ。禿げた頭に浮かぶ油汗が光り輝く。かくいう俺も29歳の若手ながら実務上のリーダーに抜擢され、それこそ寝る間も惜しんでこのプロジェクトに心血を注いだ。


 プロジェクト名は『PJ秋川』。多摩川最大の秋川支流に広がる、豊かな山林と広陵地帯を切り拓き、約1,000邸を超える一大マンション群を建設する計画だ。事業規模1,000億円以上。マンションだけでなく、複合型ショッピングモールを誘致することも既に決まっている。マンションの住人は孫の代までこの地で一生を終えることができる。武蔵野に残された最後の開拓地フロンティアなのだ。

 なのだが……。

「都心から1時間半も離れてるし、最寄り駅までバスだもんな……」

 小声で皮肉めいた苦笑を漏らすのは、苦楽を共にした同期だ。彼の言い分はもっともである。内心俺もこれこそが『グランリージョナル秋川』の最大の弱点であると理解している。


 マンションというのは、一にも二にも立地が最重要。立地は何かと問われれば、それは駅近を指す。それも徒歩7分以内。これが大原則であり、駅までバスになるとその資産価値はぐっと下がる。

 このマンション群はグレードの高い建材を使用し、最新設備をふんだんに詰め込んだ贅沢な建築だ。だからこそ、立地の弱点をカバーするような魅惑的な謳い文句が最重要であり、こうして朝から深夜にかけて熱い議論を重ねていたのだ。

 様々なアイデアが出尽くしたあと、取捨選択をして残されたのが『堂々』『最上級』『至高』を盛り込んだキャッチコピーだ。


「公平を期すために、最後は我々10名の多数決によって決める。いいな」


 遂に決まる。俺たちの未来を賭けたキャッチが――







「そのマンションポエム、ちょっと待てーいっ!」

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