第390話 飛鳥の過去5(隣人)

◆五年前

飛鳥 視点


びゅうっ


今日はやたらに朝から強い風が吹く。

まだ1月だけど、もしかしたら春一番かも知れない。


近年は異常気象が顕在化。

日本の季節の変わり目はめちゃくちゃになった。

年々暑くなる夏と暖冬化が進む冬。

その二つの季節に挟まれた春と秋は季節感を感じられぬくらい短くなってしまい、植物の周期は乱れて人々は春と秋を忘れた。

大型台風は毎年二桁にのぼり洪水や高潮、崖崩れや河川の氾濫が相次いだ。


でも災害が増加したけど私の回りはいつもと変わらない。

この関東エリアにおいて河川対策は万全で、高潮や暴風には昔から様々な補修が施されてきたからだ。


相変わらずヨーロッパや中東では戦争が続いていて暗いニュースが多いけど、少なくとも私の近所ではいつもの平和な日常が流れている。




『飛鳥、了君が迎えに来ているよ。早く降りてきな!』


「ちょっと待って!制服を着るのに手こずってるから!」


今日から私達は中学生。

慣れないセーラー服に手を通しながら、階段下から叫ぶ母親にボリュームを上げて返答を返す。


隣の高木家とは家族ぐるみの付き合いとなっていて、了とは幼なじみと云える関係になっている。

旅行だ何だと企画すれば何処へ行くにもセットになる友奈家と高木家。

今では親戚のような付き合いになった。





「了、お待たせ」

「お待たせって、10分どころじゃないんだけど」


玄関で座り込んでいたのは乱れ髪の詰襟学生服男子。

ブスッと頬を膨らませて、待ちくたびれ感を醸し出してる。


「いいじゃない。女子の身支度としては早い方よ」


「女子……」

「は?何、その意味有りげな物言い?」


「飛鳥、女の子だったんっ」バシッ「オウチ?!」

「また失礼な事考えてたよね」


「酷い……」

「女の子に対するデリカシーがないからよ」



了が変な事を口走る前にその頭を叩いてやった。

同じ中学に通う事になった私達。

了が迎えに来るのは何時もの日課になっていて、私も当たり前の様に対応してる。




「二人ともまだ玄関にいるの?」

「お姉ちゃん達、遅刻するよ」


言い合ってるとお勝手の方から母と舞の声。

玄関の時計はかなり際どい時間になっていた?!

「ヤベ?!こんな時間だ!」

「行ってきまーす」



慌てて出た私達。

だけど通学路に出た途端、強い風の洗礼を受ける。


ゴウッ

「きゃ?!」

「うへぇ、凄い風だ。これが春一番?」


「これじゃ、自転車は乗れない……」

「川沿いの通学路じゃなく街中の近道を使えば大丈夫だよ」


「街中の近道って私、分からないよ?」

「任せろ。僕の後に付いてきて!」


「ちょっ!?」


シャーッ

云うやいなや、直ぐに通学路を外れる了。

いや、そっちじゃ遠回りでしょ?!

声を掛ける間もなく先行する了。

私は見失わないように必死に追いかけるのがやっとだ。


「もっとゆっくり!付いていけないよ!」

「しょうがないなあ。飛鳥は体力が無さ過ぎじゃん」


「こう見えてもバレー部のホープだよ。顧問の先生に言われたもん」

「一年生、全員に言ってない?」


「私だけだよ、多分」

「自意識過剰」


ムカッ

「そういう了は何で卓球部なのよ」

「卓球部いいじゃん」


「そーじゃなくて、せっかくスポーツ万能なんだから野球とかサッカーじゃないの?」

「僕に団体競技は向いてない」


「何で?」

「直感で動けた方が好きだから」


「勇者だから?」

「もう中二病になる。忘れてくれ」


なんか寂しそうに言う彼。

最近は了も大人になったのか、勇者って言葉を使わなくなった。

まあ、前世の記憶があるって言っても証明出来ないし、一時、回りが了の事をゲームやライトノベル世界に浸ってる中二病で痛い子のイメージが定着した時期があったから、すっかり勇者の言葉を出さなくなった。

あの頃の彼は本気だったと思うから、皆の反応に落胆したのだと思う。


「私は了の話、今も信じてるよ」

「……子供の戯言だった。忘れてくれ」


「忘れない。だってそれで、私達は了に助けられたんだもん」

「……間に合わない、スピード上げるよ」

シャーッ


「え?えっ、ちょっ?!待っ!」


細い商店街の裏道を抜け大通りを渡って病院の駐車場を抜ける。

そして公園を横切って、また商店街の裏道。

これが近道?!


「はあはあ、こんなの覚えてらんない!?」

「ほら、その先を曲がったら直ぐだよ」


「え?!」


手慣れた玄人くろうとのように路地を右に左に曲がる了。

突然に開けた視界に入ったのは私達が通う中学校の裏門だった。

凄い時間短縮!?


「え、えっ、15分で来た?!」

「ほら、間に合った」


ああ、息が切れる。

疲れたけど遅刻は免れたみたい。


「はあはあ、つ、疲れた」

「はは、飛鳥はやっぱり体力が無い」


「何ですって!」

「うわっ、逃げろ!」


私が手を上げると慌てて駐輪場に向かう了。

前は私と対等だった感じなんだけど、最近は了が弟ポジションに甘んじてる。

まだお互いに子供だって事なのかな。


まったく私を何だと思ってるんだろう。




キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン

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