第387話 飛鳥の過去2

◆10年前▪江戸川区

飛鳥 視点


ゴンッ

「いってー!?」



「?」


お婆さんにすがって大泣きして、ようやく回りに意識が向いた。

すると、背中越しに聞いた事のある男の子の声が聴こえる。

反射的に振り返りその姿を捜すと、私達を取り囲む大人達の外れに、あの犬と私達の間に仁王立ちしてくれた男の子の後ろ姿。

何やら中学生くらいのお兄さんと一緒で頭を抱えていた。


「何で叩くんだよ、兄ちゃん!?」

「お前が危ない事をするからだ」


「危なくないよ。危なかったのはあの子達なんだって!」

「それでもだ。こういう事は回りの大人を頼れ。自分がいかに無謀だったかしっかり自覚して反省しろ」


「回りに大人が居なかったし女の子達を助けるのは勇者の役目だぞ!」

「何が勇者だ」

ガンッ

「痛っ、また!?」



良かった。

あの子も無事なんだと私の心が安堵する。

癖っ毛の髪にショートパンツ。

Tシャツで尻餅つく前から泥だらけだった、多分同い年の子。

いっしょにいるのは中学生のお兄さん?

何か隅っこで然られていて、私の視線に気づく余裕がないみたい。

でも私達が助かったのは間違いなくあの子のお陰。

早く声を掛けてお礼を言わないと。



「本当に良かったよ。お婆は寿命が縮んじゃった。今さっき、お父さんとお母さんに知らせたからもうすぐ迎えに来るよ。ここでこのまま待っていよう」

「うん、おばあちゃん」

「お婆さん、あの、助けてくれた子がいたの。お礼を言いたい」


「助けてくれた子?」

「うん。私と同い年くらいの男の子。あのデカイ犬を枝でやっつけてくれたの。だからお礼を言いたい」


「あらまあ、そりゃあ凄い子だね。さっきの犬は他の場所で何人もの大人を大怪我させてるって聞いてたんだよ。なら、あたしもお礼をしないとね。それで、その子は何処にいるんだい?」

「あ、あの隅っこのところ……居ない?」


公園の隅っこで言い合っていた二人。

もう一度見たら姿が見えない。

辺りを見回したけど、居なくなってる?



「ええと、どの子だい?保護者の方もいたのかい?」

「おねえちゃん?」

「居なくなっちゃった。公園から出て行ったみたい。私、捜してくる!」


「飛鳥!」

ガシッ「!」

私が駆け出そうとすると、誰かにギュッと抱きつかれていた。

見上げたらそれは涙を浮かべたお母さんだった。


「飛鳥!!」ギュッ

「お母さん!?」


「飛鳥!舞!お婆さん!!」

「お父さん!」

「おとうさん、おかあさん、うわあああん」

「小百合、正之さん。二人とも無事だよ。すまないねぇ」


あの子を捜そうとしたら、お母さん、お父さんが合流して身動きが取れなくなった。


結局私は彼にお礼を言えぬままその日を終え、その後の警察とのやり取りでも彼の行方は分からないままとなってしまった。





そして友奈家が無事東京都江戸川区に引っ越しを終えた翌日、私は今日から江戸川区内の小学校に通う事になる。



キュッキュキュッキュッ

カタンッ

「えー、それでは転校生を紹介いたします。本日から皆さんのお友達になる友奈飛鳥さんです。皆さん仲良くしてあげて下さいね」


担任の先生が黒板に名前を書いて私を皆に紹介した。

初めての顔合わせ。

なんだが恥ずかしいけど、ちゃんと挨拶は済ませたい。



「友奈 飛鳥です。昨日岩手から引っ越してきました。宜しくお願い致します」


パチパチパチパチッ


これが私の転校初日。

友奈 飛鳥は江戸川区立時原小学校の二年生に転入した。



かやがやがや


「飛鳥ちゃん、こないだ公園に居たんだって?」

「そうそう、狂犬病の犬が現れて大変だったって」

「ええーっ、まさか飛鳥ちゃん、あの時襲われた小学生って飛鳥ちゃんの事!?」


別に私は人見知りじゃない。

だけど、まともに友達が出きるまで三日かかった。

ようやく出来た友達には何故か先日の事件を知っていて、意外と世の中の狭さを感じつつ次いでにあの子の事を聞いてみた。




「え?ゆうしゃを名乗る男の子??」

「勇者ってゲームの話しだよね?」

「あ、うちのねぇちゃんが言ってた。それ、ちゅうにびょうっていうんだって」

「チュウニビョウ?って何?」

「知らない」

「変なの」

「「「変なの!」」」


結局彼の情報は掴めず少なくとも他校の小学生であろうと勝手に判断して、もう彼を捜すのを止めた。

でも、それから数日後の学校の昼休み。



「縄跳び練習?」

「ん、上手く飛べないから練習しよ」


「分かった。いっしょにやろう」


友人に縄跳び練習に誘われ屋上に行くと、私達と同じ二年生くらいの男の子達が上級生と何やら言い争いしている。




「何あれ」

「言い争いしているみたい。上級生となんて怖くないのかな。どっちにしろ、私達には関係ないでしょ」


「そうだけど……先生、呼んできた方がよくない?」

「すぐ終わるでしょ。見たところ相手は六年生みたいだし、あんなに体格差があるから二年生は引き下がるでしょ」


「そういうもの?」

「そういうもの。早く練習しよ」



友人は私の腕を引っ張りながら、彼らとは反対の屋上側に向かい縄跳びの練習を始めた。

私は気になったが、友人の強引さに負けて共に縄跳びに没頭する事になる。

そうしていると、あの揉めている男の子達から怒鳴り声が聴こえ、練習を中断して聞き耳を立てた。





「お前、素直に俺の言うことを聞け!」

「嫌だ!何でそんな馬鹿な命令を聞く必要がある?絶対おかしい!」


「だからお前は関係ないだろ?!俺とコイツの関係に割り込むんじゃねぇ、糞ガキが!」

「関係はある!孝明は僕の友人だ。その友人が脅されて金を巻き上げられてると知れば、助けるのは当然だろう」


「何だと!?」

「り、了、止めろよ。ぼくがお金出せばいいんだから」

「駄目だ孝明。代わりにゲーム攻略するから課金代を寄越せ?小学生がゲームに課金する事事態いけない事だし五万円を何回も渡していて更に10万円寄越せ?これって立派な犯罪だよ。今までのお金も返してもらい、この関係は解消しなければ駄目だ」



遠くで聞いていた私は最初、男の子達の会話が理解出来なかった。

お金の話しだって分かったけど、私が扱った事のあるお金は千円くらい迄。

その上のお金なんて使う事もないし、扱える自信もない。

そもそも小学生がそんな大金をどう使えるというのだろう?



「ねぇ、先生を呼んでこない?」

「そうだね。そうしようか」


友人も事の重大さにうっすらと気づいたようだ。

私達はゆっくりとその場を離れ、階段入り口に移動を開始した。

チラ見したら上級生が真っ赤な顔で睨んでいて、その睨んだ前にいるのが私達くらいの同級生の後ろ姿。


上級生は大人くらいに大きいのに、二人の内の一人は上級生の勢いにも怯む様子はない?

一人は………?

あれ?

私、あの子を知っている?

何処かで見た事がある??



「あ━━━━━っ!!」

「あすか??」


甦る記憶。

あの後ろ姿、間違いない。

公園で妹と私を助けたあの男の子だ!



「この野郎!!」

ブンッ


「危ない?!」


上級生がいきなりあの男の子に殴り掛かる。

あの体格差から振り下ろされる拳。

まともに受ければ只じゃ済まない!


シュルンッ

「な!?」


「ええーっ?!」


ビックリした。

あの子、殴り掛かる相手の股下に瞬時に潜り込んでいつの間にか背後に回ってる。

何て素早い動きなの。



「あがっ?!」ドサッ


その直後だった。

上級生が股間を抑えながら倒れこんだ。

あの子が倒した?



「ふうっ、相手がデカクて良かった」

「上級生を倒した?!り、了、何をしたの?」


「ああ、股間をぶん殴った」

「股間をぶん殴った?!」


「もう、これで懲りただろ。孝明、二度と金を渡す事はしないように。またコイツが来たら僕に言ってよ」

「あ、有り難う、了」


「当たり前だろ?孝明と僕は親友なんだから。親友を助けるのは当然の事だよ」



ポンポンと泣いてる男の子を励ます彼。

初めて顔が見れたけど、頭はやっぱりボサボサで意外なほど普通の顔。

でもさっきの動きは素早かった。

何かやっているのだろうか。

でも……


「りょう、了かしら?やっと名前が分かったわ」

「あすかちゃん?」


「ううん何でもない。どっちにしろ先生に言いにいくんだよね」

「うん。だって喧嘩だよ。校内の喧嘩は禁止だもの」


立ち止まって見ていたら友達が不思議そうに言ってきた。

まだ彼があの時の子だって確証はないけど、後で声を掛けてみよう。





私達は男の子達を残して階段に向かった。

そして、職員室に向かいながら友人にあの子達の事を聞いてみた。


「ねぇ、かすみちゃん。あの子達ってなん組か知ってる?」

「え~と一人は三組の子だよ。たしか孝明君だっけ?上級生は分かんない」


「詳しいのね。もう一人はりょう君?」

「うん、髙木 了君。彼も三組かな。確か区のサッカークラブとか卓球クラブとかで時々見かけるよ」


「サッカークラブに卓球クラブ?」

「あの子、運動神経が凄いらしくて試合のたびに助っ人に呼ばれるの。でも面倒臭いって何処かに所属はしてないみたい。声は掛けられているみたいだけど」



やっぱりあの子かも。

公園で素早く犬の前に立ちはだかったのは偶然じゃなかった。

彼はきっとスポーツ少年なのかも知れない。


髙木 了君。

とにかく一度、会ってみよう。

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