鎖国日本▪過去と現在

第386話 飛鳥の過去

◆江戸川区のとある公園

━━━━━━━10年前━━━━━━━━━




『ぐるるるるっ』ザザッ


「きゃあ!?」

「な、何なの??」

「犬、野犬か?!」

「大変だ。公園内に野犬が入ってきた!それもかなりデカイ。子供達を避難させないと」

「おい、昨日のニュースでやってた葛飾区の飼い犬が人を噛んだ話。まだ捕まってないんだったよな!?」

「そうだ!大型狩猟犬で確か犬種はドーベルマン。おい、あれはドーベルマンだぞ!」

「大変、奥のお砂場にまだ逃げ遅れた子供達がいるわ!?」

「何だって?本当だ!おい、まだ気づいてないみたいだ。犬が奥に向かっていくぞ!」

「大声で逃げるように言えば!?」

「犬を刺激してどうする?!」

「保護者はどこに行った?誰か、誰か警察を呼べ!!」



『ぐるるるるっ、ガウウッ』

スタッスタッスタッスタッスタッ







◇飛鳥 視点



「ほら舞、こうして穴をほるの。ね、簡単でしょ」サザッ

「おねえちゃん、まい、うまくできないの」

「こうだよ。シャベルはこう」ザクザクッ

「おねえちゃん、じょうず」

「あたり前だよ、お姉ちゃんだもん」

「おねえちゃん、いつまでここにいるの?」

「引っ越しが終わるまでだって。新しいオウチに荷物を入れてるから私達は邪魔」

「おばあちゃんは?」

「今アイスを買いに行った。もうすぐ戻ってくるよ。舞が欲しいって言ったじゃない」

「うん、アイス好き」

「食いしん坊だね、舞は」

「くいしんぼうって?」

「食いしん坊は……食いしん坊?他の言い方あんのかな?」

「くいしんぼうくいしんぼう、おねえちゃんはくいしんぼう」

「食いしん坊は舞なの!私は食いしん坊じゃないの!」



はぁ、くだらない。

私は何を幼い妹と言い合っているのか。






私の友奈家は今日、東京の江戸川区に引っ越してきた。父の仕事の関係もあり東北の町から越してきたのだ。


それで現在、父と母は新しい家に引っ越し業者と荷物の搬入で手一杯。

私と妹の子守りを任されたお婆さんは、私達を近くの公園に連れ出したという訳。


今はすでに6月。

川や海が近い江戸川区でも南風が吹くと気温が上がる。

まして日射しが強い午後14時。

汗だくでの公園遊びは限界を迎え、お婆さんにアイスをねだった妹。

便乗して自分も頼んだけど、妹も自分もお婆さんに付いて店に買いにいく余力はない。

日陰がある奥の砂場で妹の世話を申し使い、目を放さない事を約束してお婆さんに行ってもらった。


明日は新しい小学校に通う事になるから、早く引っ越しが終わればいいのにって思ってる。


だから気づくのが遅れた。

背後に恐ろしい危険が迫っていた事に全く気づく事が出来なかった。



「おねえちゃん」ピタッ


まいが━━━?」


何?

舞がその瞳を見開き私の顔を見つめている。

いや、には私の背後を見つめて立ち尽くしているのだ。



一体何が妹をそうさせているのか━━━!?







『ぐるるるるっ』






ハッハッハッハッ

耳元で聴こえる正体不明の唸り声。

そして息が掛かる程近くに聴こえる息づかい。

妹は四歳、私は七歳の小学二年生だがこの声の主には大体の心当たりがあった。


目線を背後にゆっくり向けて私は凍りつく。

そこには真っ黒な大きな影。

私達、子供の体格からは遥かに見上げるくらいの風貌の人ではない生き物。



「あ」



これは絶望。

私は声も上げる事も出来ないほどの絶望を感じた。

ああ、これがきっと死。

お父さん、お母さん、お婆さん……


「おねえちゃん!」

「は?!」


『ガウウッ』


迫り来る大きな犬!

一瞬の恐怖と緊張が私の意識を飛ばしてた。

それに気づかせたのは妹の声。

だから妹を守らないといけない。

でも、犬の大きな体に子供の自分じゃ勝てる気がしない。

ならどうするか?

そうだ?!

大きな声で助けを呼ぶ!!


「誰か助けて!お父さん、お母さん、お婆さん!!誰か、誰か、助けて!!」


『グオッ!?』


ありったけの力を込め大きな声で助けを求め、それを繰り返す。

そして声が枯れるのも構わず叫び続けた。

そのせいか大きな犬は怯んだように私達から僅かに離れた。

だけどウロウロとしながら再び近づいてくる!?

助けは?

大人の人達は何で来ないの?!

こんなに叫んでいるのに。

何度も助けを呼んだのに。

誰も助けないで遠くから見てるだけ。

こんなの、こんなの、あんまりだ。


ああ、犬が慣れてきたのか、私達の側に近づいてくる。

もう駄目?!


『ガウウッガウ!』

「「きゃああああ!!!」」


飛びかかるデカイ犬になす術もない私は、妹と抱き合いながら思わず目を瞑った━━━。




「この野郎!」

『ギャンッ!?』


「?」

予想した痛みは来ず、誰かの声と犬の鳴き声?!

何が起きたかわからない。

私はソロリと目を開けば、目の前にいたのはあの恐ろしいデカイ犬ではなく、全く知らない誰かの背中。

どういう事なの?

状況が飲み込めない。



『ぐるるるる!』


「ひ?!」

辺りを見回せば、あのデカイ犬はまだソコにいる!未だ私達は危険から脱したわけではなかった。

再び全身に緊張が走る。



「大丈夫だ、僕にまかせろ!」

「!」

私の恐怖を悟ったのか、その背中の人は振り返らずに言った。

お、男の子、だよね?

それも私と同い年くらいの少年。

まさか助けに来てくれたの?!


『ぐるるるるっ』


「!!」

犬は男の子が割って入って怯んだみたい。

でも、私達から距離を取っただけで今だウロウロと襲う機会を狙っている。


男の子は手に枝を持ち勇敢に立ち向かっている。

だけどこれは無謀だと言わざるをえない。


例え男の子で私より力があるとしても、あんな大人でさえ敵わなそうな大きな犬に歯向かって無事でいられる訳がない。


でも逃げ道が無い。

私達のいる場所は公園奥の袋小路。

公園出口はデカイ犬の背後なのだ。

更に妹は、頭を抱え私の胸に抱きついて震えていて放さない。

到底走って逃げる事も困難。

どうすれば……



「大丈夫、僕は勇者だ。あんな犬なんかに負けるものか」

「ゆうしゃ?!」


ゆうしゃって何?

絵本で読んだ悪い化け物を退治する人の事?

男の子はまるで自身の勇気を奮い立たせる如く一瞬、私に目を向けてニッコリ笑った。


私を元気付けようとしたみたいだけど、流行りは何とかライダーとか何とかマンだと思ってしまった私は彼に申し訳なく思う。


『ガウッ!』


「あ?!危ない!!」

「うわわっ!?」


突然だった。

私達の隙を伺っていたデカイ犬。

彼が見せた僅かな隙を突き、飛びかかってきたのだ。

大きく開けた口から牙が光り、確実に彼が大怪我を負ってしまうと思われた。


「おっとと、えっ!???」

ザクッ『グギャンッ!?』



私は思わず彼のズボンを引っ張っていた。


それにヨロけた彼は枝を構えたまま、だらしなく尻餅をついた。

その突然の彼の動きに既に空中にいたデカイ犬は反応出来ない。

犬の身体は彼が本来立っていた場所に落ち、丁度尻餅をついて構えたままの彼の枝に偶然犬の顔が落ちる。


構えだけは崩さなかった彼、そして枝。

当然、重力の力で犬の全体重が枝にかかり、深々と犬の眼球に突き刺さる。



『ギャンッギャンッギャンッキャインッキャインッキャインッ……………!!』


犬は眼球に枝を刺したまま転げ回り、一目散に走り去った。



「「……………」」

「……………………」


ポカンとする彼と背後の私達。


暫く茫然と座り込んでいると、お婆さんと大人達が駆けつけ、お婆さんは涙ながらに私達二人を抱き締めた。

「ごめんよごめん。やっぱり二人だけにするんじゃなかったよ。よく無事で良かった。良かったよぉ!」

「「お婆さん、うわあああーんっ!!」」



現実に引き戻され緊張の糸が切れた私達は、堰を切ったように大声で泣き叫んだ。


生まれて初めての死の恐怖。


私は今日の事を一生忘れないだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る