第384話 幽鬼

◇ESP覚醒者保護施設▪医務室

現在


「……と、いう事だからその件は待ってくれる?正俉君」

「判りました。それと」

「沙霧ちゃんの事ね。大丈夫、私がなんとかする。あの男の好き勝手にはさせないわ」

「………」

「信頼出来ない?また、何時ものように触ってもいいわよ。但し、お触りバーじゃないから手だけになるけど」

「さ、触りませんよ?!その言い方は止めて下さい。誤解を生むじゃないですか!」

真っ赤な顔で反論する正俉。

シテヤッタリの顔で舌を出す、みよ子。

彼女にとっては正俉はまだまだ可愛い弟の様なもの。

このやり取りも何時もの事だ。


「勘弁して下さいよ副隊長。私はいつも副隊長を信頼してますし、最初にお会いした時以来触れた事は無いじゃないですか!誰かに聞かれたら絶対に誤解されます!」

ガチャッ

「センセー、頭痛薬あるぅ?いつもより生理が重くってーっ、んん?委員長がいるのぉ?何でぇ??」

「あら?」

「り、凛!!?」

めちゃくちゃバツが悪い正俉、すかさず机に置いたヘルメットを深く頭に被る。


「そ、それでは副隊長、私はこれで」

「委員長、部屋の中でもヘルメット被るってめっちゃ笑える。ところでお触りって何ぃ??」

「委員長じゃなくリー?!」

「あらら?リンちゃん、聞こえちゃった?」

ダラダラダラッ

ヘルメットの隙間から汗を垂らす信俉。

普段の真面目スタイルをキープしたつもりだが、凛の言葉に動揺を隠せない。


「で、では副隊長、これで失礼します」

にっこり笑い自然体で凛に接する副隊長を脇目に、凛の質問をパスして逃げるように部屋を出ていく正俉。

それを目で追っていた凛は不思議そうに呟いた。

「委員長、変なのぉ?センセー、委員長と何話してたのぉ?」

「先日の報告と思春期の悩みかしら?」

「ぷぷっ委員長が思春期って笑える。真面目が取り柄なんだしぃ、色々と無理があるよぉ」

「一応、あの子も健全な男子って事よ。いい事じゃない。はい、クスリ」

「ありがとセンセー。それでセンセーのどこを触らせたのぉ」

「そんな訳ないじゃない。冗談はここまで。センセーは忙しいの。さあ行って行って」

「ちぇっ、ケチーっ」

みよ子にササッと流されて、つまらなそうに医務室を退出する凛。


みよ子はそれを見届けると、デスクのコンピューターに向き直る。

メール画面を開くとあるメールホルダから通信画面を開いていく。

ピピッ

画面には音声グラフが現れ、彼女は唾を飲み込みつつ緊張した面持ちで口を開いた。

「エスパー隊副隊長みよ子です。繋がりましたか?」





ジジッ

繋がりましたか?と画面に話す、みよ子。

現在の日本において通常のネット経由の音声もインターネット自体もブラックスモッグ(BS)から発する強電磁波により使用不能である。

ここで使用可能ならこのネットもエスパー部隊が使用しているスマホ同様【カゴ】?と呼ばれる何か、により動作環境が守られている事になる。

ジジッ

『よく聞こえる、ミスみよ子。定時連絡を始めよう』

「了解です。まずは幾つかの案件のお願いと、先日のエスパー部隊出動報告を……」

と話始めるミスみよ子。

エスパー部隊副隊長である彼女が隊長以外に連絡できる回線を持っているのには些か其なりの事情がある。



彼女は、日本がブラックスモッグBSに覆われる前から政府機関の公安に務めていたその道のエキスパート。

公安として様々な案件を解決した伝説的手腕の持ち主である。

当然、現在のNG統治機関にも太いパイプを持っており、国家の運営に関わる重要なキーパーソンであるのだが、表向きそういった裏名刺は全て隠蔽されている。




『うむ、だいたいの状況は掴めた。やはり今回の非戦闘系や低年齢者を含む全覚醒者の部隊編入はESP排斥の急先鋒、NG治安維持局長官の入れ知恵のようだ』

「長官ですか、そういえば長官は今年で任期が終わるんでしたよね?」

『そうだな。彼は長官職の再任を狙っている。それと統治局の重要ポストに自身の息子を押しているらしい。その為に彼の周囲で大金が動いているとの話がある』

「なるほど。ではその金の出所がESP覚醒者保護施設運営資金の横領やエスパー部隊の物資横流しという訳ですね」

『そうだ。だから帳尻を合わせる為、保護施設自体を廃止し、エスパー部隊のみとしてこれ迄の横領を無かった事にするつもりだろう。そしてエスパー部隊長に命じて無理な任務を連発させ、覚醒者の数を減らそうと考えているらしい。あの男の考えそうな事だ』

「……やはり部隊長は」

『ああ、間違いなく局長の犬だな。保護施設運営資金の横領や物資横流しにも間違いなく関与している』


ギリッ

おもわず歯ぎしりをする夕月みよ子。

横嶋部隊長は中央の統治局からの天下り。

統治局で何らかの不正に手を出し、エスパー部隊長に左遷されたのだ。

だから統治局への返り咲きを狙っている。

おそらく横領の何割かは横嶋が着服しているのだろう。

そして彼はESP覚醒者に対して偏見を持っており、覚醒者排斥の急先鋒である治安維持局長官の犬。

そんな俗物がエスパー部隊の長として作戦立案に参加している。


彼が赴任後のエスパー部隊の出動は合計11回。

この内、最初の任務で出動したガンマ隊が作戦情報の不備により全滅している。

この時の任務は、都市部に突出した【波】からBHC10体が現れて市民を襲い、これに治安維持部隊が対処していて交戦中。

その援護の為にガンマ隊が派遣されたものだった。

しかしガンマ隊が向かった先には交戦中の治安維持部隊は居らず、ガンマ隊はBHCとの直接交戦を強いられて、戦闘ESP覚醒者の少女一人と男子二人が亡くなっている。

居るはずの治安維持部隊は出動すらしておらず、確認されたBHCは全部で30体。

完全に情報の誤認だった。

その後の作戦は全て夕月みよ子が再確認しているが、どれも再修正が必要なずさんな作戦立案ばかり。

それでも何とか修正して、足らない部分を遊撃手の飛鳥が単独で補ってきた。




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((先生、おはようございます))

((おはよう、すずり。今日も早いわね。少しは収容所に慣れたかしら?あら、お花?))

((朝方に取ってきた野生のユリです。基地南側の外れに生えてました。綺麗でしょう))

((花瓶に活けてくれるのね。有り難う。医務室が明るくなるわ))

((うふふ先生。私、先生が大好きなんです。もし、私にお母さんが居たら先生みたいな人がいいなって思って))

((まあ、有り難う。私も好きよ、すずりの事。まだ独身だけど子供をもうけるなら娘がいいって思っていたから))

((本当に?嬉しい。私ね、先生。児童養護施設の出身なの。だから家族に憧れてた。養護施設の皆も家族だったけど、この力ESPに目覚めてから怖がられちゃって家族じゃなくなっちゃった。それでココ収容所に連れてこられて不安しかなかったけど、先生だけは怖がらずに接してくれて本当に助かった。今も先生は変わらず接してくれてるのが嬉しい。だから先生はお母さん。皆の?かな))

((そうねぇ。そう有りたいと皆に接しているつもり。だって皆可愛いから。すずりもね))

バッ

すずりは口を膨らませて、みよ子の腕に絡み付く。

((だけど今は、すずりだけのお母さんだよ。ね、お母さん))

((はいはい、大きな娘だわね。よしよし))

((うふふ、お母さん。ずっと一緒にいたい))



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『……という事が考えられる。君はどう考えている?………ミスみよ子?』

「………!あ、すみません。今、考え事をしていたものですから。もう一度聞いていいですか?」

みよ子は天井を向いたまま、ハンカチで目元を拭い改めて画面に集中する。


『大丈夫か?疲れているのなら……』

「だ、大丈夫です。それで?」

『君が前々から申し出ていた作戦命令書を事前に君が閲覧する件、却下されてしまった。

治安維持部隊との事前すり合わせも却下。

あくまで部隊長経由でエスパー部隊単独の作戦命令となってしまう。すまない』

「それではせめて無理な作戦案に対する拒否権を私に下さい。私には部隊と保護施設の子供達を守る義務があります」


『善処しよう。それと、最初の作戦で治安維持部隊の出動が誤認された件だが……』

「解ったのですか?!」

『人為的に誤認するデータを送られている。【波】が起きたのは事実だが、この地域は元々無人化していて住民は避難済みだった。つまり住民被害は元々なく、治安維持部隊が展開する地域でも無かったのだ』

「…………!!」

『データの発信元、それは治安維持局だ。これは治安維持局長官の関与を裏付ける証拠になる可能性がある。しかも作戦自体は正規の手続きのNG本部発行がされておらず、治安維持局経由で発行され結果的にエスパー部隊の単独行動で処理された。つまり作戦自体が横嶋の独断だった可能性がある。もし発信元が局長の偽報であると立証できれば連中のアキレス腱となりうるだろう。ミスみよ子?聞こえているか?ミスみよ子?』


カチッ

「…………」


幽鬼のように無言で通話を切る夕月みよ子。


その瞳には青い炎が宿っていた。

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