第383話 信頼
サッ
「………旧日の出町住民は行方不明。飛鳥と特別要救護対象の救出の為、町の入り口で待機していた我々アルファ隊はBHCの個体10の襲撃を受けましたがこれを撃退。先ほど帰投しました。委細は報告書の通りです」
ガサガサッ
敬礼したまま報告を完結する正俉。
その正面には、椅子に座りデスクの報告書に目を通す一人の軍服姿の人物がいる。
妙に整えた口髭を蓄え制帽を被っている見るからに軍属官僚風の男。
四十代だろうが、敬礼したまま微動だにしない正俉を無視して書類を読み更けっている。
その所作から恐らくだが、この男がエスパー部隊の責任者であろう事は容易に想像がつくところだ。
「━━━足らん」
「は?」
正面にふんぞり返る男━━━は何を言っている?
全ては正しく誤りなく事実を報告したはず。
捕捉事項も報告書には記載し万全を期したはずの正俉。
彼には男の言葉の意味が理解出来なかった。
「足らないとはどういう事でしょうか?」
「報告書に肝心なところが抜けている。私は全て報告しろと指示している。これは全てではない」
「申し訳ありません部隊長。私には何の事か判らないのですが。具体的仰って頂けますか」
「正俉君、君はESP覚醒者の中で一番切れ者だと思っていたがそうでもないのだな」
ふんぞり返る男━━━━━━━━━━━━━
エスパー部隊隊長、横嶋は足を机の上で交差させて制帽をクイッと上げた。
正俉はその横柄な部隊長の対応に反応せず、後ろに手を組んで話を続ける。
「横嶋部隊長が何を仰っているのか判りません。もし、まだ未確認のESP覚醒者の保護に関する事でのご質問であるならば、先ほど副部隊長に指示を仰いでおり、正式に覚醒と能力値の確認が出来次第、改めて部隊長に報告するつもりでありました」
ピクッ
「副長、だと?」ガタッ
ツカツカツカッ
横嶋部隊長は姿勢を正しながら立ち上がると、正俉を睨みながらその鼻先まで顔を近づける。
正俉はその反応を予測していたようで、澄ました顔で顎を上げて無反応を装う。
「気にいらないなぁ正俉。私を差し置いて副部隊長に報告とは何か私に含むところがあるのかね?」
「規定に沿った対応を取ったまでです。新規ESP覚醒者については、その能力確認と身分が定まるまで副長管轄であると認識しておりました!」
「ふんっ、私は未来視能力者の確保を伝えていた筈だ。能力確認は私の管轄の研究所で行うともね。それを保護施設を統括する副長扱いとするとは……。君は未来視能力の有用性を理解してないのかね。はぁ、まあいい。副長のくだらないヒューマニズムでどこまで守れるか見物だがな」
「……………」
バタンッ
横嶋部隊長は吐き捨てるように正俉に言うと、そのまま部屋を出ていった。
ドアの閉まる音を聞き緊張の糸が切れて座り込む正俉。
疲れた顔で冷や汗を拭り一人独り言を吐く。
「私では荷が重い。誰か代わってくれ……」
溜め息混じりに出た独り言。
残念ながらそれに答える者は居なかった。
◆◇◇◇
◇ESP覚醒者保護施設。
ここはESP低覚醒者、非戦闘系ESP覚醒者、低年齢覚醒者を保護し、教育やケアを行う施設である。
施設はNG治安維持部隊BSE対策局ESP研究収容所(旧アメリカ軍横田空軍基地)の片隅にあって、NGがESP覚醒者の収容所を作るとした時に人道上の問題を回避する為に設置したものである。
その後、エスパー部隊が編成されてからは併設された訓練施設と合わせて部隊の下部組織として整備され、エスパー部隊の宿舎も兼ねる形になった。
その責任者はエスパー部隊副部隊長、
30代らしいのだが見た目は20代後半に見える若作り。
黒髪ロングの美妖女で所謂、年齢不詳である。
キィッ
ドアが開き一人の青年が入ってくる。
それは先ほど隊長室で報告していた正俉だった。
「もう勘弁して下さい」
「あら?もう根を上げたの?若いのにだらしないわね」
ここは保護施設内の医務室。
何故かココが夕月みよ子の執務室。
彼女は医師免許も持っていて、副部隊長と内科医を兼務していた。
「今にも胃に穴が開きそうです」
「意気地無しね」
そう言って彼女は胃薬と水を出し、それを迷わず飲み干す正俉。
ぷはぁ。
ようやく一息ついた彼は改めて視線をみよ子に向ける。
「直接、副隊長が動くわけにはいかないのですか」
「それだとアレの背後にいる者が逃げるのよ。今はまだ泳がしておく必要があるの」
みよ子副隊長と正俉は、横嶋隊長の資金と物資の流れを捜査していた。
NG本部から送られるはずのエスパー部隊の物資や資金が異常に少ないのだ。
誰かが途中で着服しているのは間違いなかった。
「資金の着服額は一年間だけで数億円、本部会計とこちらの受理額の相違で判明したのだけど、他に物資の横流しもあるから全部の被害は大きいわね」
「だからですか。エスパー部隊の装甲車燃料を治安維持部隊から分けて貰っているのは」
「燃料だけじゃない。弾薬も武器も不足気味よ。こんな中で非戦闘系の子達まで戦線に駆り出そうとしている。素手であのBHCと戦えっていうの?馬鹿げた話よ」
苦々しく話す、みよ子副隊長。
正俉は丁度気にしていた案件にみよ子が触れたので気になるところを質問する事にした。
「……その事なんですが、今回の施設に保護されているESP覚醒者を年齢に関係なくエスパー部隊に組み込む話、副隊長はどうお考えですか?」
「……止められなかったの。ごめんなさい。でも撤回させるべく動いているから後少しだけ我慢して」
「!」
正俉の問に俯いて言葉を発する副隊長みよ子。
正俉はこの言葉を聞いて救われたと思った。
彼にとって副隊長みよ子は、唯一信頼に足る大人だったからである。
━━━ESP収容所が作られた三年前━━━
ESP覚醒者収容所の最初の収容者は正俉だった。
その時の彼は覚醒者のほとんどが親や親族、身近な大人からの虐待や放置を受けている中で例外ない身の上で収容された。
当然ながら全てに裏切られた彼が心穏やかである訳もなく、その心は完全に閉ざされていた。
【
人に触れる事で相手の表層意識を読み取る接触型テレパス。
この特異な能力でとある窃盗事件を解決して一躍テレビのヒーローとなった彼だったが、その能力が世間に知られた途端、彼の回りは地獄に変わった。
昨日までの友人知人、そして親族までが自身を腫れ物扱いし厄介払いとして収容所に送られたのだ。
((大人なんて信用出来ない))
こうして彼の心は打ち砕かれ、その後は誰にも心を開けずに収容所の一室に閉じ籠った。
その頃の収容所はまだ未整備で、旧米軍がNG法で放棄させられた兵士宿舎の一室に閉じ込められる事が始まりだった。
だから彼には丁度良かった。
人に触れる事がない今の生活は彼の望む事だったからだ。
((このまま誰にも会わず朽ちていけばいい))
そうして人に会わない生活を続ける事、数ヶ月。彼の平穏は一人の女性によって破られる事になる。
『『いつまで閉じ籠っているつもり?さあ、部屋から出て私を手伝いなさいな』』
突然ドアが開き、彼の世界に一人の女性が入ってくる。
ビジネススーツ姿のその彼女は長身で黒髪ロング、颯爽としていて所謂官庁街に居そうなキャリアエリートのスーパーレディ風。
実は正俉の最も憧れのタイプであり彼が最も恐れる大人。
しかし久しぶりに見る光景でもあった。
『………私に関わるのは止めてくれないか。貴女もどうせ私から離れていくのだから』
『『あら、そんな事にはならないわね。私とアナタは今から信頼のおけるパートナーになるのだから』』
『パートナー?意味が判らない』
『『今は判らなくてもいいわ。私は大人、アナタはまだ学生よ。だから大人の私が導いてあげる。一緒にアナタの、ESP覚醒者の居場所を作りましょう。アナタにはその為のパートナーになって欲しいの。どう?』』
『どうせ貴女も他の大人と一緒だ。私の能力を知って側に居られる訳がない』
『『ふふ、だったら賭けをしない?』』
『賭け……?』
『『私はアナタの全てを受け入れる。アナタは私に自由に触れて心を読んでも構わない。それで私が考えている事が気に食わなければ何時でもパートナーを解消出来るの。これならアナタは私の発言や行動が正しいか正しくないか、何時でも確認出来る。これなら問題ないでしょう?』』
((は?この女性は何を言っている?私に常時接触を許し心を読む事を認めるだと!?それは正に正真正銘、全てをさらけ出す行為に他ならないじゃないか))
正俉は信じられずに目をパチクリした。
何故ならこの条件はあまりに自分に益が偏り過ぎていて彼女に何のメリットもない。
もし自分が彼女の立場だとして、果たしてこの条件を受け入れる事が出来るだろうか?
『馬鹿げている。あり得ない』
『『何でそう思った?』』
『この賭けは貴女に何のメリットもない。むしろデメリットばかりで貴女に得るものが何も無い』
『『有るわよ』』
『!?』
次の瞬間、正俉は大きく唾を飲み込んだ。
何故ならそれは今、彼が心から切望し手に入れたいと思う願いだったからだ。
『『アナタとの信頼を得られる。これに勝るものはないわ』』
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