第6話  大サビ【Chorus】

「お風呂入ってもいい?」


「はい……」


「化粧を落とした顔は見られたく無いけど……」


「桜さんは化粧しなくても綺麗ですよ」


「そう、ありがとう……でも……前と違って……」少し悲しそうな表情になっている。


桜さんはバッグを持ってお風呂へ向かった。

俺は、最近桜さんの化粧が濃くなった理由を理解した。

そして、彼女の時間がそれほど残っていない事を実感する。

彼女が出て来ると、入れ替わるようにお風呂に入る。

お風呂から出てくると、桜さんは薄く化粧をしていた。


「友希くん、私を抱いてくれる?」切ないな表情だ。


「大好きだから抱きたいです、でも大丈夫なんですか?」


「うん……でも……その前に見て欲しいの」桜子さんはそっと胸のボタンを外して恥ずかしそうに開いた。綺麗な胸には幾つかの縫い目が無惨に刻まれている。


「こんな胸だから嫌じゃない……」悲しそうな眼差しで俺を見つめる。


「嫌じゃ無いです、綺麗です、それに桜さんが頑張って来たことがよくわかります」


「ありがとう」そういうと俺の胸に顔を埋めて震えた。


俺は桜さんを抱きかかえてベッドへ向かう。


二人の狂詩曲はキスと言うイントロからゆっくりと始まる。

俺の指先はハープを爪弾くように、彼女の体を彷徨った。

やがて二人の心は共鳴し、最高潮に達すると二人の愛は永遠だと感じた。

そして……静かに……エンディングを迎えた。


「友希くん、ごめんね……本当は来るべきじゃなかったのかもしれない…友希くんに重荷を背負わせちゃったかもしれないね」


「何を言ってるんですか!今俺は最高に幸せです」


「ホント?……」少しだけ嬉しそうな表情を見せてくれた。


「俺は桜さんと出逢えた事に感謝してます、もし出逢えなかったら心から人を愛する事、それを知らない人生だったかも知れません」


「私も、友希さんと出逢わなければ、何の為に生まれてきたか解らないままだったかも……」


「桜さん……」


「桜って呼び捨てにして……」


「桜……」


「ありがとう、もう思い残す事は何もなくなった……とても幸せよ」


「桜、愛してる」


「私も」


桜はゆっくりと眠りについた。

俺は寝なかった、いや眠れなかった、ずっと桜の寝顔を見守った、1秒でも長く桜を見つめていたかった、温もりを感じていたかった、桜の全てを心の中に深く刻み込みたかった。



「おはよう」桜は優しい笑顔で俺を見ている。


「おはよう、よく眠れたかい?」


「うん」


「とうとう一日が終わっちゃうね」寂しそうに桜が言った。


「ずっと恋人じゃダメなのかい?」


「ダメ……約束でしょう?」


「そうだけど…」


しばらく俯いていた桜は決心したようにじっと俺を見つめる。


「友希くん約束して、きっと誰かと幸せになるって」


「何でそんな事を言うんだよ」


「だって心配だもん、心配で安心して天国にいけないもん」


「桜……」声が詰まって上手く出ない。


「ちゃんと幸せになってるか時々見にこようかな、心配だから」


「毎日来てくれよ」


「ばか!私を天国に行かせない気?」


「…………」


「はい指切り!ちゃんと誰かと幸せになるって約束して」無理に指切りさせられた。


「たまに見に来るからね」そう言うと手を振って帰っていった。


見送った駅からの帰り道、歩きながら人目も憚らず泣いた。

おそらく人生の中で一番長く濃い一日が音もなく終わろうとしている。

部屋に戻ると二人で聞いた狂詩曲を聴きながら、ベッドがびしょ濡れになるほど泣いた。


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