第5話 転調 【modulation】
「友希くんのバイクのナンバーって5633なのね、ハ長調だとソラミミだわ、少し寂しいメロディだね、ソ・ラ・ミ・ミ・」指で鍵盤を叩くような仕草をしながら歌った。
「えっ?」
「ドが1度だから5度はソ、次はラ、3度はミ・ミ」
「あっそうか、なるほど……」納得する。
「空耳ライダーだね」優しい表情で笑っている。
「桜子さん」俺は何処に入院するのか聞こうと思った。
「桜でいいよ」
「えっ……」
「子をつけないで呼んでいいのは友里香と友希さんだけ」
「…………」また涙が溢れそうになった。
「だって桜だとすぐに散りそうだからね」少し笑った。
「…………」喜びと悲しみが合わさり竜巻のようになって俺の心をかき乱している。俺の脳は完全にキャパオーバーで考えられなくなってきている。
「一日恋人だから、今夜泊まってもいい?」
「はい、いいですけど……」
「何?嬉しくないの?」可愛く首を傾げている。
「嬉しいにきまってますよ、ただ心配なだけです」
「何が?」
「桜子…桜さんの病気が……」
「大丈夫よ」
「…………」嬉しい、嬉しいんだ、でも一日だけって………。
「今夜ご飯作ってあげる」
「えっ……ありがとう……でも食べれるかなあ?」
「私の料理は不安なの」少し睨んでいる。
「違いますよ、胸がいっぱいだから」また泣きそうになる。
「友希!しっかりしろ!」彼女は笑った。
「はい!」俺はコチコチに強ばった笑顔を返す。
「リクエストは?」
「桜さんと一緒に食べれるものがいいです」
「そう、地味なメニューになっちゃうけど……」
「でも、それがいいです」
スーパーで買い物をして、部屋へ戻ってきた。
夜になって彼女は、持ってきていた可愛いエプロンを着けて料理を始める。
俺はその後ろ姿を見て、涙が止まらなくなってしまう。
何でもっと早く告白しなかったんだろう、激しく後悔した。
「はい出来ました」
テーブルには豆腐のお味噌汁、マカロニサラダ、オムレツが並んだ。
「なんだか病院食みたいだね、こんなので良かったの?」桜さんは少し首を傾げている。
「いえ、とても美味しそうだし、一緒に食べれるのが嬉しいです」
「買ったチーズとワインも友希さんは楽しんでね、私は飲めないけど、楽しくなって欲しいから」
「はい」俺はワインのボトルを開けてグラスに注ぐ。
「桜さん、何処の病院に入院するか教えてくださいよ」
「ダメよ!」
「どうしてですか?」
「だって、やつれていく私を見せたく無いもの」
「そんな……教えてくださいよ」
「絶対にダメ!」
「…………」
「今夜はお泊まりだ、嬉しいなあ」桜さんは楽しそうだ。
俺も、もっと楽しそうにしなくてはいけないと思った。
「ねえ、友希さんの子供の頃を聞かせて」
「俺は体が弱くてもやしみたいでした、だから元気になるように格闘技を色々と習わされました」
「だから、打ち上げの時私の腕を掴んだ人をやっつけてくれたのね」
「まあ……父は強くなくちゃあ大切な人を守れないからって口癖でしたから」
「友希くんが私を守ってくれて嬉しかったわ、あの時好きって言いそうになっちゃった」少し舌を出して笑った。
「言ってくれたらよかったのに」
「でも言ったら、上級生に睨まれるかもって思って」
「そうかもしれないですね」俺はゆっくりと頷く。
2人きりの会話は夜まで盛り上がった、互いを思う気持ちが一気に深くなった気がした。
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