第4話 サビ【Chorus】
「邪魔者って?」俺は目が泳いでしまう。
「いいのそこは気にしないで」桜子さんは笑っている。
「はい……」俺は疑問をゴクリと飲み込む。
久々に桜子さんと話ができて俺はテンションが上がってくる。
最近のイベントで失敗した事などを話して桜子さんを笑わせた。
しばらくすると、ふと思い出したように桜子さんが聞いてくる。
「ねえ友希くん、福岡出身だったら『ロブスターズ』って知ってる?」
「はい、知ってますよ、伝説のバンドでしょう?」
「知ってるの!彼らのCDはプレミア物で手に入らないのよ」
「えっ、俺持ってますけど……」
「うそ!持ってるの?」桜子さんの瞳がきらっと輝く。
「ええ、父親がロブスターズのベースの人を知ってるんで」
「えっ、ベースって女性じゃなかったっけ?」
「そうですよ、今は地元でスナックやってますけど、解散してもう15年以上経ってますからね」
桜子さんはニッコリして甘えるような声で言った。
「友希くん…そのCD欲しいなあ……」
「え〜……どうしようかなあ」俺はもったいをつける。
「お願い、何でも言うこと聞くから……」
「じゃあ、一日だけでいいから恋人になってもらえませんか?」思わず言ってしまった。
「えっ……」桜子さんの眉がピクリと動く。一瞬空気がピキッとなり気まずくなる。
「…………」しまった〜……やってしまった、後悔が津波のように押し寄せてくる。
しばらく無言の時間がすぎた後「いいわよ」桜子さんはにっこり微笑む。
「えっ、いいんですか?……本当にいいんですか?」俺は音が出るほど瞬きを繰り返した。
「うん、でもCDはもう私の物よ」そう言って優しそうに微笑んでいる。
「はい、もちろん差し上げます」
「じゃあ今度の日曜日はどう?」
「ええ、嬉しいです」
「友希くんの部屋までCDを取りに行っちゃお、確か所沢だよね?」
「はい、本当に一日恋人になってくれるんですか?」
「もちろんよ、約束はしっかり守るわ」
「やった〜!」俺の心にファンファーレが高々と響き渡る。
日曜になり所沢の駅で桜子さんを迎える。
改札を出てきた桜子さんを見て感動した。地上に天使が舞い降りてきたらこんな感じなんだろうなあ………俺の目はすでに潤んでいる。
「いいところねえ」桜子さんはそう言って手を繋いできた。
「あのう……」恋愛偏差値の低い俺が恥ずかしそうにしていると。
「今日一日は友希くんの恋人だからね」そう言って寄り添ってくる。
俺の身体中の血液は沸騰して歓声を上げた。
まるで空中を歩いているような気持ちで部屋へと辿り着く。
「センスのいい部屋ね」桜子さんは室内を見回す。
桜子さんをソファーへ座らせると、本棚においていたCDを引っ張り出す。
「これ、ロブスターズのCDです、でもあまり綺麗じゃ無いんで、父に聞いて綺麗なのを探しましょうか?」
「ううん、これがいい、友希くんの部屋に有ったこのCDがいいの、私の宝物にするね」そう言ってCDを胸に抱いた。
「………」俺は言葉に詰まって息を呑む。
「友希くん、このCD聴いてもいい?」
「いいですけど」
「7曲目の『ラプソディを君に』が聞きたい。
「はい」俺はCDを再生させる。
部屋に甘く切ない狂詩曲(ラプソディ)が響く。
「この歌を作った人は恋人のことが余程好きだったのね」
「そうなんですか?」
「だって好きな人に捧げるのは普通セレナーデでしょう?」
「そうかも………」
「でも、捧げたのはラプソディだった……何となく分かるんだ……」
「歌詞もいいしとってもセンスある人だと思うの、でも何でバンド名がロブスターズなんだろう?」
「えっ、知らないんですか?」
「友希くん知ってるの?」
「はい、メンバーの血液型がA・B・A・Bなんですよ」
俺は両手をハサミにしてチョキチョキと動かした「エビ・エビですよ」
「プッ……」桜子さんは慌てて口を塞ぐ。
「そんなことだったの?」なかなか笑いがおさまらなかった。
やっと治ったかと思ったら俺をじっと見つめた。
「友希くんって私のことが好きなんでしょう?」
「えっ!はい……」
「いつ頃から?」
「……出会った瞬間からです……」
「なんでもっと早く言ってくれなかったの?」少し睨むと頬を膨らませた。
「俺なんか相手にされないと思って言えませんでした」
「遅いよ……」
「えっ!」
「遅すぎるよ……バカ……」桜子さんは突然涙をポトリと落とす。
「えっ?………」俺は状況を飲み込めないまま固まる。
「私は友希くんのギターや歌を聞いた時から好きになってたのに」
「ええ!そうだったんですか?」
「そうよ、だから遅いよ!」
「ごめんなさい……」
「本当に悪いと思ってるの?」
「桜子さんが俺のことを好きだなんて全く考えられなかったので……ごめんなさい」
「じゃあ、お詫びにキスして」
「えっ……」
「早く!」そう言うと桜子さんは瞳を閉じる。
俺は寄り添いそっとキスをした。
「もしかして、これからずっと恋人でいてくれるんですか?」
「それは無理」
「えっ?」
「そうしたいけど無理なの」
「どうしてですか?」
彼女は立ち上がりカーテンを少し開けると、窓から外を見ながら言葉を漏らした。
「私、心臓が良くないの……だから近々入院するんだ……」
「ええ……」言葉が出ない。
「もっと早く言ってくれればもう少し長く恋人で要られたのに……」
「そんな……」俺の頭の中は混乱し何が何だかわからない。
「迷ったのよ、好きだったことを話すか………でも一日恋人にって言われたら我慢出来なくなっちゃった」少し笑っている。
「俺…」
「恋人は始まったばかりよ、楽しい一日にして友希くん」
「はい……」俺も涙がポトリと落ちた。
「そうだ、友希くんのバイクに乗せてよ、たまにバイクで大学に来てたでしょう、後ろに乗ってみたかったんだ」
「いいですけど……体大丈夫なんですか?」
「遠くまでは無理だから、何処か近く……カフェとか無いの?」
「1キロ程先にカフェがありますけど」
「それくらいなら大丈夫」
外に出るとバイクを駐車場から出してカフェへ向かった。
ログハウスのカフェへ到着すると、桜子さんはミルクを注文した。
「友希くんは食事してもいいよ」
「ふふ……」俺は少し笑った。
「どうしたの?何がおかしいの?」
「胸がいっぱいで食べれる訳無いです」ふてくされる。
「そっか」桜子さんは少しだけ楽しそうに笑った。
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