第3話  Bメロ【Bridge】

スタッフの仕事は思ったより楽しかった。桜子さんがにっこり手を振ってくれると嬉しくて仕事を頑張ってしまう。それを見た音響や照明さんは高評価をしてくれ現場ではチーフとして働くことも多くなる。舞台用語なども覚えてしまったので、色んなイベント会社からも声がかかるようになってしまった。

それでも最優先は桜子さんと会えるバイトだ。


しかし大学も頑張らないと両親に申し訳ないのでそちらも手を抜かずに頑張った。

おかげで一年があっという間過ぎ二年生になった。


サークルでもスタッフ経験が生かされ、月一のライブは音響を仕切るようになっている。ライブ後の打ち上げでも桜子さんと話せるようになった。


「ラプソディ・イン・ブルーっていいよねえ、私ずっと好きだったんだ」


「ガーシュウィンは、俺も好きです」


「クラシックとジャズの組み合わせって、凄くセクシーだと思うの」


「俺もそう思います」


「友希くんはブルースのどんな所が好きなの?」


「そうですね……やっぱりセブンスの響きかなあ…」


「でしょう!やっぱそこなのよ!」桜子さんは俺の手を握って熱くなっている。

先輩や周りは冷ややかな目だ。断りもなく女王様に近づき過ぎている、そんな圧力を感じた。俺は慌てて手を引っ込める。


ライブの打ち上げは盛り上がってしまう。

隣の社会人グループがチラチラ見ている事が少し気になる。

お開きになり外へ出ると、さっきの社会人が絡んできた。


「学生さんよ、うるさいんだよ少しは周りの事を考えな!」吐き捨てるように言った。


先輩が「すみません、今後気をつけます」頭を下げる。


「へー……それだけかよ、そこの綺麗なお嬢さん、お詫びに付き合ってくれよ俺たちの二次会に」桜子さんの腕を掴んだ。


俺は慌ててその手を引き離す。


「ほう……やるのかよ」俺を睨む。


「なめんじゃねえぞ」いきなり拳が俺の顔を目掛けて飛んでくる。


酔っていた俺は交わすのが少し遅れ、拳が頬をかすった。


「痛え!でもこれで正当防衛が成り立つぜ」そう言って相手の腹部にパンチを入れる。そいつは「うっ…」と息を漏らお腹を抑えし倒れ込む。


周りが「喧嘩だ!喧嘩だ!」と騒ぎ出している。


「桜子さん、後の事は俺一人で大丈夫ですからみんなと先に帰ってください」


「でも……」


「大丈夫です、早く行ってください」


そこへ倒れた男が立ち上がった。


「何もなかったんだ、お前も帰ってくれよ、俺も警察沙汰は困るんでな」


「すみません、これから気をつけます」桜子さんがお辞儀をする。


「こっちも悪かったから、もういいよ」そう言って社会人グループは去った。


「友希くん大丈夫?」桜子さんが俺の少し赤くなった頬を触っている。


少し痛かったが「何とも無いです」そう言って笑った。


その事件以来、桜子さんの近くにいても睨む人はいなくなった。

ついに俺は桜子さんの横のポジションを確保したのだ。

そして当然会話が増えた。


「友希くん、明日お昼を高田馬場で食べようよ、紹介したい人がいるんだ」


「えっ、どんな人ですか?」


「サークルのOBだけど、イベントの運営会社をやってるの、私そこでバイトしてるんだ」


「そうなんだ、だからアルバイトスタッフのマネージメントができるんだ」


「そうよ、このサークルから1人は必ずその会社でバイトするのが伝統なの」


「そうなんですか」


「とても面白い人よ、しかも同じ九州の人だし」


「いいですよ」


「じゃあ明日12時にビッグボックスの前で」


「はい」


翌日ビッグボックスの前にいると、桜子さんが少し無精髭がある優しそうなOBらしき人と現れた。


「こんにちは友希くん、OBの小宮さんよ」


「小宮です、よろしくでーす」微笑んでいる。


「一瀬友希です、よろしくお願いします」


「一瀬くん何が食べたい」小宮さんが聞いてくる。


「何でんよかです」


「うーん…………じゃあカレーかな」そう言ってさかえ通りのカレー屋さんへ向かう。店へ入ると、全て小宮さんが注文してくれた。

しばらくすると、バターチキンカレーとナンが運ばれてくる。


「なんでんよかって言ったから、ナンにしたばい」小宮さんは笑った。


「えっ!」俺は一瞬固まったがその後笑い転げた。


「九州弁ってなんかいいなあ……」桜子さんも笑っている。



すっかり打ち解けてカレーを食べた。


「友希くんさあ、私の後を継いで小宮さんとこでバイトしてくれない?」


「えっ、桜子さんはやめるんですか?」


「私は色々とあって出れる日が少なくなっちゃったのよ」


「そうなんですか……」


「だから、サークルで一番信頼できる友希くんに変わって欲しいの」


そう言われると嬉しくなって思わず承諾してしまった。

食事が終わると小宮さんのオフィスへ向かう。

桜子さんは用事があるらしく、にっこり手を振って帰って行く。

俺は小宮さんの会社でアルバイトすることに決まった。


桜子さんはそれ以来あまり大学に来なくなってしまった。


久々に会った桜子さんは、化粧が少し濃くなっている。

化粧なんてしなくても綺麗な人なのにどうしたんだろうと思う。

しかし会えて嬉しいのは事実だ。


「学食でお昼しない?」誘われて勿論ニコニコしながらついて行く、すると友達を紹介された。


「彼女は原友里香ハラユリカちゃん、私の親友よ、アナウンサーを目指してるの」


「こんにちは友里香です、あなたが噂の友希くんね」微笑んだ。


「えっ?」


「友里香!余計な事は言わないで、それより連絡先を交換して、イベントのMC《司会》の仕事が有ったら連絡してあげてね」


「あっ、そう言うことですか、了解です」連絡先を交換した。


「じゃあよろしく、邪魔者は消えるね」そう言い残して友里香さんは帰って行った。


「えっ?」邪魔者って………?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る