第2話  Aメロ【Verse】

始まった学生生活は、あっと言う間に何気ない日常に変化してしまった。

淡々とした日常はやがて色褪せ始める。

それでも事前に調べて決めていた音楽サークルへ入る事にする。

何か日常に化学反応が起きないか僅かな可能性に期待をしようと試みる。


叔父さんの影響で始めたブルースが俺のやりたい音楽だ。

初めてサークルのみんなの前で弾いた時は歓声が上がった。

ボトルネックでスライドギターを弾きながらブルースハープを吹いた。

歌は上手くないが、存在感はアピールできたと思う。

しかし、マニアックな音楽なので需要は少なく、バンドへの誘いも殆どなかった。


そんな中、1人だけ興味を示してくれた人がいた。

三年生の鳴宮桜子ナルミヤサクラコさんだ。

彼女を初めて見た時は言葉を無くした。

圧倒的なスタイルの良さ、小さい顔、吸い込まれそうな瞳、柔らかそうで少し赤みを帯びた髪、自分が知っている全ての誉める言葉を並べたとしても、全く太刀打ちできないほど綺麗な人だ。

恋愛にほとんど免疫を持っていない俺は、話しかける勇気さえ起こらない。

しかし、彼女から話しかけられてしまった。


「えっと……確か一瀬くんだよね?」


「えっ、はい!一瀬友希イチノセトモキと言います」


「そう、友希くんね」彼女は微笑んでくれた。


なんて可愛くて美しい唇なんだ………彼女から放たれた言葉さえキラキラと美しく感じる。


「今日のコンパに参加しない?何か用事がある?」


「な!何も予定は無いです!」


「じゃあ一緒に行こうよ」


「はい…」


奇跡が起こった、なんと桜子さんから誘われたのだ。

どうしよう………ドキドキ………俺の血液は沸騰し始めたような気がする。


桜子さんはピアノがとても上手だ、歌もびっくりする程うまい、声はとても心地よく響く声だ。ピアノで弾き語りをしたり、先輩たちのバンドではヴォーカルでとても煌びやかだ、当然サークルの女王様的存在なのだ。

色んなプロダクションから誘いがあるらしいが、プロになる気は無いらしい。


桜子さんはコンサートやイベントのスタッフマネージメントもやっている。

俺も興味があったので、参加したいと思ったが、声をかける勇気すら湧かなかった。


コンパに参加して、みんなと楽しそうに話している桜子さんを見てニヤニヤしてしまう。しばらくすると、なんと桜子さんが俺の前へニコニコとやってきた。


「友希くん、どうしてブルースを好きになったの?」


「えっと、おじさんが、アメリカに行ってブルースにかぶれて……それで習ったとです」


「なるほど……だからあんなに雰囲気があったのね……」桜子さんは何度も頷いている。


しかし周りは大笑いになった、生の九州弁と独特のイントネーションを聞いたからだろう。無理に標準語へ近付けようとした方言は自分でも笑えるくらい違和感があった。


「習ったとです!だって」先輩達が笑っている。


周りも釣られて笑い出す。俺は体温が急上昇するのを感じ俯く。


笑いはなかなか治らない。


突然桜子さんは「九州弁ってなんかいいなあ……」と微笑みながら呟く。


その瞬間、笑いは治った、そして俺の方言は認知された。

たった彼女の一言で、こんなにも変わるのかと呆気に取られる。


この事がきっかけになり、サークルの中に溶け込めるようになった。


「桜子さん、俺もコンサートのスタッフをやってみたかです」


「そうなの、じゃあ連絡先を教えて」


「はい……これが携帯の番号です」


「ありがとう、今度お願いするね」


「はい、よろしくお願いします」


両親が気を遣って、バイトばかりの生活にならないようにしてくれたにも関わらず、バイト三昧の生活になった。桜子さんから電話やメールがくる、それだけでも嬉しかった。

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