レイラさん、降臨2









 ”男姉ちゃん”というジャンルを知っているだろうか。おねえちゃんと読む。

 顔や体つきが女の子にしか見えない男の子、所謂”男の娘”が成長して大人っぽくなり、女性にしか見えない男のことを指す。


 初代『セクト・ストーリー』にてレイラというキャラを作った当時、何を思ったのか俺はそのジャンルにドハマりしていた。元々可愛いものが好きで、「男の子なのに可愛い女の子にしか見えないっていいな」的な思いから男の娘にハマり、派生して男姉ちゃんへ…。といった経緯だ。


 …改めて説明すると中々恥ずかしいな。性癖暴露みたいなもんだろこれ。


 まぁそんな趣向があり、レイラにはその趣味をこれでもかと詰め込んだ。出来上がったのがウェーブがかった金髪で、エメラルド色の瞳を持ってツリ目かつジト目で目の下に隈という、美人だが業が深い女装悪魔キャラ。我ながらいい出来だと思っているし、長年使い続けてきたから思い入れも深い。


 選んだ種族は悪魔族。闇魔法による搦め手やトリッキーな戦法を得意とする種族だ。

 とはいっても、俺はレイラを戦闘があまり得意ではない後方支援系キャラとして育成した。戦闘が得意なキャラはゲームを進めていけばいくらでも仲間になるし、レイラの造形が完成した時、医療系や研究者系の役職が似合うと思ったのだ。白衣を着せてみれば案の定似合っていて胸にキュンときたものだ。


 そういうわけでレイラは闇魔法と独自の植物魔法を使い、敵の妨害や味方の守護・救護、あとは後方にて薬品などの研究開発を行うキャラになった。物語の主人公としては少々地味な役割かもしれないが、こういう風に魔王軍の中で好きなポジションに就けるのも『セクト・ストーリー』の醍醐味だ。


「…魔法は問題なく使える」


 色々振り返っている間に転生してしまったレイラのスペックを調べた。身体能力は人間より明らかに高い悪魔族のものだったし、ゲームで使える闇魔法、植物魔法が問題なく使えることを確認した。どんな危険があるか分からない異世界で、ゲーム内とはいえ使い慣れた対抗手段があるのは心強い。

 リアルで魔法を使うのは初めてなのに、まるで呼吸をするようにごく自然と使えたこともありがたかった。これならいざという時に魔法を失敗してピンチに陥るという心配もなさそうだ。


「…ははっ、完全にオレはレイラってわけか」


 白衣の胸ポケットから手のひらサイズの箱を取り出し、その箱から薄いピンク色のタバコを取り出して口にくわえた。右手の人差し指をタバコの先に持ってきて念じれば、ボッと指先に火が灯ってタバコに点火する。炎属性に適性がなかったレイラが唯一使える炎魔法でこれが限界の火力。ちょうどタバコに火を付けるのにぴったりで、有効活用している。

 タバコを吸いながら、転生したという事実に乾いた笑みがこぼれる。あまり動揺していないのは本当に俺がレイラになってしまったからか。全シリーズの隠し要素を網羅する程やり込んで育成したレイラは、”精神力強化”のスキルも持っていた。そのおかげだろう。

 素のままの俺なら不安と恐怖と孤独から泣き叫んでいたっておかしくない。


 ふーっと煙を吐きながらこれからのことを考える。差し当たってまず人を探すべきだろう。この異世界でレイラとして生きていくことがほぼ確定したわけだから、情報がないことには始まらない。


「運のいいことに近くに”匂い”を感じる」


 悪魔族は人間の魂や精気も食糧にする。その関係で人間の気配を匂いとして察知することができるのだ。

 森の方からその匂いを4つ感じられた。清くて何とも美味しそうな匂いが1つに、えぐみが多くてあまり美味しくなさそうな匂いが3つだ。


「…行ってみるか」


 匂いの方へ駆け出してみると、凄まじい速度が出た。研究職のインドア派であまり運動が得意じゃなくても悪魔族、それも『セクト・ストーリー』全シリーズに渡ってレベルカンストまで育て上げたレイラだ。世界陸上の選手どころか新幹線すらも越えるスピードで匂いまでの距離をぐんぐん詰めていく。


「ちょっと速度落とした方がいいな」


 このスピードで突っ込んだら勢いとか風圧とかでえらい被害を与えそうだ。小走り程度に速度を大分落とし、目的地に到着する。

 そこでは、緑色の髪の糸目の女の子が、いかにも山賊ですと言わんばかりの格好の男達3人から逃げ回っていた。必死に走る女の子は道の石につまづいて転んでしまい、男達に囲まれる。


 何となく、その女の子がVファイブのエンディングの女の子に見えた。湧き上がってきた助けたいという衝動に従って行動を起こす。


「”樹生成ウッズ・バーズ”」


 俺が魔力を地面に這わせると、女の子の前に樹木の枝が生えて、女の子を殴ろうとしていた男の拳を防いだ。


「なっ!? なんじゃこりゃあ!?」


 驚いている男達を眺めながら、俺は悠然と歩いて近づく。


「…白昼堂々こんなところで何やってんだ? お前ら」


 戦闘時にレイラが見せる、気だるげながら少し苛ついた声が出る。相手は武器を持った屈強な男達3人だというのに、まったく恐怖心というものが湧いてこない。身も心もレイラになっている気がする。


「あまり気分悪いもの見せんじゃねぇよ」


「うるせぇっ! なんだてめぇ!」


「お、おい待て! こいつ……!?」


 女の子を殴ろうとしていた男が威嚇してくる。その男を隣にいたもう一人が止めた。そいつは俺の頭に生えている角や尻の尻尾に注目している。


「あ、悪魔だっ!?」


「嘘だろっ!? 何で悪魔がこんなところに!?」


 俺の正体に気づいた男達は先程の威勢はどこへやら。急に怯えだした。

 それにしても”悪魔”か…。ちょっと期待していたけど、ここが『セクト・ストーリー』の世界だという線は消えた。この世界ではどうか知らないが、悪魔族がきちんと一種族として認められていた『セクト・ストーリー』の人間なら、俺を見て”悪魔”とは呼ばないだろう。呼んだとしても一応共存していた過去があるからここまで怯えられたりしないはずだ。


 俺は男達をギンと睨みつけて威圧する。


「……失せろ」


「ひぃっ!?」


「逃げろっ!」


 男達は転がるように逃げていった。

 女の子の方へ振り返ると、彼女はへたり込んだまま俺に恐怖を孕んだ目を向け、後ずさりしていた。俺が一歩近寄るとそれだけでビクッと怯えて必死にもがく。


「ひっ!? こ、来ないで!」


 …これもエンディングと同じだな。

 俺はフッと笑ってしゃがみこんだ。


「騒ぐな。治療するだけだ」


「え……?」


 女の子は転んだ時に膝をすりむいていた。白衣のポケットから消毒液とガーゼを取り出して治療していく。

 この白衣のポケットは様々なアイテムが収納されている便利ポケットだ。決して無限というわけではないが大容量で、この白衣一つで数多くのものを仕舞うことができる。


「…あ、あの。助けていただいてありがとうございます…」


「気にするな。一応これでも医療部隊の隊長だからな」


 まぁ、裏切られて追放されちゃったから元が付くけど。元魔王軍幹部で女装男子の悪魔族、レイラさんです。


「さっきは怖がってしまってごめんなさい…」


「そっちも別にいい。これほど過剰ではないがよくあることだ」


 俺は闇魔法の一つ、”幻影魔法”を使った。俺の感覚は変わらないが、女の子には俺の角と尻尾が消え、耳が尖ったエルフになった俺が見えるはずだ。


「!? 姿が…!」


「これで怖くないだろ」


 姿を変える魔法は主に『セクト・ストーリー2』で使用した。情報収集のために人間側の勢力に入り込む場面があったからな。

 幻影魔法の効果はあったようで、びくびくしていた女の子の雰囲気が和らいだ。


「はい、ありがとうございます」


「お前こんなところで何やってたんだ?」


「街へ行くところだったんです。もう大人になったので村から出て街でお仕事を探そうと思って。弟も養いたいですし」


「それで、道中にあの連中に襲われたと」


「はい、そうです…」


 女の子はしょぼんと落ち込んだ。こうしてじっくり見ると結構可愛い女の子だ。

 頭にカチューシャを付けた緑色の髪は背中の中程まである長髪。糸目ではあるけど表情がころころ変わるから感情が分かりやすい。美人というより可愛い系の顔立ちの小柄な子で、素朴な村娘の服がよく似合っている。何とも庇護欲がそそられる子だ。


「じゃあその街にオレが送っていこうか」


「え? でも、いいんですか…?」


「ああ。オレももとより街に用があったんだ。旅は道連れだ」


「あ、ありがとうございます。私はルネスといいます。よろしくお願いします」


「オレはレイラだ。好きに呼んでくれ。よろしくな」


 こうしてルネスと一緒に街を目指すことになった。





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