レイラさん、降臨3













 街を目指してルネスと一緒に舗装された道を歩く。舗装と言っても前世の道路のようにアスファルトで固められているわけではなく、雑草が生えていなかったり馬車のものだという轍があったりと、人が地道に踏みしめて作った道といった感じだ。


 しかし、ルネスの歩く速度に合わせて歩いているのだが、一向に街が見えてこない。かれこれもう数時間歩いているのに、どこまで歩いても道、道、道だ。しかも道は森の中にあるから周りの景色も木ばっか。日の光が葉に遮られて薄暗い森の中では、だんだんとルネスがちゃんと街へ向かっているのか心配になる。


「なぁルネス。方向はこっちで合ってるのか?」


「もちろんですよ。村から一本道だと教えてもらいましたから、迷うはずがありません」


「そうか、ならいいんだが…」


 どうも心配だ。ルネスは雰囲気がぽわぽわしていてドジっ子の気配を何となく感じるから知らん内に何かをやらかしてそうだ。まあいざとなったら俺がルネスを抱きかかえて走るとか、俺が目覚めた川原まで戻って川を辿ってみるとか方法はあるんだが。


「それにしても遠くないか? オレはともかく、ルネスはもう疲れただろ?」


「えぇ…正直少しくたびれてきました。遠いとは聞いていたんですけど、ここまでとは思いませんでしたよ」


「…遠いと分かってたのに歩いて街に向かってるのか?」


 この世界のことなんてまったく知らないが、馬車があるなら乗せてもらって街に向かうこともできたのでは?


「はい。本当は弟と一緒に行商人の馬車に乗せてもらうつもりだったんですけど、その行商人が何かトラブルがあったのか村に来なかったんですよ。なので仕方なく弟を村に残して、私が先に行ってお仕事を探しておこうかと」


 いけると思ったんですけどねぇ、なんて暢気に話すルネスを俺はジトッとした目で見つめる。

 やっぱり俺のカンは当たってた。ルネスはポンコツ気味の女の子だ。何がいけると思っただ。馬車で行くような道のりを女の子一人で歩いていこうとするなんて無謀にもほどがある。現にさっき山賊的な連中に襲われてたし。弟を村に置いてくる理性があっただけまだ救いか。


 ポコンとルネスの頭を軽く殴る。


「いたっ!? 何するんですか!?」


「迂闊すぎるだろお前。少し反省しろ。オレが通りかからなかったらどうするつもりだったんだ」


 俺がそう言うとルネスはばつの悪そうな顔をして引き下がった。口からタバコを離してふーっと煙をルネスに吹きかける。


「けほっこほっ! レイラさん?」


「世の中には悪ーい大人がごまんといるんだ。精々気を付けな」


 ルネスはしばしポカンとした後クスリと笑って元気を取り戻した。よし、ルネスを心配して怒ったわけだけど、それで落ち込まれると二人旅だから気まずくなってしまうからな。良かった良かった。








 その後歩きながらルネスにこの世界について話を聞いた。

 やはり予想通り、ここは『セクト・ストーリー』の世界ではないらしい。全く知らない剣と魔法のファンタジーの世界だ。ルネスの口から出てくる街や地名、国の名前に全く聞き覚えがなかった。

 ルネスが住んでいるのはアルスラン王国、そして今向かっているのはウィーブラという街だという。港町ポルシェルトから王都までの通り道にある街で、運輸の中継地ということでそれなりに栄えているそうだ。


 また、この世界の悪魔について聞いてみた。やっぱりこちらも『セクト・ストーリー』のものとは全然違う。

 同じファンタジーの世界だからか、姿や悪魔という呼称は同じだが、扱いは別。

 『セクト・ストーリー』では一時期は人間の良き隣人だったことからちゃんと種族として認められていたが、こちらでは完全に魔物扱いだ。この世界の悪魔は通常、”魔界”という現世とは違う世界に生きていて、闇魔術に伝わる特別な召喚術を使用することで召喚する。一度召喚された悪魔は深淵の闇の魔力で人々を弄び、気の向くままに破壊を楽しむ恐ろしい存在だという。

 不慮の事故や人間の欲望などによって悪魔が召喚されると、上位の冒険者達や国の軍、高位の聖職者達などが集い、大規模な作戦を実行してようやく討伐できるのだという。


「ふ~ん、そうか。随分と仰々しいもんだな」


「…レイラさんも悪魔なのに、知らないんですか?」


「オレはもうとっくに勘当された身だからな。あっちの事情は知らないんだよ」


 本当は元々こちらの悪魔のことなんぞ知ったこっちゃないが、そういうことにしておいた。色々と説明するのも面倒だし、信じてもらえるとも思えないしな。

 ただルネスの表情が少し曇ってしまったのは失敗だった。あの、ルネスさん? あまり深刻に受け止めないでね?  確かに嘘は言ってないんだけど、こっちの悪魔とは関係ないし、ルネスさんが悲しむことは何もないんだからね?







 その後も歩き続けたが結局街には着かず、夜になってしまった。ルネスは大体お昼頃に村を出発したそうだから、6時間くらい歩いたことになるのか。やっぱりこの距離を一人で歩いていこうとしてたルネスはちょっぴりアホの子じゃないかと思う。


 その辺に落ちている枝を集めて炎魔法で火を付けて焚火を作る。食料はルネスが村から持ってきていたようで、肩から下げたカバンから干し肉を取り出して俺にも分けてくれた。干し肉なだけあって硬かったけど、塩気が効いている上に噛めば噛むほど味が染み出てきて意外と美味しかった。転生した世界の食べ物が口に合わないことが小説などではよくあるが、俺の口にはちゃんと合ったようで安心した。


 さて、夕飯も済ませたので後は寝るだけだ。寝る時間にはめちゃくちゃ早いと思うけど、今日はずっと歩き通しだったわけだし、眠気もすぐに来るだろう。

 俺は白衣を脱いでルネスの方へ放り投げる。


「見張りはオレがやってるから、ルネスはもう寝な」


「え? でもそんな、悪いですよ」


「いいから。オレは一晩くらい寝なくたって平気だ」


 夜更かしは前世でも得意だったし、レイラの身体は丈夫だ。一晩寝なくてもどうってことないだろう。それにルネスの話ではこの辺りでも数は少ないけど魔物が出没するらしい。夜の間に襲ってきたら俺がルネスを守らねばなるまい。


 俺がそう考えているとルネスがフフッと笑った。


「どうした?」


「いえ。レイラさん、何だかお姉ちゃんみたいだなぁって」


「オレが?」


「はい。私、村の子供達の中で一番の年長で、いつも面倒を見ていたんです。もちろんあの子達は可愛いですし、好きですから特に苦ではなかったんですけど…。『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って甘えてくるあの子達を見ていると、たまに羨ましくなってました。私にも思い切り甘えられるお姉ちゃんがいたらなって」


「…そうか」


「だから嬉しいんです。私を心配して叱ってくれたり、こうやって守ってくれたり。最初は怖かったですけど、格好良くて綺麗で優しくて、レイラさんは私にとってお姉ちゃんみたいな人なんです」


「………」


「あの…レイラさん。お願いがあるんですけど…」


「…何だ?」


「”お姉ちゃん”って、呼んでもいいですか?」


「…ああ、好きに呼ぶといいさ。だがなルネス、一つ言っておかなければならないことがある」


「? 何ですか?」


 俺は右腕を膝の上に乗せて頬杖をつき、ニヤリと笑って言ってやった。


「オレはオスだ。」


「……………え?」


 あ、ルネスがビシッと固まった。再起動するまでの間焚火に枝を2、3本投げ込んで待つ。20秒くらい経ってからルネスは思い切り叫んだ。


「えええええっ!? レイラさんが!? 男の人!?」


「おう、そう言ったろ」


「いやだって! 何でそんなに綺麗なんですか!? それにその服は!? 男の人が着るものじゃないですよね!?」


「趣味だ。似合ってるだろ?」


「似合ってます! 似合ってますけど! 待って、そんな…! ええっ!?」


 オロオロと混乱するルネスを俺はただニヤニヤして眺めていた。こういういい反応をもらえると女装男子をやっている甲斐があるというものだ。

 最終的にルネスは、「あれはレイラさん。もはや男とか女とか関係なく、性別がレイラさんっていう生きもの。だから私のお姉ちゃんなことに変わりはない」とぶつぶつ呟いて自分の中で整理をつけたようだ。混乱から元のルネスに戻って、今は頭を俺の太ももに乗せ、白衣を掛け布団代わりにして気持ちよさそうに寝ている。

 俺が男だと分かってもお姉ちゃん呼びは変わらず、距離感もそのままでいくらしい。いや、姉とみなした分縮まったように感じる。


「すぅ…すぅ…。えへへ…お姉ちゃん…」


「フッ、まったくしょうがないな。この妹は」


 その夜、俺はルネスの緑色の髪を優しく撫でて過ごした。













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