女装悪魔のレイラさん
もこみる
レイラさん、降臨1
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__そこは戦場だった。
武装した人間と魔族の軍勢が、入り乱れて血と肉をまき散らしながら戦う。顔に互いへの憎しみを滾らせながら、一人でも多くの敵を殺し、生き残るために戦う。
__もう一度言う。そこは戦場だった。
例え誰であろうとも、怯えを抱き、背を向けた者から命を奪われる。そういう場所だ。
「きゃあっ!」
それは、赤子を抱えた小さな女の子であっても例外じゃない。
戦場となったのは魔族領と人間の王国の境目にある村だ。以前から魔族に攻め込まれることが懸念されていた村だったが、それが現実になったのだ。村が属する王国としても、ここを占領されて王国侵攻の足掛かりにされるわけにはいかない。すぐに軍を派遣して迎え撃つことになり、この戦場は作られた。
戦いが始まる前に村の住民は避難したはずだが、この少女は逃げ遅れてしまったのだ。生まれたばかりの弟を連れてこの場から逃げようとした少女だが、どこからか飛んできた矢の一本が足に刺さって転んでしまう。
周りは鬼気迫る表情で命を奪う人間と魔族の兵でいっぱい。早く逃げ出したいのに、足の痛みと恐怖で動けない。
「…大丈夫か、お前」
そんな少女に、声をかける者がいた。少女がその声の方へ振り返ると思わず悲鳴を上げる。
「ひっ!?」
少女に声をかけたのは悪魔族だった。
肩を少し越えたくらいの金髪、よく言えばウェーブがかかっていて悪く言えばボサボサ。エメラルド色の瞳を内包した目はちょっと鋭いつり目気味でそれでいてジト目、さらに目の下に隈がある。右の頬に一本、切り裂かれたような傷跡があり、両耳の少し上辺りの側頭部からはくるくると巻かれた羊のようなツノが二本生えている。さらに腰に生えた、先端が矢印のように尖った細くて黒い尻尾がゆらゆら揺れている。
見た目は麗しい悪魔だ。だけど、戦いに素人の少女でもわかる、言葉にできない雰囲気を持っている悪魔だった。間違いなく上位の存在だと分かる程に。
加えて言えば、その服装も戦場に不似合いで悪目立ちしている。
ノースリーブの黒いタートルネックにデニムのような生地のホットパンツ、太ももまである白いニーソが絶対領域を作り出し、足は茶色のローシューズを履いている。そしてその服装の上から裾がふくらはぎまで届く白衣を着ていた。
その悪魔は、少女が恐怖で後ずさりすると、少女の矢が刺さった足を見て歩み寄ってくる。
「やっ、やめてっ! 来ないでっ!」
「騒ぐな。治療するだけだ」
少女が必死にもがいて逃げようとしていると、悪魔はしゃがみ、少女へ優しく声をかけた。女性とも、男性とも取れる、低く落ち着いていて安心感を与えてくれる声。その声に少女が動きを止めると、悪魔はその間に足の矢を抜いてくれた。少女になるべく痛みを与えないよう慎重に引き抜き、白衣から消毒液と包帯を取り出して言葉通り治療をしてくれる。
「よし、ひとまずこれでいいだろ」
「あ、ありがとう…」
「気にするな。医療部隊隊長として、戦場のケガ人を治療するのは当たり前のことだ。それよりもお前ら、何でこんな所にいる? 見ての通りここは戦場だぞ?」
「あ、あの…私達、逃げ遅れてしまって…それで……」
「あぁ、まぁ、そんなことだろうと思った。よし、オレがここから逃がしてやる。ついて来な」
「え……? でも、いいの?」
「いいって。子供の命が掛かってるのに魔族だの人間だの言ってる場合じゃないだろ?」
その悪魔は少女と手を繋ぎ、戦場の村から遠く離れた森まで連れてきてくれた。もう戦場の悲鳴も、怒号も、血が飛び散る音も聞こえない。あとはここから東へ真っ直ぐ歩いて行けば隣の街に着く。
「あ、あのっ、本当にありがとうございました! 悪魔さん」
「ああ、もう逃げ遅れたりすんなよ」
少女は悪魔に頭を下げ、街の方へ走っていった。悪魔はそれを見送り、白衣の胸ポケットから薄いピンク色のタバコを取り出して口にくわえ、火を付ける。
魔族に属する者として、子供とはいえ敵対している人間を助けるのは褒められたことではない。だがそれ以上に、無垢な子供が戦場で散っていくのを見るのは気分が悪かったのだ。
__ザンッ!!
「っ!?…………ゴホッ!?」
命を助けられた少女にとっては悪魔は救いの存在だっただろう。だが、それを同族である魔族が見逃すかどうかは別問題だった。
突然背後から大剣で貫かれた悪魔は大量の血を吐き、地面に倒れ伏す。悪魔の後ろには、筋骨隆々の身体と額に一本生えた真っ直ぐの角が特徴的な鬼のような種族、オーガの男が立っていた。
オーガの男は大剣に付着した血を振り払いながら地面の悪魔を見下ろす。
「ああ、レイラ様。貴方が敵に情けをかける腑抜けたお方で良かった。これで私達が魔族の指揮を執れる」
「……ゲホッ」
「まぁ、私も貴方に命を救われたことがある。とどめは刺さないでおいてあげましょう。どの道、貴方にはもう
レイラと呼ばれた悪魔は今の不意打ちで致命傷を負ってしまい、言葉も口にできない。ただ薄れゆく視界で、オーガの男の歪んだ笑みをじっと睨みつけていた…。
▲
「はぁ~…」
もう何十回見たかも分からない『セクト・ストーリー
__戦場で傷ついた人間の女の子を助けてしまったばかりに、仲間意識が強い魔族の味方から裏切られてしまう。
シリーズの5作目で主人公が迎えるその衝撃のラストは、何度見てもプレイヤーに後味の悪さを感じさせると共に、もう出ることのない続編を求める気持ちが湧き上がってしまう。
『セクト・ストーリー』は、2000年代初期に第1作目が発表されてから20年近くに渡って人気を博したアクションRPGゲームだ。舞台は剣と魔法のファンタジー世界。主人公は人間側に属する勇者なのかと思いきや、魔王軍に属する魔族であることが当時話題を呼んだ。”主人公が正義で、敵が悪”という王道を真っ向から覆したわけだからな。
プレイヤーは悪魔族や吸血鬼、魔女、オーガ、妖怪など、他のゲームなら敵になるであろう種族から自キャラの種族を選び、容姿をクリエイト、自分の分身として物語の主人公を作って操作し、魔王軍の一員として生活していく。
このゲームの特徴は、前作まで操作していた自キャラを次のシリーズへ持ち越せることだった。もちろんシリーズごとに新しい主人公を作ることもできるのだが、キャラクリエイトをして育成した思い入れのある自キャラを持ち越すことで、よりストーリーを深く味わうことができる。
深いストーリー性とその独自のシステムが話題を集め、人気作となった『セクト・ストーリー』シリーズ。
俺もどっぷりハマって隠し要素もすべて網羅するほどやりこんだゲームなのだが、残念なことにこのシリーズは完結していない。今見た『セクト・ストーリーV』の、今まで一緒に戦ってきた魔族の仲間に裏切られるエンドで終わってしまっている。
物語の概要を語ると、元々人間と魔族は敵対していなかった。むしろ人間の王が、自国の政治を円滑にするために魔族側に依頼して定期的に混乱を起こさせたり、魔族側も人間に力を貸す代わりに対価をもらったりと良い関係を築いていた。
しかし、時代が進むと次第に人間達は魔族の持つ力を恐れるようになり、バラバラだった国々が結託。それまで共生していた魔族達に攻撃を仕掛けた。これにより、人間と魔族は対立するようになってしまったのである。このせいで、魔族は全体的に突然手のひらを返した人間を毛嫌いし、同族の魔族をとても大事にしている。
誇り高い魔族の一員として、魔族達と生きてきた主人公も同じ気持ちだった。だけど主人公は、人間に対する優しさを捨てきれないでいて、ある戦場で見かけた人間の女の子を助けてしまい、それを許せなかった味方に不意打ちされてしまう…。
これがVまでのざっくりとした概要だ。エンディングを見ると、どう見てもここから新たな章が始まる予感がするのだが、このゲームの製作を担当した監督が製作会社を退社してしまった。社長が変わって社内の動きも変わっただとか、ややこしい大人の事情があったらしいのだが、とにかく『セクト・ストーリー』はこの中途半端な状態で終わってしまったのだ。
当然『セクト・ストーリー』ファンは嘆いた。俺もそうだ。
第1作目からVまで、多くの時間を費やしてやり込んできた大好きなゲームなのだ。これからも続いて欲しかったし、監督が思い描いていたエンディングをちゃんと見たかった。
今ではこのゲームの最終作は幻のものとなり、ネット上で様々な憶測が飛び交っている。主人公を不意打ちしたオーガの意味深な発言から、魔王がすでに殺されており、暴走する魔族達を主人公が止める展開や、味方に裏切られたことに激しく憎悪した主人公が人間側について復讐する展開など、色んなIFの続編がある。
その辺りの二次創作も手当たり次第読んでみたものの、やっぱりモヤモヤは消えない。俺達ファンが見たかった監督の最新作はどこにもないからだ。
「あ~あっ!」
ゲーム機をシャットダウンして、俺はボフッとベッドに倒れ込んだ。俺が1作目から心血を注いで育て上げたキャラの”レイラ”。その物語がせめて夢の中だけでも見られることを願って眠りにつく…。
チュンチュン……チュンチュン……
小鳥の囀る声が聞こえ、ゆっくりと目を覚ました。目を開くと、鼻先に止まっていた蝶が青空へと飛び立っていく。ひらひらと舞い落ちる緑の葉っぱに涼し気な水の音。どうやら俺は森の中にある川のほとりにいるようだ。
「…何だ、どういう状況だこれ…」
困惑しながらもゆっくり体を起こす。確かに俺は自分の部屋のベッドで眠ったはず。それがどうしてこんな自然の中で目を覚ます事態になるのか。
「ん? あれ……?」
俺は自分の出した声に違和感を覚えた。俺のものであるはずの口から出た声は明らかに俺のものとは違う。男とも女とも取れるような冷たい印象ながらもどこか温かみのある声。
…すごく聞き覚えがある。
「! この格好は…」
仰向けの状態から上体を起こしたことで今の自分の服装が目に入った。それは見慣れた俺の部屋着とは明らかに違う、それでいてまたすごく見覚えのある服装だ。ノースリーブの黒いタートルネックにデニムのような生地のホットパンツ、太ももまである白いニーソが絶対領域をつくり出し、足は茶色のローシューズを履いている。そしてその服装の上から裾がふくらはぎまで届く白衣を着ていた。
「まさか……」
ある考えに思い至った俺は四つん這いで川へ向かい、恐る恐るその水面を覗き込んでみる。川の流れが緩やかで、水面が平面に近かったので覗き込んだ俺の顔をしっかり映してくれた。
「……まじか」
水面には、頭に羊のような角を生やした金髪の、目の下に隈を作ったツリ目でジト目の悪魔。
俺が長い時間をかけて育て上げた自キャラ、”レイラ”が映っていた。
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