第18話 北の極みの尊 憔悴から新たな使命へ
少し時間を戻さねばならない。場面は変わって・・・
此処はUSBB大統領夫人の自室。クリス大統領夫人と世間では通っているこの婦人。実はレディー・ナイラ。異形の者たちの間では知らぬ物無き龍神である。鬼達からは恐怖のナイラと呼ばれている。そして、元カレは北の極みの尊で、彼に見切りをつけ、レナード・クリスと言う人間と恋に落ち結婚したのだった。
クリスはUSBB大統領にまで上り詰めた。実は彼女の力でクリスを大統領に押し上げたのだった。彼をこの世界の
以前、彼女は龍神の能力についてよく伝えられている、空を翔けたり、テレパシー等だけではなく、未来を見る事が出来た。遠い昔のある日、彼女は地獄に住む者の企みを予知した。地獄の者が彼女に取りつき同化したのち、この世も地獄並みになることを。地獄を支配している魔王のアイデアである。
さすがの彼女も、魔王相手では勝ち目はない。レディー・ナイラはその能力の一部、『未来の予知』を、誰も知らない南国の島に住む少女に移した。そして東の島国に住む少女を見て、レディー・ナイラが持っていた、『愛と希望』をその小さな少女に移した。もしも地獄の者に取りつかれたなら、自分が持っている最大の強み、『愛と希望』が無くなってしまうだろう。その時まで、このレディー・ナイラから周りにふり注がれていた『愛と希望』は、その小さな少女に移したことにより、彼女の周りの者にふり注がれる事となった。
それからの彼女は厳しい龍神となり、不実な彼氏、北の極みの尊のいい加減さに、我慢できず、段々関係は薄れて行った。
そして今、レディー・ナイラは生のままの強い寝酒を飲みながら、辺りに漂う不穏な情勢を嘆いていた。そこへ珍しい事に、元カレ、北の極みの尊がやって来た。翔たちが日の国で、奮闘中の時の事である。
「まあ、珍しい事。どういう風の吹き回し」
「久しぶりだね。レディー・ナイラ。まだわしの事を覚えていてくれたとは光栄の極みじゃ。おや、良い酒をもっておるのう。いやいや、今日は酒はいらぬ」
「まあ、どうなさったの。何かありましたか」
予知能力は無いものの、何時になくと言うより、全く初めての真剣な北の極みの尊の様子に、只ならぬ事を感じるナイラ。
「恥を忍んで言うのだが、主、人間どもが好いておる金を大部お持ちの様じゃな。わしも、今から言うような事、主が取り合う云われはない事は重々承知しておる。じゃが頼まねばならぬ事情が有ってのう。はっきり言おう。金を貸してくれ。あては主しかおらぬ。言っておくがの」
「まあ、そうまで頼まれては、断る訳にはいきませんねえ。それで、如何程、ご入用でしょうか。良いのですよ。少々の額ではない事はお察ししますわ。御遠慮なくおっしゃって」
「それが額は分からぬ。実はオークションで必要なのじゃ。主も聞いた事は有ろうが、大露羅にわしが与えた御神刀の行方が分からず、甥の紅の新しきせせらぎの尊が難儀しておってな、わしも何とか加勢したいと思うておった。所がじゃ、主の国におる世界的巨大企業の長、例の輩じゃ。あ奴の宇宙進出記念オークションとやらに、御神刀が出される事が解ったんじゃ。そうよ、奴が持って居ったんじゃ。奴の倉庫は妙な装置が有って、わしらには入れぬし、中の様子も分からなかった。それで今まで気づかず、大失態じゃ。だが、今度のオークション出品の品がネットに出ておってな。それを、焔の童子、あの仇ぞよ。主も知っておる様じゃな。あ奴の欠片の入った奴がそれを見て、競り落とすつもりでおる。だが、そうはさせるものか」
「そうですよ。そう言う事なら如何程でも。御用立てします。いえ、そうだわ。私が全て払いたいと思います。今銀行に入れている額を超えるなら、ナイラ伝来の財宝を売ればよいのです。あんなもの今まで何の役にも立った事がありません。こういう時のために使わなくては」
北の極みの尊はレディー・ナイラが思った以上に協力的で大喜びである。手配を取り付け意気揚々と、北極の住処に帰った。オークション用のパソコン一式、有難く頂戴し、スタッフまで用意してくれて、その上、引き取りの手配までスタッフが準備してくれる事となった。
〈こう上手く行くと、嫌な予感がしませんか。翔なら出来過ぎていると感じる所でしょう。ところで何故、大勢さんで北極迄戻ったのかというと、そのオークションの倉庫が、北極圏にあり、競り落とした後、もらい受けるのにも都合がよかったからです。それにしても以前の話から、結果はわかっていますよね〉
ところがオークション当日、北極圏に何故か大規模な宇宙線が降り注ぎパソコンが誤作動を始めたのだった。つまり肝心なところで通信不能である。御神刀は地獄の輩、焔の童子の手中に収まってしまった。
レディー・ナイラの怒りは如何ばかりか。北の極みの尊は氷の中に逃げ込み、後の始末はスタッフに任せた。ナイラには『わしの責任では無い』と言伝したようだ。ナイラの自宅から落札すれば良かったのではと言うのが、結果論だが。しかしそれについては、北の極みの尊には、彼女の夫への遠慮があり、一案としてはあったのだが、却下されていた様である。
「どいつもこいつも、能のないものばかり。北の極みなど当分顔も見たくないわ」
怒り心頭のナイラの様子に気付いた大統領、
「どうしたのかな、酷くご機嫌が悪そうだね」
「レナード、あなたにこんな話をして、心配させたくは無かったのですよ。でも気付かれてしまいました。こうなったからには、お話ししない訳にもいきませんね。驚かれるかもしれませんが、今からお話することは、全て事実です。そしてもうすぐ、良くない事が起こるでしょう。もしやあなたの身にも、関係してくるかもしれません」
レディー・ナイラはレナードに隠していた事を、自分の素性から、今起りかけている事迄、全て包み隠さず話す事となった。北の極みの事についてだけ、元カレと言う事は伏せておいたのだが、聞き終わったレナードは、
「そう言う事なら、そうそう元カレを怒ったところで仕方ないさ。北極ではそういったリスクはある。だが落札した後の受け渡しの事を考えれば、君たちの手筈に問題があったとは言えないね。オークションの時期に、宇宙線が多量に降り注いだのは不可抗力だ。私が考えても、おそらく倉庫近くまで行っておき、落札後速やかにその御神刀を手に入れたいと思うね。これは仕方ない。元カレの事は許してあげなさい。これからも、何かと対応を相談することになるかもしれないからね」
本命の彼にはすべてお見通しで、これから先の事も予想する、さすが、この世界の長となるべきお方である。
そして、すべてを大統領が知った夜の翌日の事である。夫婦で参加したパーティーに付いて来ていたSPの中の一人が、鬼らしい事に気付いた、レディー・ナイラ。仰天して思わず北の極みの尊に助けを求めたのだった。ご機嫌を損ねさせたと思い、すっかりしょげていたが、そうでもなかったのかと気を取り直し、はせ参じた北の極みの尊である。初老のちょっとダンディーと見えなくもない人間に姿を変えて、パーティーにあっという間に表れた。そこは医療施設のチャリティーパーティーで、参加者は寄付さえすれば、誰でも入ることが出来た。その為、SPが居るのだが。北の極みの尊も気安く参加できた。寄付金はレディー・ナイラの例の金である。
レディー・ナイラは北の極みの尊があっという間に表れて、とても嬉しがった。大いに彼のお株は上がったようだ。少し気まずかったが、大統領とも昔からの知り合いの様に接しておいた。横に居た、焔の童子の欠片の入っているロン・ロックとも、お互い確認し合った。睨み合う二人。こういう場なので御神刀は家に置いて来ているロンだが、お互いその件も確認できていた。北の極みの尊は、ロンがレディー・ナイラを、あの刀で殺す気でいることに気づいた。その事はレディー・ナイラも知る事となった。昔の予知とは違っている事に少しほっとする。
『ほっとするとはどういう了見じゃ』
呆れる北の極みの尊。
『それが、以前の予知では魔王に取りつかれる事になっていたの、だから私、予知能力や愛と希望を人間の女の子たちに移したのよ』
その様子をテレパシーで彼女から送ってもらい、驚愕する北の極みの尊。しかし今はロンと睨み合っていたので、その驚きは胸にしまっておいた。今回は睨み合うだけで終わったが、命を狙っているのが判ったからには、元カレとしては放っておくわけには行かない。北の極みの尊は本命の彼に事情を話し、レディー・ナイラのボディーガードに任命してもらった。
ところで、実は北の極みの尊と、今では黄泉に居る北の大露羅の尊、兄弟はテレパシーで繋がっていた。いつもでは無いが、必要な時にはお互い連絡できる。この世と黄泉の国とに分かれていてもだから、相当な力と言えるだろう。そして南国の島の少女の話を知った黄泉の国の大露羅パパがあたふたしていた。何とあの強烈兄弟は彼の子孫だったのだ。そして東の島国の少女とシンの子孫は翔達と、これまた強烈兄弟達でもある。そう言う訳で、この事が発覚した後、大露羅パパは黄泉に来てテレパシーで繋がっているはずの翔に、必死で連絡していたのである。と言うのも、御神刀の力は妙な倉庫に入っていた為、不安定にもなっていたのだ。それにしてもこの事、シン達みんなは判っているのだろうか。
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