第17話 本当の姿を現した紅の新しきせせらぎの尊
ホテルのスィートに戻り三人で温泉に入った後、お疲れさんと、自室に行こうとした翔だが、シンがまだ居間にいるので、ふと様子を窺うと御神刀を抜いて、じっと見ている。翔も抜き身の刀を見ていると、どうやら輝きが増しているので、霊力で手入れをしていると見た。さぞ切れ味が良くなったことだろう。少し寒くなって、慌てて自室に引き上げた。あまり眠れず夜中に起き出してみると、笑い声のようなものが聞こえた。居間を見ると、烈と不思議な顔の奴が頭を突き合わせて下を見ている。しかしよく見ると、不思議な顔とはシンの笑っている顔だった。そう言えばシンの笑った顔など見た事は無かった。あれが笑った顔かと思い、何をしているのかと観察すると、烈と碁を打っている。と言っても紙に格子を書いて、白丸と黒丸を付けていた。驚きの光景だ。烈が振り返って、
「俺は碁なんて高尚なものは分からん、五並べだよ」
と言い出し、又呆れた。やけに機嫌がいいシンに、気になっていた事を聞こうと思った。
「最近、シンはオーロラパパと交信できるようになったんだね」
「出来るはずなかろう。お主から聞いたぞ」
「はあっ」
「お主は聞こえてなかったようだな。父上がしきりに主に言うておるようだから、我が代わりに聞いた。あの事情をな。父上は話が通じたかご心配の様じゃったが、先ほどの雲が沸いた様子から、安堵しておられるだろうぞ」
翔は、『違うだろ、その解釈は』と思ったが、ご機嫌なので放って置いた。とぼとぼ自室に引き上げようとしていると、強が出て来た、来いと言うので強の部屋に行くと、
「シンはやけにご機嫌だろ。明日は、多分決戦だな」
「そうなのか」
翔はぼんやり強の話を聞いていた。
「焔の童子の事じゃあないぞ。あいつは力が失せて直ぐ片が付く」
「じゃあ誰と決戦なんだ」
「お前、俺らが休憩している時、シンとやっつけたのが居たろう」
「ふんふん」
「お前、けろっと帰って来たが、シンは妙に疲労していたろう」
「うんうん」
「あれは地獄を支配している主要メンバーの一人だ」
「主要メンバー?」
「多分な。だから次のが来る。もっと強敵がな。あいつ、相打ちになると、覚悟しているぞ」
「相打ちになりそうなのか。それでご機嫌だって?俺らはどうなるのかな」
「次のがシンにやられたら、多分地獄の計画は中止になると、大露羅様が言ったそうだ。つまり明日、相打ちの暁には、シンは晴れてご両親との再会だ。と言う訳で上機嫌なのさ」
「そんなあ。リラも居ないのに」
「リラが居ないから。都合が良いのさ。余計な心配がない」
「もう、寝てられないや。さみしくなるけど、シンが幸せになるなら良いよな。俺もせいぜい加勢しよう」
「お前、不思議な奴だな。だから何にでも勝つんだな」
次の朝、意気洋々と、シンは三人を従え焔の童子本体を退治に出発である。岡重家に到着すると、息子の部屋に皆で押し掛ける。学校へ行こうとしている所へ、霊魂の三人と一龍に取り囲まれ驚愕の中学生である。
俺らが見えるのか。翔は同化を疑った。
だが、シンは取りついた焔の童子を呼び出した。焔の童子、一応飛び出し、一応、炎で襲おうとしたと言っておこう。うんもすんも無いと言う表現は差し控えたい。仮にもシンの御両親を死に追いやった鬼である。とは言え、シンに御神刀で、あっという間に退治された。御神刀の威力、ハンパないと言う所だ。シンは帰り道で、
「案外、あっけなかったのう」
と感想を述べた。いつぞやの、翔の台詞の真似のようである。
その瞬間、ぼわあわぁぁんと何かが地底から出て来た。この前と同じ展開だ。シンは御神刀を構え闘気を満身にまとい、迎え撃つつもりのようだ。翔はシンの後ろから(一応隠れて)、シンが見ているらしいところを睨んだ。心の中で、
「がんばれシン」
とエールも送っておいて、しげしげとにらんだ。強烈兄弟も、エールを送っている。それしかできないし。しばらく睨み合うと、翔は後ろでシンの疲労を感じてしまう。もうお疲れか。これでは相打ちに出来るのか、疑問が湧きそうになる。いやいや、そんな考えを浮かべてはならない。打ち消したその時、ぶうぁあぁぁんと、何かがこっちに襲い掛かって来た。その何かは、翔たちの体の中を通り抜けて行った。
「ひっ」
どうなっているのか、さっぱり分からないうちに、次々、ぶうぁおおん、ぶうぁあぁぁん、ぶうぁおおん次々に通り過ぎていく。そのうちに翔たちは、体に力が無くなって行くのが判った。霊魂なので、大体力は無いのだが、イメージとして、実態があるときのつもりのままだった。だが今はなにも無くなったようだ。
「俺は今どこに?」
と言う感じ。翔は気付いた。ばらばらに飛ばされてしまった。シンの方に意識を向けると、相変わらず、御神刀を構えて対峙している。それだけで尊敬に値する。今まで失礼な、ボロクソの対応だったのが悔やまれる。だが思い出した。リラの言っていた事を。シンはそんな事、望んではいないんだった。応援だった。
「がんばれシン」
心の中で叫ぶしかない。それだけ?まだやらなければ。何かを。だけど何を。俺の頭どの辺にあるかな。体もどっか行っちまった感じ。頭、とりあえず、探そう。考えなけりゃ。えーと、えーと、えー。
そうだった、この前は実態が見えて来たのだった。実態が判って来たのだった。このまま見えないのは不利だ。翔は、ひょろひょろシンの後ろに着き、
「出て来いよ、怖いのか。俺様が」
と言ってみた。シンの後ろにいるのが心苦しいが。すると姿を現した。挑発に乗りやすいタイプと見た。ひょろおんとした、のっぺらぼうのようである。
「何だよ、大したことない奴。けっ、今まで何喰っていたんだ。大丈夫か、帰って寝てろや」
すると、一回りデカくなる。一々、反応して来る。
「お前、風船か。空気入れたな」
翔はまた言ってしまった。やはりバージョンアップはおしゃべりだったらしい。
「どうも、しゃべりが止まらないな」
自分で解説する。
「空気じゃなくて、筋肉はどうした。分かった。お前、人の魂を食うんだろ、そんな話どこかで聞いたな。そんなもん食って力が出るか、バカめ。どうせお前に、恨み、つらみのある奴が食いもんじゃあないか。力が出せるはず無いだろ。お前、中から終えるぞ。あほー、あほー」
あたりまえの事だが、こいつが食ったものを検証の上の台詞ではない。人にダメージを与えるには事実無根、嘘八百が基本である。もしそんなダメージを受けた人の魂を食って大きくなったのなら、中から終えるという翔の言葉も、当たらずといえども、遠からずだ。シンの後ろからしゃべり続ける翔である。そうこうするうちに、シンの闘気が増してきたような気がする。ちょっと安心出来た。しかし、この地獄の主要メンバーは、翔にご立腹と見た。どうする、翔。その時、翔は思い出した。いつかシンから恐怖心が良くないと聞いていたし、怖がらなけりゃ良いんだと思った。と言う訳で、
「けっけっけっ」
と笑ってみた。そうすると、鬼猿に取りつかれた時の事を、思い出した。可笑しくも無いのに笑った事だ。しかし、何だか今は可笑しくて笑えて来た。あんな猿に取りつかれる自分が可笑しくなる。いわば、思い出し笑いと言うものだ。
「ぷっふぁ」
思わず吹き出す。我ながらどうかしていると思う翔。
『何が可笑しい』
頭の中に入って来る。さすがにこれは不味いと思った翔。
「うわっ、出てけ」
慌てて、出て行ってほしくなると、
「ギャッ」
翔のご希望に答え、出て行った。実は地獄の輩は、清浄な物に近づくと力が失せてしまう。すかさずシンは御神刀を振るった。シンを跳ね飛ばす地獄のメンバー。しかし急所を外しはしなかったシンである。奴は死んで、おそらく地獄に戻って行ったようだ。気配がない。
だが、跳ね飛ばされたシンは、地獄の炎に当たったようなもので、その体は燃え出してしまった。
「わあっ、消さなきゃ」
皆、慌てだす。
「この火は消えないぞよ」
燃えながら言うシン。
「翔、強、烈。ありがとう。さらばじゃ」
翔はがっくり膝を落とした。強から言われていたものの、半信半疑だった。信じられない。燃え尽きたか。と思ったその時。まばゆい光で目が眩んだ。そこに、金銀の鱗が光り輝く、この世の物とは思えない美しい姿の龍神が現れた。実際、この世の物では無いのだが。
『ありがとう』
頭の中に響いてくるシンの言葉。美しい龍神は、上へ上へと翔けて行き、やがて見えなくなった。
翔は、涙があふれて来た。霊魂なんだからそんな気がしただけだが。
強と烈が側にやって来た。強は
「翔、良く自分の魂集めたな。俺らは奴がシンにやられる迄、元には戻れなかった」
すると烈は、
「やはり、黄泉に行って大露羅様と繋がっていたんだなあ。翔のしゃべりの間中、翔から闘気がシンに移っていたぞ。大露羅様が翔を通してシンに加勢していた」
「そうだったのか、俺は目玉の在りかが判らず、声だけ聴いていた」
「なんだ、おれの実力じゃあ無かったのか」
自惚れそうになる前に、また落とされた翔。
「いや、魂集めて、シンの後ろに隠れるまではお前の実力だったと思う」
烈に言われ、あれがねえ、と感慨にふける翔である。そこで、シンの事は大好きだったなと気が付く。言わば身内に対する損得なしの純粋な気持ちだ。ふと見ると、シンの倒れていた所に御神刀だけが残っている。
形見の御神刀を手にした翔は、強烈達と三人で肩を落としホテルへ帰ると、リラが戻っていた。巨大カップのアイスクリームを、泣きながら食べていた。
「帰って来たのか」
翔が言うと、
「紅ママがすごく喜んでいる。あたしは別れに間に合わなかったけど、邪魔にならなくてその方が良かったんだって。で、アイスのやけ食いさ」
「俺らの、ない?」
「自分で買いな」
ふと、翔がホテルの窓から空を見上げると、きらりと光るものが見えた。シンがリラを一目見て、また、上へ上へと昇って行ったように思えた。
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