第13話 鬼の企み

 四人揃ったところで、シンは、

「チームプレイじゃからな。では、次行こうかの。その前に早まった事をしようとしておる者を止めねば、付いて参れ」

 シンは、とあるマンションの一室に入ると、

「リラ、あの娘を止めろ」

 と言った。シンに指さされた場所は風呂場で、リラはそこを覗いてみると、中学生くらいの女の子が、丁度カミソリで手首を切ろうとしていた。

「わっ、止めなよ。危ない。怪我するじゃない」

 リラはカミソリを自然に手から離してやった。

 状況から、怪我以上の事をするつもりだったようだが。リラがそっと慰めるように抱くと、しくしく泣き出した。翔たちが思わず覗こうとすると、

「お前達には、頼んでおらぬぞ」

 と、止められた。強烈兄弟は、俺らは別にそんなつもりは・・・と知らぬ素振りをしたが元来鈍い翔は覗いてしまい、リラにお湯を引っ掛けられてしまった。

「わっ、ごめん」

 慌てて顔を引っ込めたが、

「霊魂なんだから、濡れっこ無かったな」

 反省の様子はない翔。強烈兄弟から、

「お前、状況を見て行動しろよな」

 と言われたが、

「何だよ、まだ子供だったぞ、俺は見慣れているんだ、姉ちゃんたちの裸を。小学校に通っている間は風呂も一緒だったからな」

 この言い訳にも、兄弟に呆れられてしまう。

 シンはしれっと、女の子のらしいスマホを手に取り、

「鬼の匂いがするのう、焔の童子とは違うようだ。他の奴もこの世に居るな。困ったものじゃ。主らの誰ぞと成敗に行こうかの」

「そう言う言い草。今までは無かったよな。俺の事怒っているんだろう。はっきり言えよ。言いたい事」

 翔の言い草に、驚愕する強烈兄弟である。そして不穏な空気に恐怖する二人。翔を睨むシンと、翔を見比べる。

「阿呆の相手をするほど、今は暇ではないからの」

「そうでしょうとも、こいつの事はほっといて、俺らがお供します」

 強の言葉で、納得したようにシンは、

「では、主ら。付いて参れ」

 と言い、三人はどこかへ行ってしまった。

 しくしく、泣いている子にパジャマを着せて風呂場から出て来たリラに、

「どうしたの翔。シンと喧嘩でもしたわけ」

 と言われ、翔は、

「ちょっとね、あいつに言い過ぎと言うか、失礼な事言ったなと思う。はっきり怒ればいいのに、黙っているんだ。なんかすっきりしないよ」

「きっと精神的にハイレベルで、そう言う下賤な感情が無いのよきっと」

「へえ、随分龍神に詳しいんだね」

「詳しいわけではないけど、小さいころお爺様から昔話の本を貰ったのよ。その本は多分彼をモデルにしたと思えるんだ。それにあの村の行事も彼の事だよ、きっと。あの龍神様は有名なんだよ。」

「でも、今更強烈兄弟みたいな態度にはなれないよ、俺」

「龍神様も、そんな事望んでないと思うよ。あんたが反省してれば済む事じゃないかな」

「ご忠告ありがとう」


 一方、シン達の一行は、先ほどの女の子の所から直ぐ近くの家の屋根に、三人揃って立ちつくしていた。烈が業を煮やして言った。

「助けに行かないんですか」

「お前、あの状況をどう見る」

「どうって、実の父親が息子を殴り殺そうとしているでしょ。躾とか言って」

「そう見えるな」

「違うんですか」

「あの男は操られておる」

「鬼にね」

 強も察していたようだ。

「鬼はあの男には入っておらぬ」

「それでも操られていると」

「鬼の本体の匂いがするが、何処におるか確かめねばなるまい」

 強が、気付いて

「母親が帰って来たぞ」

 と言った。母親は夜まで働いていたようで、慌てて車から、今日の晩御飯らしきお弁当をたくさん抱えて家に入った。しかし彼らの有様をみて、

「何しているのよ、この子を殺す気、酷すぎる」

「殺すわけがないだろう。何、寝言言っている。こんなテストの点じゃあ、まともな暮らしは出来ないからな、根性を入れなおしているのさ」

「武、動ける、ママのおばあちゃんちに行くよ。はい鍵、車で待っていてね」

「何だと、そうはさせるか。武、出て行くつもりか、向こうに行けば甘やかされて、まともな人間になる訳がない。行くんじゃあない許さんぞ」

 そこへ年寄夫婦が、現れた。

「清子さん、飯はどうなっている。ああ、弁当か。清子さんのスーパーのは上手いからな。婆さん、茶だ」

 お爺さんは買い物袋から自分の分を取り出し、早くもは割り箸を割っている。年寄にしては動きが素早い気がする。それにしても、息子家族の修羅場には無関心のようだ。お婆さんは、お茶の用意をしながら、

「武ちゃん、さあ晩御飯だよ、手を洗っておいで。おや、その顔まるで地獄の亡者の様だねえ。変な顔。きゃはははは」

 これには兄弟も呆れ、あいつだったかと感無量だ。しかし爺さんも怪しい。シンを見ると、

「主たちはこれで、食い物に夢中のあの小鬼をやれ」

 と、強に御神刀を貸した。そして自分は、鬼の名を呼んだ。

「炸の鬼婆、出て来い」

「きゃはは、誰かと思えば紅の新しいのか。しかし親とは似ても似つかぬ風体じゃの」

「おのれ」

 さすがのシンも憤りを隠せず、炸の鬼婆と睨み合った。憤っている所為か勝負がつかない。操られていたパパの方は床にのびてしまっている。

 炸の鬼婆の言いようには強達も腹が立ったが、とりあえず小鬼を始末することにした。すると何と武ちゃんは、

「お爺ちゃんに何するんだ」

 と御神刀からお爺ちゃんをかばい、代わりに刺されてしまった。驚いたが、霊魂の強が見えるとは本当に人間だろうか。烈が武を払おうとしたが、間に合わなかったのだった。素早い動きである。驚く二人。人間である母親は事態を把握しておらず、

「まあ、武、血が出て来たわ。おばあちゃんちに行く前に、救急病院に行かなけりゃ、大変」

 と言って、連れて行こうとするが、

「いやだね、くそ婆。俺は打たれるのが好きなのに、邪魔しやがって、地獄に落ちろ」

 ときた。混沌としてきている。母親は怒って、

「じゃあ、もう一度ぶたれな」

 とママは武ちゃんを平手打ちである。すると正気に戻った様で、

「うわあん、ママー」

 と泣き出した。大騒ぎになった。爺さんはこの間に逃げようとしたが、烈に阻まれ、ようやく強は小鬼を殺すことが出来た。

「こんな事やっていられないや。この世も地獄並みと違うか」

 そんな言葉を吐いた強に合わせるかのように、シンが御神刀で炸の鬼婆を切りつけ、殺すことが出来た。

「強の言った事、図星だったようだな。それで奴に隙が出おった。もう少し時が必要かと思うたが、早う済んだのお。今晩からこの手で、良う裁けそうじゃ」

「え?」

「主、我が鬼と対峙したら、折をみて、先ほど主が言うた言葉を言え。図星で在ったろうから隙が出たのじゃ」

「へえ、そう言う事ですか」

「じゃが、余り早すぎるのも良くない。少し疲れが出るころが良いのお」

 どうやらタイミングがあるそうだ。出来るのか、強。

「強、判るか。その台詞を言う時期」

 烈がからかうが、

「まあ見ていろ」

 強は強気だ。

「次だ、サクサク行こうぞよ」

 意気揚々と次を目指す二人と一龍。次の現場はこれも近くのマンションの一室、どうやらリラが面倒を見ている子と関りがあるような女の子だ。誰かとメールしていて、

「フン、死ななかったのか。お前のやりようでは甘かったな」

 と、不遜な言葉を呟きスマホを置いた。そして気配を察した様でシンらが様子を見ていた窓を、女の子とは思えない形相で睨んだ。鬼が入っている。

「出て来い、鬼木姫」

 シンの知っている鬼らしい。

「ほほほ、小賢しいオコゲ」

 どうやら鬼には悪口のセンスがあるのは間違いなかろう。それに姫と名が付くだけあって、何だか上から目線だ。そして、怖そうな鬼の形相の女が現れた。

 お互い睨み合った。しばらく時間は経った。そろそろか、満を持して強は言う。

「こんな事やってられないや」

 哀れ、シンは鬼木姫の鋭い爪で引っ掻かれ、顔から血しぶきを出しながら、御神刀で刺した。鬼木姫は消えた。

「強はちゃんとタイミングを計ったのかなあ」

 烈は疑問を感じた。シンは、

「主らの阿呆ぶりは、三人とも五十歩百歩じゃ。しばらく黙って考えよ、我は何も言いとうない。帰るぞよ」

 シンはさっさと振り返りもせず、ホテルに帰って行く。

「強、不味かったようだぞ」

「分かってらあ、台詞が違ったんだ」

「え、他にも何か言っていたのか」

「聞いてなかったのか、『この世も地獄並み』とさっきの言葉の後に言った。きっとそれが鬼の目的だったんだ」

「じゃあどうして、それを言わなかった」

「忘れていた。始めの方が、俺の本音で。後から言った方は付け足しの気分でね。シンが怒って帰ったので、考えて思い出したんだ」

「打ち合わせは次から、詳しくだな。帰ろうぜ」


 翔とリラの方は、女の子の両親が帰って来たので、後は家族に任せてシン達よりも一足早く帰って来ていた。

 スイートルームでまったり過ごしていると、シンのお帰りだ。もう少し遅く帰って来そうな気がしていたので、変だなと思った翔はシンの様子を窺った。頬に引っ掻かれた様な傷が出来ていた。翔は先だっての足に取りついた奴の事や、今回のひっかき傷でシンの能力が薄れていくように感じられた。どうした事か。翔は声をかけた。

「しばらくぶりだな。元気だったのかな」

「元気がないと思っているのか」

「無敵のイメージでは無いな」

「うむ、強が鬼に操られて危なくしくじるところじゃった。実の鬼と対峙するときは油断ならぬ」

「そうだったのか。俺も行けば良かった」

「では、次からは付いて来い。チームプレイじゃからな」

 などと言っているうちに、シンの傷は癒えて元通りになった。回復力は良いから翔たちも安心した。

 ほどなく強烈兄弟も帰って来た。リラがすぐさま、

「強、大丈夫」

 と声をかけた。強は何の事かとポカンとしている。いつもの強らしくない。翔も少し心配になる。するとシンは、

「お前がしくじったので、らしくないからリラは心配しておる様じゃ」

 と妙な解説をした。これもシンらしくは無いだろう。さっきのシンの言いようと矛盾している。察しの言いリラは話を合わせている。

「気にしないで。ほら、シンだってもう元通りのお顔になっているし。ドンマイ、ドンマイ」

 翔も、操られた事を指摘してはならないらしいと分かった。もしかしたら鬼の欠片が入ったのか?だが始末したのではなかったのか。そう言えば始末できたとは、シンは言わなかったことに気が付いた。翔は少しぞっとする。シンがしれっとしゃべり出した。

「一仕事済んだら、空腹になったぞよ。リラ、この部屋では、煮炊きが出来るようじゃ。フライパンで今時の料理でも作れるかのう」

「あ、あたし丁度『焼うどんセット土産用』って言うのを、さっきロビーで買ったんだ。出来るよ。みんなで食べようよ」

 と言って、例のフライパンを持って、いそいそとスイートルームのキッチンに行った。これには、烈も妙な顔をした。フライパン事件は、兄弟たちも承知しているはずだ。翔は、強の様子をソロッと窺うと、別に気にしていないようで、ソファで寛いでいる。烈は、翔のこっちの様子を窺う素振りも見ていた。眉間に皺を寄せ翔を見ている。翔は烈が感づいたのが分かったので、これ以上の動きは止め、テレビを付けて見ていると見せかけて、実際は画面に反射する部屋の様子を、窺ってみた。すると強が、

「おい、お前らどいつもこいつも、何だってんだ。言いたいことあるならはっきり言えよ。何だよ、翔。はっきりしろ」

 翔は困って、

「いや、はっきりしない所が問題なんだ」

 と、言い訳しておいた。翔の窮状を救うのはやはりリラで、

「何騒いでんのよ、さあ出来たよ。焼うどん。ほら、みんなで食べようよ。冷めないうちに」

 リラは五皿に取り分け、さっさと自分の分を食べ出した。シンも皿を受けとり、珍し気に食べ出す。いよいよ、強も焼うどんを口に入れた。何事も無い、ところが、烈が、うえっとばかりにゲロを吐き出した。予想外の展開である。

「烈に移動していたようじゃの」

 シンは、

「出て来い鬼木姫」

 と呼んだ。

「やだもう、バレバレだったの。何よこの変な食い物。よくお前ら食ったなあ」

「あはは、このフライパン割と使い道あるねえ」

 リラは大満足の様子だ。

 出て来た鬼木姫は、またシンとのにらみ合いになった。烈は伸びている。強は、

「もう、あの手は使えないな。シン、頑張ってください」

 と言う。人間はせいぜい応援程度しかできそうもない。

 リラも、

「シン、頑張れ」

 等と言い出した。翔はこういう事で良いのだろうかと、思案した。せいぜい邪魔にならないようにするしかないのだろう、と言う事で、鬼木姫を一応睨んでいた。すると鬼木姫は疲れが出てきたようだ。翔はしめたと思いながら、睨んでいた。シンの真似である。

「ひいっ」

 急に鬼木姫が悲鳴を上げて翔の方に掴みかかって来た。翔は思わず、横に丁度あったフライパンで打った。跳ね飛ばされた鬼木姫をシンは御神刀で切りつけ、姫はギャッと叫んでのたうちながら消えた。すると、どういう訳か黒い煙があがり、異様なにおいがして来た。強が、あわてて窓を開けた。何だか吸い込んだら不味そうな気がする。リラと翔も窓に駆け寄り、新鮮な空気を求めた。

「やっと、しとめたなあ」

 シンは考え深げに言った。

「主ら、ようやったな。今回は我だけでは敵わなかったぞ」

 リラも、

「翔ったら、何かすごおい迫力だったね」

「え、シンの真似だったけど」

 すると強も、

「黄泉に行って何か力を授かって来たのじゃないか。以前とは違っている」

 と言う見解である。

 翔としては別に変化は感じておらず、皆の反応に驚くばかりである。

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