第8話 翔とリラ、本当の故郷にて

 旅行は夏の温泉地とは言え翔も始めてのところなので、楽しみといえば楽しみな気分だ。リラと交代で運転していくのも良かった。最初は翔が運転していたが直にリラが運転したがり、楽チンな気分で助手席に座っていると、目的地まであと十キロの看板のある辺りまで来た。これから山道に入る事になりそうだ。

「リラ、もう大分運転したろう。そろそろ代わろうか、山道になるし」

「あら大丈夫よ。あたし、車の運転って好きなの。あっ、きゃあ、あれ見て」

 リラの素っ頓狂な叫び声で、翔は何事かと指差す方を見ると、そこは古い神社である。

「ああ、あれは神社で、日の国の古い神教の建築物です」

 翔はガイドのアナウンスのように説明すると、

「それは知ってる、あたしが見てって言ったのはあれよ」

 リラの指差す方をまた見ると、古びた洋館に看板が掛かっていた。写真屋のようだ。『純和風花嫁衣裳多数種類そろっています。今なら男性用羽織袴無料、式費用半額、写真代、六十パーセント引きのセットで。貸衣装代金五万から』とある。翔はそれを見て、目まいがしてきた。リラの魂胆ははっきりしている。おまけに横に小さく『結婚届の代行もいたしております』と書いてある。リラの目に止まっていなければ良いが。

「あたし、結婚するなら純和風がいいの」

「はいはい、よく覚えておきます、今度ね。USBBのお父さん達も呼ばなけりゃいけないし」

 と、翔が言いかけるのを遮り、リラは、

「あたし此処で花嫁衣裳の写真取りたい。だってムードがあるもん」

 と、車を写真館の駐車場に入れて止まった。彼女に運転させるんじゃなかった。翔は後悔した。

 看板を見ながリラはさらに続けた。

「ついでに結婚式挙げて、どうせだから結婚届もお願いして温泉に行こうよ。お金の心配は要らないわよ。あたしが持つ」

 そういう問題じゃないだろと思った翔は、

「リラ、写真だけにしろよ。やっぱりこういうことはUSBBのお父さん達抜きじゃあ出来ないよ」

 必死で説得した。暫くぐずぐずと渋っているので仕方なく翔は妥協した。

「じゃあ、今から結婚式が出来るかどうか聞いて、出来なかったら、止めとこう」

 翔は急に結婚式なんか出来るわけが無いと踏んでいた。

「そうね」

 リラはにっこりと納得してくれた。しかし翔の考えは甘かった。リラは翔の手を掴み、写真屋さんに入って行った。

「すみません、結婚式出来ますか」

 おいおい、違うだろ言い方が。と翔は言いかけたが、直に店主が出てくると、

「はいはいお待ちを」

 と、電話しだした。

「もしもし、神主さん、今日居ますか、」

 ギョッとする翔。しかし次の言葉で胸をなで下ろした。

「あ、そうですか。いらっしゃらない。勢山の神事で。一週間お留守。それは残念。いえいえ、失礼しました」

「お客さん、申し訳ないですが、今回はお写真だけと言うことになりました。式のご希望はこう言う事もございますから、予約お願いします。そうしましたら間違いなく神主さんをお呼びしますから」 

「神主さんが居ないと結婚式できないんだ」

 リラは諦めきれない様子だが、翔はほっとして写真だけなら付き合ってもいいかなと思った。結婚式を免れて思わず油断してしまった。

「花嫁衣裳選び、翔も来て一緒に選んでよ、あたし良くわからないし」

 だったらどうして着ようとするんだ。と言いたかったが、本来姉たちに翻弄され慣れている翔は、引きずられて花嫁衣裳がずらっと並んだ部屋に連れていかれた。

「うわあ、綺麗。あたし迷っちゃう。ねえ、ねえ、翔。どれが良いかしら」

 訊かれても、呆れて見るばかりの翔に見切りをつけ、リラは案内の店員さんに相談することにした。店員さんは、

「お式はヤッパリ、白無垢がよろしいかと、式のムードが出ますからね。披露宴ではこの、紅色に金銀の桜の花びらに見立てた模様が豪華なお振袖はどうでしょう。小柄な方は模様の豪華さに負けてしまいますけど、お嬢様のようなモデル風な御容姿の方はきっとお似合いです」

 おいおい、二枚着せるつもりか。さすが商売上手。翔はため息交じりに思っていた。

「白無垢って言っても、これにも金銀の模様があるわね」

 リラは白無垢の高そうなのを見て言う。

「ええ、これは特別誂えでショーウィンドウ用なのです。先代の店主が龍神様の花嫁に着ていただくために用意したものでして、ちょっと訳ありの品なんですよ」

 二人が聞いても居ない事を、店員さんはしゃべりだした。

「この辺には言い伝えで、龍神様の花嫁選びの昔話があって、数年前、村長さんたちは、村興しに昔話を利用したんです。若い娘を龍神様の花嫁に見立てて、花嫁衣裳を着せて村を一巡り神輿に乗せて回ったんです。観光客を呼び込むためにね。そうしたらその娘さんは、あろうことか、次の朝、本当に龍神様の花嫁になったと自分で言ったあげく、紅琉川に身投げしたんですよ。それっきりこの村興しは取り止めです。人を神輿なんかに乗せるものではありませんね、罰が当たったのではと噂になりました。でも罰なら企画した村役場の人たちに当たるべきですよね」

 どうやら、この店員さんは自殺した娘さんを見知っていたと、推測した二人だった。

 リラはその話を聞き、見る見る興奮して来た。

「当ったり前よう。ばっかじゃないの、その時の周りの人たちは。その子は誰かにレイプされたんだ。決まっているじゃない。どうして警察は調べなかったんだ。何時の話さ。今も犯人はのうのうと生きてるんじゃないか?翔、捜査だ。写真撮った後で」

 翔はこれで記念写真を免れるか、と思ったが、リラは手順を心得ていた。さすが元USBBのデカである。

 リラはそれなりの豪華さの白無垢を着た。金襴緞子の訳あり白無垢を着たがったが、店員さんと翔とで必死で踏ん張り他のに決めさせた。神社をバックに写真を撮りたがるのは、好きにしてくれと付き合うことにした。神社の中を覗いたリラは雰囲気が良いと、中に入りたがるので、神主さんは留守だったが、奥さんらしい人が、鍵を開けてくれて、なかでも撮影許可を貰って、撮ることにした。翔は諦めの境地に入っていた。

 ところが神社の中に入って見ると、翔は何だか不思議な気配を感じた。そのうち体の中に何か霊的な存在が入って来た様に感じた。驚いたが、気のせいだと必死で感覚を打ち消し、翔はリラに、

「この神社、何だか変な気配がする。さっさと出ようよ」

 と提案して、リラを見ると、

「まあ、あなたどうして」

 等と妙な口ぶりだ。弱り切った翔は、自分だけでも逃れようと、外に出かかるが、リラに腕をむんずと捕まれ、

「写真屋さん、早く撮ってください」

 と言い、翔は諦めることにした。次は写真屋の2階に行き雰囲気のあるバルコニーで2枚目を撮ることになった。リラは紅の振袖に着替えるため座をはずしたが、その前に、

「翔、逃げるなよ」

 と凄まれた。ため息交じりに待っていると、また、不思議な感覚がして来た。正直言って逃げたかったが、少しは責任感も出て来た翔は、踏ん張った。するとまた、何かが入って来た。今度は出て行かない。翔、ついに気を失ってしまう。

 凹っと頭に衝撃を受けて、翔は目を覚ました。目の前には紅の振り袖姿のリラが、仁王立ちでにらんでいた。

「居眠りしないでよ。いくら主役じゃあないからって、寝ぼけ眼の顔をして写真に撮られないでね」

「いや、寝たんじゃないんだ。気を失ったんだよ」

「何、それ。変な言い訳しないでよね」

「ホントなんだ。何か妙なものが、頭の中に入って来た」

 翔はそれから、夢で見た・・・いやいや自分の身に起こった事を、かいつまんでリラに話した。

「翔、目を覚ませ」

 低い、ドスの効いた声にギクリと目が覚めた翔は、目の前の年齢の分からない不思議な風貌の男を見つめた。何故か恐怖心は無かった。目と目が合った。声と言うより頭の中に入って来て言った。

「お前に頼みがある。シンを起こしてきてくれ。北極の氷の中でグダグダ過ごしている。『早く焔の童子を片付けろ』と、この父、北の大露羅が言っていたと言え」

「北極うー、どうやって行けば・・・それにシンって誰」

「今、お前は霊魂のままになってわしと話しているのだ。このままなら思うところに行ける。わしらのように死んでこの世に居ない霊獣は、黄泉の国から出ることは出来ぬ。同じ場には居ないのだ。子孫であるお前たちの婚姻で、話をすることが許されている今しか、お前に頼むことはできないのだ。必ず行け。行けばすぐわかる。シンが何かはな」


「と、北の大露羅っていうのに頼まれたんだ。夢とは違う感覚だった」

「北の大露羅だってえ、シンだってえ。あたしこの前も見ていた本に出て来るんだよ。子供の頃から持っている昔話の本の登場人物っていうか、登場龍神の名前だよ。本当の話だったのかな。たしか小さいころお爺様から貰ったのよ。それにね、さっき神社の中で紅のせせらぎ姫みたいな人が、ニコニコ私を見ていたんだ。誰も知らん顔していたから、見えるのはあたしだけだと思った。翔が神社から逃げようとするから、多分居させなきゃならないと思ってた」

「へえ、そんな事があったのか。俺の方は何かが俺の中に入ってくるような感じがした。どうする、此処に一泊したら、北極行くか?」

「行けるか、普通。霊魂になって行けって言われたんじゃあ無かった?」

「気安く言うなあ、霊魂だけになる方法でも知っているような口ぶりじゃあないか」

「翔こそ、北の大露羅と話す時霊魂になっていたんじゃあない?」

「自分でなっていたわけではない。大露羅にそうさせられたんだと思う。困ったな、変な事頼まれちまった」

 そうこう話しているとカメラマンの店長さんがやって来たので、写真を撮ってもらい明日の朝仕上がるそうなので、朝取りに寄ることにして、予約したホテルに行くことにした。外は薄暗くなってきていた。夜道の山は危ないから、翔が運転した。

 しかし、夜道よりももっと危ないことが待っていた。少し上り始めて、後ろに明かりのようなものが見え、何かなと思っていると、見る見る近づいて来た。ぼうぼう燃える大きな火の玉、と言うより、ゴウゴウ燃え盛る火球だ。何かは分からないが、この車より大きいのが分かった。慌ててスピードを上げるが、どんどん近づいてくる。リラは、

「ひょっとして、あれが焔の童子ってやつのなれの果てかな」

 と、後ろを見ながら言う。

「もう少し、失礼のない言い方考えてくれないか。これじゃあ追い付かれそうだ」

「追いつかれてたまるか。あたしが運転すれば良かった。カーチェイス得意なんだ。ちょっと翔も立てとかないとと思ったんだけど、しまった」

 勝手な事を言うリラに文句を言う余裕も無くなって来た翔、その時天気予報を無視した、大粒の雨が降って来た。

「あ、北の大露羅の尊の登場だ」

 リラが解説したが、それは妙である。彼は翔に黄泉の国からは出られないと言っていた筈。しかし、とにかく火の玉は雨で消え、翔たちは何とかホテルにたどり着いた。

 ゼイゼイ言いながらホテルのロビーにチェックインしに行く翔。すると、フロントの人から、

「また出ましたかね、火の玉が」

 どうやらあれはよく出る、代物らしい。

「またとか言うくらい出るなら、商売あがったりになるんじゃあないですか」

 リラが聞いてみると、

「いえいえ、知る人ぞ知る、怪奇ホテルで人気なんですよ」

 考えたら妙な話だ。

 食事は部屋に持って来てもらうことにして、二人は部屋に行きながら、推理し合った。

「まさかホテルの仕掛けじゃあないよね」

「大がかりすぎる。だが、急に雨が降ったのは何故かな。それにしても、リラはどうして北の大露羅の尊だと言ったの?」

「あの昔話に載っていたよ。紅のせせらぎ姫が焔の童子にやられそうになった時、北の大露羅の尊が助けに来て、大雨を振らせたりしたんだ。結局は二人とも殺されるんだけど」

「龍神は雨を降らせることが出来るのかな。と言う事は、生きている別の龍と違うかな。さっき彼は黄泉の国から出られないと言っていたんだ」

「うん、そうだった。シンが戻って来たのかな」

「そうだったらいいな。北極に行かないで済むなら良いけど」

 部屋に着いて、ドアを開けると、北の大露羅の尊に少し似ているような感じの男がいた。真っ黒な着物のようなものを着て、昔風の風貌で立っていた。

「わっ」

 二人は驚き思わず声を上げた。

「北極に行かずに済んでよかったなあ。伯父上に起こされたから助けに来たが、もう一度もどろうかのう。どうも気が乗らん。仕切り直しじゃ」

 さっきの言い方が彼には気に障ったらしいと思った二人は、慌てて、

「ごめんなさい。ごめんなさい。助けていただいて、ありがとうございます。北極に戻らなくても良いでしょ。もうすぐ夕食が来るんですよ。あ、もう一人分追加しますから」

 などと、必死で頼むと、

「そう言えば人は最近何を食しておるのかな。もう最後に食して何年経つかのう」

 等と言い、帰る気は無くなったようだ。リラは気を利かせてロビーに電話した。

「すみませんけど、夕食、二人分追加してください」

「いくら空腹でも二人分は食しないぞ。貪るのは良くないと母上がよく言うておった」

 そう言ったシンは、母龍の事を思い出したのか、顔を背け窓の外を見ていた。

「いえいえ、私急にお腹がすいちゃって、二人分くらいイケそうな気がしたの」

 リラは誤魔化したが、シンに母龍の事を思い出させたのは正解だった。

「必ず仇は取ります。少し遅くなりましたけど。父上、母上、必ず」

 と呟いている。まだ彼らはその辺りに居るのだろうか。翔たちも窓の外を覗いて、もしやと探すと、

「何のまねじゃ、主ら。我を愚弄しておるのか。父上も母上も、この世にはおらぬわ、主らもゆうておったではないか。黄泉の国に住んでおって、我は死ぬまで会う事は叶わぬ。今のは呟いておっただけじゃ。それより早う、夕餉の催促をしてはどうじゃ。先ほどから我は何か食したいと言うておったであろう」

 シンの額に青筋が立ってきた。お怒りの様だ。

「はい、ただ今っ」

 二人は部屋から飛び出した。

「空腹で怒りっぽくなるのは人間と一緒ね。でもどうしようかな。さっきの店員さんと約束したんだ。あの娘さんの仇を討つって。あの分だと焔の童子を討つのを手伝わなきゃ怒りを買いそう」

 翔はため息をついて、

「自分で考えてよ。俺、飯催促しに行くから」


 この騒ぎから少し前。 北極にての事。


 北の極みの尊は、たまらず、シンを起こすことにした。

「シンや、もう起きねばならぬぞ。焔の童子に焼かれたと言っても、あれから何年過ぎたと思うか。親の死に目に会えず、あの鬼に敵わぬと嘆いていた所で、埒があかぬわ。それよりあの鬼を倒すことのできる太刀を探しに行け。わしが北の大露羅に貸した太刀じゃ。あの鬼を懲らしめに行くと聞いて貸したもの。禍々しき地獄に住むものを倒すことが出来る唯一の太刀ぞ。わが一族の家宝じゃが、失ってしもうた。お前の親たちがあの鬼にやられたのを知って、わしが武器無しで戦ったのじゃが、留目がさせず今日に至ってしもうた。あの時一応奴をばらばらにすると、奴はばらばらになったまま逃げおった。あまりに小さくし過ぎて、取り逃がしてしまった。無数の欠片となった奴は、人間の細胞の中に入り込んでしまったようで、今まで手の打ちようがなかった。じゃが、最近になってようやく少しばかりの欠片がまとまろうとし出した。今はまだ弱い、やるなら今しかないぞ。しかし太刀の在りかが分からなくなった。北の大露羅が燃えた時、太刀も燃えたのかと思っていたのだが、どうやらあの時分、大河俊重の家来が拾ったらしい。とりあえず太刀を探せ。あっ、それより先にお前の子孫を助けろ。このままでは奴の炎に焼かれてしまう」

 そこで、紅の新しきせせらぎの尊、ことシンは、飛び起きて翔達を助けに来たのだ。であるから、翔達ももう少しシンを敬って欲しいものである。                                                                                                                                                                                                                                                                                                           

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