第7話  紅一族の末裔達の使命

 真夜中、本土の港に着いた三人は、港近くにカプセルホテルが在るのを見つけ、そこに泊まる事にした。

 着替えは近くの二十四時間営業の店で買った。その間、強と烈は翔の様子が変なのに気付いていた。強の推理を聞いた烈は、

「いいねえ、若い人は俺の青春カムバック」

 とか言っているのを小耳に挟んだ翔は、先ほど同情していた事を後悔した。

「二人して、俺をからかうんじゃない。いいか、リラが来てもお前の推理なんか言うんじゃないぞ」

 強に怒鳴りつけてはみたもののも、翔は脅しなんかが通用する相手ではない事は判っていた。

 翔は、一人ふて腐れてカプセルの中に入った。

「あいつには今日の借りがあるし、黙っといてやろうか」

 強が烈に言っているのが聞こえ、ほっとする翔だった。

 翌朝三人は約束の時間より少し早めに港で待っていようとやって来たつもりであったが、港には既にリラたちが先に待っていた。

「はあい、みんな無事だった?」

 にっこり笑って手を振るリラを見て、翔はどきどきしてきた。リラは結構勘が良い。一瞬の内に翔の変化に気が付いた。昨日の強への口止めは無駄になった。翔を見てとり、勝ち誇った様な笑いを浮かべた。

「翔、私に合えなくて、一日寂しかったああん」

 と翔に擦り寄ってきたリラ。ぼおっとなりながら、運転席へ行く翔を見て、強は川田に、

「お前が運転してくれないかな、俺達まだ生きていたい。あいつに今、高速道路の運転は危ないぞ」

 と言った。川田も翔の只ならぬ様子に気が付きそう思った。

 川田が運転席へ行き翔が隣に座ったが、翔はよく考えると、リラと強烈兄弟を後ろに乗せてしまったのが気がかりだった。これが自然な座席配置のはずなのだが後ろでは、リラが強烈兄弟の間に座りはしゃいでいるのにジェラシーを感じてしまっていた。だが、リラは

「両手に彼岸花だわ」

 と、はしゃいでいた。その言葉で翔は少し安心した。何故だか聞けば、どうせ彼岸に行きかけた兄弟というに決まっている、悪くすれば烈の事を棺桶に片足を突っ込んだようだとも言いかねない。二人に対してリラはその気ではないようだから、一先ず安心してリラの毒舌にはこの際相手をしない事にした。強達は、

「彼岸花とは喜んでいいのか、悲しんでいいのか」

 と言っていたが、悲しんで良いに決まっている。翔はそこそこ気分が落ち着いてきたので、

「川田、次のパーキングで運転変わろうか。夜中にリラと交代で走っていたんだろう。俺はホテルでゆっくりしていたんだし」

 というと川田は

「いいや、俺も車で一晩ぐっすり寝ていたよ、目が覚めたらもう着いていたんだ。リラ、結構飛ばしていたようだ。お前らが来る1時間ほど前に着いていたんだ。着いてからリラは直ぐ寝たけど。一時間寝てもうピンピンしているようだね」

 翔は、やれやれと川田に一人で運転してもらう事にした。そうしなければ彼が付いて来た意味が無い。


 半日がかりで家に帰り着くと、家の中は宴会の準備でごった返していた。翔の予想道理だ。姉二人の一家も来ていた。お見合いのときは連れて来れなかったので、姉の子供達も付いて来ていて大騒ぎだ。

 そしてその喧騒の中に意外な人物も居た。広永熊蔵とその内縁の妻、強烈兄弟の母ニナである。強烈兄弟が喜ぶのも差し置いて、リラは、大声で叫んだ。

「お爺様どうして此処に?きゃあ会いたかった」

 熊蔵に抱きつき大はしゃぎである。

「あたし達が呼んだのよ。ハチ島の日の国大使館に捜索をお願いしてみたら、直ぐ居場所を教えてくれたの。最近はハチ島も観光地化して今は日の国とハチ島直通の飛行機の便がたくさんあるんだって。今日の昼の便でも、あなた達より速いお着きだったわね、さあさ座って頂戴。始めますよ」

 美奈がビールを持って来ながらにこやかに言った。翔は最近の母はやけに手回しが良いと思った。

 姉の香奈や真奈も口々に話し出した。

「それにしても、私達例のロビーであなたを見て、何処かで見た事があると思ったのよねえ、真奈ねえさん。あとで翔に似てるって気が付いたときは笑ったわよねえ。きっと何処かの親類の一人と思っていたんだけど。まさか熊蔵爺さんの息子だったなんて。ねえ熊蔵爺さん、どうしてずっと結婚していた事黙ってたの」

「そうよ、それに急に居なくなって今まで何の連絡も無いから、どうしちゃったんだろうと皆で思っていたのよ」

 リラも、

「お爺様ったら、リラんとこからも黙って出て行くんだから、リラあれからずっと寂しくて、しょうがないから、この翔と結婚しょうかと思っていたのよ」

 あまりの姦しさに強烈兄弟は、ポケットから何かそろりと取り出して、耳にはめだした。そういえば彼等は人より耳の聞こえが良いとか言っていた。耳栓だなと翔は思った。俺は慣れているけれど、始めて聞くと普通の耳の人間でも喧しいはずだ。

 熊蔵爺さんは女の子達の相手ばかりしていたが、強烈兄弟の母はゆっくりと親子の再会を喜び合う事が出来たようだ。綺麗な人だなと翔は思った。ああいう人が、どうして爺さんと結婚したのか不思議だ。まあ当時は今よりは大分若かったろうけど、親子ぐらいの歳の差だ。翔は二ナさんに気になっていた事を聞いてみた。

「あのう不躾ですが、どうして熊蔵爺さんと結婚したんですか」

「ふふふ、あなた達にとってはお爺さんかも知れないけれど、当時は若くて結構ハンサムだったのよ。それにあたしの親の占いでもかなり良い卦が出たのよ。良いというより、結婚しなければならないという断定と命令の卦も出たの。私の両親だって世間の親並に、外国人のそれもかなり年上の男と私が結婚するって言ったら反対したわ。でも私はどうしても結婚したかったから、占ってみてって言ったの。私はよく予感がすることがあるの。良い卦が出ると分かっていたわ。私の家は太陽のパワーを感じる事の出来る占い師の家系なの。この結婚は太陽神の命令なのよ」

「へえ、何だか判らないけれど良縁ってことか。俺とリラの場合はどうかな」

「あら、気になるの。私の見た所あなた達もお似合いよ。この結婚も定めのようね」

「定め?」

「そうよ、あなたが生まれる時に既に決められてる事。あなたには他にも定めがあるわ。家伝の次の継承者。そしてもう一つ大事な事。龍神を助けて、空に返す事よ」

「なんじゃそれ、どういう事?龍神て何?ほんとにそんな者いるの?」

「ふふふ、急に言っても信じてくれそうも無いわね。追々分かってくる事よ」

 二ナは、不思議な微笑を、翔になげかけた。翔は二ナがあまりにも突飛なことを言ったので、この人は多分プッツンしかかった占いのおばさんだろうと思う事にした。強烈コンビに聞く事は避けた。聞いてもろくな返事は返ってこないように思えた。


 大騒ぎの中何とか各々好きな所に席を陣取り祝杯が終わり、寿司だつまみだとか、皆勝手な事を言い出したところで、強烈兄弟と翔は、例の巻物を取り出し、

「誰か読める人」

 と、利口な人を募ると、そこに集まっていた大概の者たちは読めた。つくづく翔は自分の教養のなさを噛みしめた。熊蔵爺さんは興味深げに見ながら、

「ほほう、最初に見た時は偽物と決め付けていたが、よく見るとやはり本物のようだな。これは紅一族の長の娘夕霧が、息子真太郎にあてた手紙じゃ。これが、奥儀というからにはよっほどの意味が隠されていたのじゃな」

 熊蔵爺さんはかいつまんで、次のように翔と強烈兄弟に説明した。

「そもそも紅一族とは今で言えば福田県の観光地、紅金山を昔所有していた山方麗光の家臣であり、代々忍びとして使えてきたのだが、当時関東で勢いのあった大河俊重に滅ぼされた。時代の波だろう。その時落延びようとして捕まった一族の長の娘、夕霧は子を孕んでおり、本人はこの子は龍神の子だと言っていたそうだ。共に逃げた家臣達はことごとく大河勢に殺され、夕霧だけが捕まったんだが、そういう妙な事を口走るので不憫に思った大河俊重は切り殺す事をせずに、夕霧を一人小船に乗せて、紅琉川に流したと、歴史には残っておる。その時に一緒に捕まった山方麗光は切腹して一族も断絶しておる。というわけでその残党というのが夕霧と夕霧曰く龍神の子真太郎で、わしら広永家はその直系の子孫なのじゃ。それから夕霧は一人で子を育てる事になるのじゃが、忍一族の長の娘として育った身、出来ることといえば忍びの技くらいしかない。そこで都に上り、憎き仇大河俊重に影で反感を持っている雇い主を探して仕える事になったんじゃな。いわゆる、くの一の元祖じゃ。だが、夕霧は元々殺生を嫌っておったのだが、背に腹は変えられずで、刺客となったようじゃ。それで真太郎が元服したら、すぐさま刺客は廃業して山寺にこもったのだ。夕霧は息子の真太郎は普通の武士になる事を希望したようじゃが、真太郎も忍の道に入ってしまった。そこでたびたび手紙を書いて、刺客を辞める事を願っていたようじゃ。紅金山の資料館にたくさん資料が残っておる。で、この巻物じゃが、皆どう思うかな。今の言葉に訳してみるぞ。

 真太郎殿へ。殺生は今日限り止めて、父君紅の新しきせせらぎの尊を捜しに行ってくれ。紅一族は元は金山を守る事を生業としていた。殺生は間者にしか行っておらぬ。教えた技は母の考案した技であり、真太郎以外の者に教えてはならぬ。そもそも人は神の子であり、人間は家族だ。この世では敵であっても、あの世に行ったら共に暮らしている。今から書く事をよく肝に念じておけ。己の敵は敵では無い。行いが悪い者でも魔性の者に誑かされておるだけだ。魔性の者に己も敵も操られている事に気付かなければならない。その者の力は甚大なので、無心にならねば逆らう事は出来ぬ。止むを得ず殺める場合も己の敵を愛せ。手を合わせ成仏を願え。殺生には母の考案した技を使え。そうすれば苦しむことなく、眠るように死なせる事が出来る。但し他の者にこの技を教えてはならぬ。己の家族に伝えれば一族は滅びる。不死身は己一人と心得よ。龍神の力は今は弱い。刺客の生業は今日限りとし、父君の龍神、紅の新しきせせらぎの尊の行方を捜せ。そして亡き祖父大露羅の尊の御神刀を捜しあて、仇大河俊重と憎き仇焔の童子を討て。それがお前の天命である」

「真太郎って人やっぱり龍神の子だったのかなあ、不死身だって書いてあるな」

 と言って翔は考えた。不死身だったから、家伝の技を使っても死なないって事は、

「不死身じゃないものが技を使うと、死ぬのか。だから光一伯父さん一家は死んだんだ。いや待てよそれなら今まで伝えられるはずが無い」

 烈は呟いた。

「御神刀って、何処にあるのかな。橘一家の金庫には無かったよな」

 強も、

「何だか謎が深まっただけみたいだな」

 と眉をひそめて言った。リラも自分の疑問を言った。

「ねえ、この真太郎って人は仇討ちは出来たのかしらねえ」

 その疑問には熊蔵が答えた。

「仇討ちが終わっていたら、わしらが紅一族を引きずって生きてはいないだろう。だから不死身では無い者でも業を使えるようになったんだろう」

「でも仇はもう死んでるんじゃないの」

「大河俊重はその後戦で死んで一族ももう滅んでいようが、焔の童子は生きている。奴は鬼だ」

 熊蔵が答えると、リラは笑って驚いたような口調で、

「きゃっ、鬼退治。日の国の昔話にもあったでしょう。あたし達がやるの」

 翔もすっかり力が抜けた。

「俺は鬼退治の為に。毎日稽古してたのかよ」

「いやいや笑い事じゃない。昔話のように子供だましじゃないぞ。事実は小説よりも希なりじゃ。鬼はおる」

「うっそう、何処に」

「お前らの心の中じゃ」

 翔は呆れて、

「げっ、変な事いうなよ。爺さん気色悪いじゃないか」

 と言った。翔は熊蔵爺さんの言う事は年寄りの考えのように思え、本気にはしていなかった。熊蔵爺さんの言う事が、もしも、もしもであるが本当だとしたら、実体の無いものをどうやって退治できると言うのだ。翔は今までの自分の苦労は警察に就職するために役に立っただけのように思えた。いや、そもそも、奥儀の練習なんかしていなければそこそこの成績だったんだから、普通の学校に行けて、普通の会社に勤めていたはずだ。

 翔はふて腐れて爺さん達とは離れて手酌で飲み始めた。


 そうこうしているうちに川田が翔に話しかけてきた。用も無いのにまだ居たのかという所だが、桂木家の宴会の席に、川田がいつの間にか座って食べているのはいつもの事だった。川田はこう言ってきた。

「ねえ、翔、物は相談なんだが、来週から俺達、夏期休暇って事で例の『西洋吸血鬼城、夕涼みツアー』を申し込んでいただろ。あれ、お前まだ行きたいかな。もし良かったらお前の分のチケット俺に譲ってくれないかな。どうせおまえ、リラさんを置いて俺と旅行になんか行けないだろう」

 すんなりOKするのもどうかと思い、翔は一寸川田をからかって言い返した。

「そりゃそうだよ、その件なら俺も言おうと思っていたんだ。お前の分を俺に譲れよ。どうせお前一人じゃないか。彼女いない暦は俺よか長いはずだ」

 すると川田は少し恥ずかしそうに、

「へへへ、ところが、ところがですよ、俺もついにそうゆう記録とはおさらばしたんだよね」

 急ににやついてきた。驚いた翔は、

「もしかして、ついに同期のあの俺を振った早乙女理恵と付き合いだしたのか」

「あったりー、やっぱり彼女は見る目が合ったよ。お前より俺のほうがましなことに、最近気が付いてくれたんだよ。だから、あのチケットは俺にくれ。どうせ、リラさんは外国育ちなんだから、珍しくも無いよ。ああいうツアーは」

「外国育ちって言っても西洋じゃなくて、USBBだよ。もしかしたら、行った事が無いかもしれないだろ」

「そうかなあ、俺はこの国の観光地の方が行きたいんじゃないかと思ったけど」

 翔は、費用の事を考えると、川田の申し出は喉から手が出るほどいい話なのだが、少しもったいぶっていた。しかし、この辺が潮時かと考え、恩を売りつつOKする事にした。

「そうかなあ、まあお前らはこの辺りの観光地じゃあ行きつけているだろうから、婚前旅行は西洋の旅が良いかもナ。じゃあ、代わってやるよ、その代わり金は現金払いだぞ」

「それえは困るよ。俺が誘うんだし、急だから彼女も払えないかもしれないし、向うで何かと遊び金がいるだろうし、割り勘ばかりじゃみっともないから、食事代ぐらいこっちが払いたいし。冬のボーナス一括払いか分割払いにしてくれ」

「つべこべと自分の都合ばかり言うなよ。こっちは行かないって言っているんだ。何でお前らの旅費を肩代わりしなけりゃならないんだ。払えなきゃ自分でローンを組めよ。俺を当てにするな。現金よこせ」

「国内に行くんならそんなに費用掛からないだろう。けち、ローンにしたら、利子払うの馬鹿らしいじゃないか。友達じゃないか、金持っているんだから少しぐらい貸せよ」

「ふたりで、何の話してるの」

 リラが、興味深げに寄って来た。翔はつくづくリラは勘が良いなあと思う。

「えっ、休暇なの。来週からリラと翔二人だけで旅行に行くの。きゃ、嬉しい。あたし温泉に行きたいの。鄙びた温泉よ」

 翔は夏に温泉とはどうかなと思ったが、費用が浮く事は間違いない。

「じゃあ、どの辺りにする」

 と、リラに調子を合わせた。

「温泉に行くのなら、紅琉山の紅琉温泉になさい」

 横から、二ナが口を挟んできた。

「まあ、おば様日の国人じゃないのに温泉地を良くご存知ね」

「ええ、熊蔵さんからよく聞いていたのよ。鄙びた静かな良い温泉よ」

「へえそうなの、じゃあ丁度良いわ。あたし翔といろんな事を静かにお話したいの。そこにしましょうよ、翔」

 翔は自分と静かに話す事って、なさぬ仲の家族の愚痴だろうなと思ったが、別に嫌がる必要もないのでそうする事にした。川田にも少しくらいなら旅費を貸せそうだ。今回は世話になった事だしこれで万事丸く収まりそうだ。やれやれである。

 

 次の週の月曜日から、翔は夏季休暇に入った。約束どうりリラと紅琉温泉に行く事となった。熊蔵爺さん一家は翔たちがいない間は、翔の家に滞在する事になった。部屋が空くからだ。そしてその後は強を残して島に帰る事になっている。残る強もさほど重い罪にはならないだろうと翔は思っていた。

 翔の両親と熊蔵爺さん一家に見送られ翔たちは出発した。母美奈に、

「行ってらっしゃい、リラちゃん楽しんでらっしゃい。生ものには気をつけてね」

 と言われたリラは、

「はい、お母様行って来ます。お土産買って来ますね」

 とか答えていた。もう親子の会話になっている。二人とも新婚旅行のように思っているらしい。と言うより翔を除く皆はその気になっているようだ。翔はもう流れに任せるしかなかった。翔は自分でも、何が気にかかっているかは判らなくなっていた。

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