第25話 持ちつ持たれつ

 父さんとの二度目の再会はもう済ませている。

 思ったよりも早くやってきたそれは、僕の心配をいい意味で裏切ってくれて、陽菜の主催で僕と父さんと三人だけで会うものだった。想像するしかないけれど、アキギリさんが僕に気を遣ってくれたんだと思う。

 約十三年も会っていなかったわりには、何の山場も修羅場もなく終わった。中身がなさ過ぎて雑談のネタの引き出しにも入らないくらい。

 そのときに父さんと連絡先を交換し、酷くスローペースなやり取りを続けていた。


 今、届いたメッセージは、明日、父さんと二人で会う約束の時間をずらしてくれというものだ。

 この集まりを提案したのは僕である。その理由は言わずもがな、美緒さんの話を聞くため。

 陽菜が褒めていたように、美緒さんは父さんとも良好な関係を築いているらしい。つまり、僕の持っている情報源のうちでは父さんが一番、美緒さんのことを知っているということだ。


 緩やかだったはずの雨脚が強くなっていく。雨音は心地がいいものだけれど、薄っすらと濡れた服が重くなる感覚はどうにも鬱陶しい。

 近くのコンビニのスイーツコーナーで適当に見繕い、それならしょっぱいお菓子もと二人で食べる分には多すぎる量を買い込んで家に帰れば、星乃の姿はなかった。部屋にいるのかと思ったけれど、靴と傘がなかったから外に出たのだろう。

 何が着替えと化粧が面倒だよ。出かけるならメッセージぐらい送れ、と無言で悪態づいて、やけ食いするように買ってきたばかりのおやつが詰まった袋に手を突っ込んだ。





 父さんは離婚時に引っ越した先の隣県に住み続けている。

 会うのは父さんの家でもなければ、もちろん僕の家でもない。外で会うという約束だったけれど、父さんの住んでいる地域へと僕が向かうというのは絶対に譲れない条件だった。


 母さんと星乃と遭遇しないための対応だ。


 家庭内で表だったぎこちなさはないけれど、僕の失言のせいで母さんが変な警戒をするようになってしまった。偶然に遭遇したという僕の言葉をを信じてはくれているが、その偶然そのものが許せないらしい。

 出かけると伝えれば、誰とだとしつこく聞かれる。この年になるまで交友関係に口出しされることはなかったのに。


 星乃の態度に変わりはないから、誰からも父さんの話は知らされてないのだろうけど、バレたら面倒になることは言うまでもない。


「僕、出かけてくるね」


 出かける準備をしてリビングにいる母さんに声をかければ「倫太郎くんによろしくお伝えしてね」と綺麗な笑みが向けられた。続けて「気をつけなさい。いってらっしゃい」と含みのある言い方で背中を押される。

 そう、今日の僕の予定はニシと出かけることになっていた。そして、それは嘘ではない。


「いってきます」


 家を出るときの後ろめたさはなかった。父さんのこととなると母さんが情緒不安定になるのは今に始まったことじゃない。

 駅で僕を待っていたニシは僕を見つけると、呆れた顔で「はよーっす」と片手を挙げた。


「うっし、行くか」


 さっさと先を行くニシの背中に「面倒かけて悪い」と謝れば、ニシにしては珍しく同情するような表情で僕を振り返った。


「や、どうせ出かける予定だったからいいけど。お前んちのおばさん、相変わらず気難しいんだな」


 うちの母さんをこうやって言うのはニシくらいのものだ。

 大体の人からは、美人な母親で羨ましいとか、仕事と子育てを両立できてる立派な母親だとか、肯定的な意見しか聞けない。そりゃあ、実際にその通りだし、面と向かって他人の母親を貶すような人もそういないから、当然と言えば当然なんだけれど。ただ、ニシが言うことも間違っていない。


「にしたって、こんな杜撰なアリバイで平気かァ?」

「途中で別行動になったって言うだけだし」


 一から十まで見張られているわけではないのだから、適当に誤魔化すことはできる。ニシと一緒に出てきたのは万が一の保険でしかない。

 ニシは納得いかなそうに「それならいいけど」と肩を竦めた。全然そうは思っていない反応だ。

 きっと、昔に僕が母さんの機嫌を損ねて外出禁止になったことを思い出しているのだろう。出かけられない僕の代わりに、ニシが家に来てくれていたのはよく覚えている。


「ところで。そろそろ大会の練習始めようと思ってんだけどさァ」

「ああ、うん。僕はいつでも」

「まずは顔合わせだよな。もう一人は俺のクラスメイトで、後二人は配信者仲間なんだけど、俺が最後の一人にジルを捕まえたって言ったらマジで大興奮だったわ」


 けらけらと笑ったニシの言葉に少しだけ鼻高々な気分にもなる。

 どんなこともオンラインが主流の現代で、ゲームというものは殊更にその流れを汲んでいると思う。

 顔を見たことがない人間と遊んで競い合う。ンターネット上で使われる名前はもはや第二の本名だ。今は亡き愛犬の名前を借りた“ZiLLジル”という僕の別名は、特定のゲームタイトルという狭い界隈ではあるが、それなりに名が通っている方だと思う。


 部活もせず、バイトもできない僕にはゲームこそが至高の娯楽だった。楽しくプレイするのが第一かもしれないけれど、上手くて強いに越したことはないからと、とにかく努力した。どこのチームにも属さず、同じ考えを持ったソロプレイヤーたちと急造チームを作って、興味がある大会には積極的に参加した。

 プロと比べたらまだまだだけれど、アマチュアとしては注目プレイヤーとして確実に名前が挙がる。自分から誰かに話すことはないけれど自慢だった。


「明日の夜とかどう?」

「いいよ」

「うし、決まりな」


 最初は興味がなかった大会だったけれど、今となっては別の意味で出場を決めてよかったと思っている。

 アキギリさんと対戦することもそうだし、僕とニシが持ちつ持たれつの状態になっていて、今日みたいな無茶を頼みやすくなったのだ。その分、ゲームの方に全力を尽くすことは僕には損のない交換条件だった。

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