第22話 踏み外す、一歩

 僕だってニシほどじゃないにしても配信やら動画を見ることはある。ただ、自分がやっているゲームのコーチングや解説、企業が発信してるトレーラーを情報収集としてしか見ていない。ストリーマー自身が好きで見るということはなかった。

 多分、今まで見てきた動画にアキギリさんのものもあっただろうけれど、それがアキギリさんの動画だという認識は僕にはない。


「アキギリさんの恋人、雑談を聞いてる分にはストリーマー活動に理解があって、気遣いのできるいい人って感じだけどな」


 だろうね、と胸中で返事をした。美緒さんの寛容さを思えば、恋人の職業がギャンブラーでも許しそうな気さえする。

 わざわざ配信に乗せて恋人の悪口は言わないだろうし、ニシの口からはいい話しか出てこないだろう。それよりも、聞いといてなんだが、アキギリさんが恋人がいると明言していることの方が驚きだった。


「ストリーマーとかクリエイターって、恋愛事情は隠すもんだと思ってた」

「そりゃ、その人のタイプによるだろ。男だろうと女だろうと、アイドルスタンスで活動してて、フォロワーが異性九割のリアコばっかりなら黙ってんじゃね」

「アキギリさんは? 格好いいし、顔ファン多そうだけど」

「アキギリさんは男フォロワーのが多い。つっても六対四だから半々みたいなもん」


 ……コイツ、アキギリさんのこと何でも知ってるな。


 間髪入れずに断言されて苦笑いが漏れた。馬鹿にしているのではなく感心だ。フォロワーの性別層まで把握してるほど好きなんだな、と。

 僕が質問を重ねなくても、ゲームのジャンルとか企画とか配信内容にまで言及していく。動揺で鈍かったニシの呂律が回り始め、段々と熱が籠った早口になってきた。

 アキギリさんの活動には興味がないから、適当な相槌で聞き流す。ある程度の話をさせた後で「議題がずれてる」と口を挟めば、ニシは「ああ」と手を打ち鳴らした。

 わざとらしい動作。カメラの前でリアクションすることが日常生活にまで影響を及ぼしている。完全に職業病だ。


「大学卒業したらすぐ結婚しますって言ってたと思う」

「ふうん」

「まー、伊朔が心配しても仕方ねーんじゃん。アキギリさんの人を見る目を信じろよ。それにあのおじさんなら、息子の結婚相手が変な女だったら黙ってねーだろ」


 それはその通り。僕はため息が出そうになるのを甘いケーキで追い返した。

 僕はきっとニシの口から、アキギリさんは評価されているんだから結婚しないで配信に専念したらいいのに、という言葉が欲しかったんだと思う。そうじゃなくても、結婚することを邪険にするようなことを聞きたかった。

 それは僕の恋心へ直接に作用することはないけれど、自分勝手な慰めにはなる。性根が腐ってるなと自分でも思うけれど、正しい恋の仕方なんて分からない僕は少しでも自分に都合のいい言葉を欲していた。


「さァて、伊朔ちゃん!」


 ニシは片方の口角を上げて意地悪く笑うと「相談料の話なんだけど」と切り出した。


「大したアドバイスもしない悪徳相談員に払うもんなんてない、って言いたいとこだけど、時間作ってもらったし、言ってた通りここの料金は――」

「それはいい。むしろ、俺が出してもいい」

「は?」

「だから、よろしくな」


 ニシの手には彼のスマホ。何が言いたいのかちっとも分からないうちに、僕のスマホにメッセージが届いた。もちろん、送り主は目の前の男。内容は素っ気なくURLだけ。

 開かなくても、そこに含まれる単語を拾うだけで何となく分かった。ここ最近ずっとニシが僕を誘ってくる大会の参加規約。

 後出しで持ちかけてくるあたりの図々しさは気に入らなかったけれど、僕の口から拒否の言葉は出ていかなかった。


「……これ、アキギリさんが招待選手なんだっけ」

「そう。アキギリさんとこのチームは決勝トーナメントから」


 アキギリさんと当たれば、美緒さんの目に僕も映るだろうか。


「いいよ」

「そう言わずに――え? マジ!?」

「出る」


 僕の不純な動機なんて露とも知らないニシはそれはそれは喜んだ。別にお互いが損するわけじゃないし、知ったところで怒らないとは思うけど、そんな馬鹿な横恋慕なんてやめとけとは言うだろうな。





 実績のない相談を終え、上機嫌のニシとともに帰路についた。饒舌のニシは止まるところをしらない。今から練習日程について案を出すほど張り切っている。

 それを聞き流しながら、僕は今日もまた、懲りずに美緒さんの姿を探したけれど、見つけることはできなかった。

 ニシと別れた途端にどっと疲れが押し寄せてくる。疲れが限界に達していた。考えたいことはたくさんあるのだけれど、思考はまとまらずとりとめもない。とにかく、寝たい。

 駅から家に帰る道中の記憶はほとんどなかった。


「ただいま」


 帰宅の挨拶とともに玄関の扉を開ければ、「おかえり」と聞こえるはずのない返事が響いてくる。無人のはずなのに、と一瞬だけ怖気づいたけれど、現れた人影にほっと肩の力が抜けた。


「……陽菜」

「伊朔、今から外でお話しできる?」


 まだ終業時間のはずの陽菜が、朝よりも険しい顔でそこに立っていた。

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