第21話 僕視点、君視点

「……婚約者って、どういう興味?」

「そのままの意味だけど」


 ニシは疑問符を無限に生み出すような表情で首を傾げる。まあ、急に人気ストリーマーの婚約者のこと聞かせてなんて、疑いの眼差しを向けたくなるだろうな。


「何、オマエ、アキギリさんのガチ恋?」

「はぁ?」


 やっぱりニシは頭のねじがどこかへぶっ飛んでいる。僕の予想の斜め上の結論を出した幼馴染は「通りで名だたる女子に告られてもオッケーしないわけだ」と得心がいった様子で頷き始める始末だ。


「そんなわけないだろ」

「隠さなくていいんだぜ、俺たち、心の友だろ? 困ったときは助け合う。恋愛相談も受けるし、大会の助っ人にもなる」

「……下心は隠せよ」


 ニシは僕の悩みごとよりも、自分の野心の方が大事らしい。偽善的なことを言われるよりはよっぽどいいけど。


 フライングで話しているうちに目的の喫茶店へとついたらしい。

 いかにも、リノベーションしましたというレトロとモダンの組み合わさった内観と外観。コンセプトは不明だけれど、とにかくお洒落にしてみましたというのは伝わってくる。

 中々に繁盛しているらしく、ぱっと見で空席は見当たらない。そして、客層は女子十割。

 よく磨かれた硝子の押戸を開けて店の中に入ると、カントリーなエプロンをしたお姉さんに最後の空席へと案内された。コーヒーの香りに満たされた中で、楽しげな会話が飛び交っている。


「で? 急にアキギリさんの話ってどういう風の吹き回し? いつも俺の話をうるさいって真面目に聞いてくれてなかったのに」


 厚紙一枚のメニューを眺めながら、ニシは何もなかったように道中での話の続きを始めた。


「……アキギリさんに会った。それで、どういう人か気になって」

「…………何、夢の話?」

「違うよ。道端でっていうか、集まりでっていうか」

「いやいや、分かるように説明しろよ」


 一日にして複雑になってしまった家族関係をニシに話すかどうか悩んだのは一瞬だ。話したところで僕のマイナスになることはない。

 ニシが変人でも人気者であるのは、人間としてまともな感性を持っているからだ。これで狂人だったなら僕は友人なんてとっくにやめている。そして、ニシがうちの家庭事情を一から十まで知っていたことも理由の一つだ。


「ニシ、うちの父さんのこと覚えてる?」

「おじさん? 顔くらいなら覚えてるけど」

「その父さんと久しぶりに会った。で、父さんが養子を迎えてたんだけど、それがアキギリさんだった」

「…………はい????」


 俺にとってのアキギリさんは友達が熱狂しているストリーマーでしかないけれど、ニシにしてみれば憧れのその人である。同じ世界で活動をしていても、天と地の差がある羨望の存在。

 かっと目を見開いたニシは両手で口を押えた。呆然という状態が相応しい。驚きが限界を超えると声が出せなくなるというのは身を持って体験している。

 騒がしい店内でこのテーブルだけが無音。

 注文を聞きに来た店員さんにニシの分まで適当に注文をし、しばらくしてからニシはゆっくりと動き始めた。


「……マジ?」

「マジ」

「え、それで、アキギリさんに会ったん?」

「そうだね」

「お前の義理の兄貴ってこと?」

「……この場合って兄弟にはならないんじゃないの? 知らないけど。少なくとも、僕もあっちもそうは思ってないよ」


 アキギリさんは僕や陽菜のことを父さんの実子だとは認識しているけれど、自分の兄弟だとは思っていない気がする。

 未だに僕の話が呑み込めていないニシは目を白黒とさせたまま深呼吸を繰り返している。雲の上にいる人の話が急に身近になったらこんな反応もしたくなるだろうか。

 ニシが混乱している間に、注文していたホットコーヒーとショートケーキがそれぞれ二つずつやってきた。お金を出すのは僕だし、注文内容に文句を言われることもないだろう。


「……、マジかぁ」


 僕が三口目のケーキを租借し始めたあたりで、ニシはようやくと現実に意識を戻した。


「つまり、お父さんの今の息子が変な女と付き合ってないか知りたいわけ?」


 ニシなりに考えた結果がこれらしい。まあ、大きな間違いはない。適当に頷いて「そんなとこ」と言えば、ニシはコーヒーを味わうこともせずに流し込んだ。どうやら、喉が渇いていたらしい。


「アキギリさん、恋人がいることは公表してんだよ。結婚するってのも」


 自分の思考をまとめながら話しているのか、ニシの口調はいつもよりも酷くゆっくりなものだった。それとも、僕が続きを聞きた過ぎて急いているからそう思うのだろうか。

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