第20話 熱狂的フォロワー
ぎりぎりまで心配ですという顔をした母さんと、気まずそうに沈黙を貫く陽菜を見送り、僕は洗濯機を回してから家を出た。いつも通りの朝。
春の陽気という言葉が相応しい気候、風に吹かれて梅の花びらがひらひらと舞っていた。見慣れ過ぎた光景なのに、今日は目新しく見える。なんだか視界が開けてるような気がする。
正直なところをぶちまければ、自室でごろごろとしながら陰鬱に浸っている方が楽だ。けれど、どうしても学校に行きたい理由があった。
昨日、今日と日に日に顔色が悪くなっていく僕は、普段、深い関わりののないクラスメイトからもやばいものに見えたらしい。ちらちらと視線を寄越してはこそこそと内緒話を囁かれる。
自分のいないところでああだこうだと噂されるのはいい気はしない。それが心配や称賛だとしてもだ。
僕に面と向かって体調のことをつついてきたのは二人。
一人はニシ。今日、僕が学校に来た理由である。朝一で「今日の放課後、時間を作って欲しい」とメッセージを送ったら、何故か奴は自身の足で返事をしに僕の教室までやってきた。
そして、ぎょっと目を見開いて「うわ、ゾンビ」とドン引きの顔で吐き捨てたのである。コイツの反応については言いも悪いも判断する気にならない。とにかく、約束は取りつけたからよしだ。
もう一人はクラスメイトの女子、
吉井さんは僕の顔を見るなり、慌てた様子で「休んだ方がいいんじゃないの!?」と声を荒げた。適当に返したけれど、未だにちらちらと僕を見てくるから気にかけてくれているのだろう。
吉井さんのことはどうとも思っていない。だから、僕は彼女の気持ちを真剣に受け取ったことがなかった。それを今日の僕はそれを申し訳ないことだったな、と初めて反省した。そして、同じく、ぽんぽんと告白してくる彼女の気持ちを疑った。
ああも簡単に人に気持ちを伝えられるものなのだろうか。美緒さんの立場を差し引いても僕には無理だ。考えるだけでぞわぞわとした寒気が走る。
放課後になっても、僕の顔色は朝から変わらなかった。そりゃそうだ。寝不足が原因でこれなんだから、寝ないことには始まらない。
「伊朔ちゃーん。お迎えに来たわよー」
僅差で先に終わったらしいニシが軽口とともにやってきた。ニシは僕の顔を見るなり、うへえと舌を出して「寄り道しないで帰った方がいいんじゃねーの?」と僕の体調を気遣った。
「僕の心配してくれるなら話を聞いて」
「……マジ? 伊朔が俺に相談?」
「相談っていうか話が聞きたい。何でも驕る」
「マジかあ」
どこに行くかの選択肢はニシに任せた。彼は「悩む間もなく、新しくできた喫茶店。行きたかったんだよね」と地図アプリ片手に歩き出す。
こういったときの選択はニシに任せるに限る。腐ってもストリーマー。人に発信することを趣味にしているからニシは流行りに敏感だ。写真を撮って投稿することが念頭にあるから、下手な店には連れて行かれない。
ニシは地図と進行方向を交互に確認しながら、こちらを見もせずに「オマエでも悩みごととかあんのね」と呑気に呟いた。
「僕も人間だからね」
「あっは。それは知ってる」
「そりゃあよかった」
「もしかして、相談って大会のこと? ルールとか他のメンバーとか賞金とか確認したい?」
「いや、全然関係ない」
僕の半歩先をニシがすいすいと進んで行く。僕には通った記憶のない道だ。移動中の時間ももったいないと思ったのか、好奇心が勝ったのか、ニシは「聞きたいことって何よ」と目的地についてもいないのに尋ねてきた。
「……アキギリさんのこと」
「え? は? アキギリさんって、あのアキギリさん?」
「そう」
道案内が足を止めれば、僕も足を止めるしかない。
スマホを見るのを止めて僕を見たニシは、ヒーローに憧れる子供のように上気した頬で「早く言えよォ!」と叫んだ。本当に叫んだ。大声とか言うレベルじゃない。
「うっさ」
「何、何がききたいの。何でも聞いてくれって。使ってるデバイス? ゲームの設定? どのゲームでも答えられるよ」
「アキギリさんの婚約者のこと」
「…………は?」
ニシはアキギリさんの熱狂的なフォロワーだ。それこそ、ゲームの設定も答えられるほどに。
僕を見るニシの目は不思議なものを見つめるものだった。この目は知ってる。初めて美緒さんと会ったときに彼女がしていた。
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