第16話 家族のかたち

「じゃー、伊朔くん。俺からみんなのこと紹介すんね」


 一歩間違えば崖の下へと転落しそうな緊張感の中でも、アキギリさんの溌剌とした調子はまったく陰らないらしい。

 アキギリさんはマスクを外して素顔を晒した。画面の向こう側でしか見たことのなかった顔。正確な年齢は分からないけれど大学生というのは知っている。しかし、にっと口角を上げて笑っている姿はどこか幼く見えた。


「まず、君の隣の席に座ってるのが俺の彼女の飛葉美緒で、その向かいの席に座っているのが廿楽ヶ丘陽菜ちゃん」


 何を思ってのことか、アキギリさんは朗々としょうもない説明を始め出した。ここにいる人間の中で僕が初対面なのはアキギリさんだけだ。特段、ご紹介に与ってもらうべき人はいない。


「それから、その隣の席が橘淳史。伊朔くんと陽菜ちゃんの親父さんであって、俺の親父でもある」

「――――?」


 言葉の意味が分からなかった。今のは日本語として正しいか、と疑問が生まれ、自然と眉間に皺が寄る。

 時間差で彼の言わんとしている意図を察した。

 人間、本当に驚いたときは声も出ないものらしい。ぱかりと口は開いたものの、僕の声帯は仕事をしなかった。


「っていっても、血は繋がってないけど。養子ね、養子」

「……え、は?」

「再婚した奥さんの連れ子でもないよ。親父、君のお袋さんと離婚してからずっと独身だから」


 もしも僕がロボットだったならば、体中から煙を出して火花を散らしていたことだろう。爆発一歩手前。ねじが緩んだガラクタのように、ぎこちなく首を持ち上げるのが精一杯だった。

 アキギリさんは困ったように眉尻を下げて「急に変な話ぶっこんでごめんねー」と軽快な謝罪を口にする。

 僕は謝罪をされる意味どころか、彼からされる父さんの説明が一つも呑み込めていなかった。


 とにかく、この話が本当なのかを確認したくて、僕の目線は自然に陽菜へと向かっていた。俺が救いを求められるのはこの場で姉しかいない。

 陽菜は父さんの方をちらりと見た後で、僕のことをしっかりと見据えた。もう、この時点で彼女が何を言うかが分かる。


「……本当だよ。お父さんの今の家族は秋桐君」


 いつの間にか肩に力が入っていたのが、すとんと脱力してしまう。

 父さんが子供を引き取って育ててたってことか。こういう場合、僕とアキギリさんの関係は何になるのだろう。陽菜はいつからそのことを知っていたのか。だから、美緒さんもアキギリさんも僕のことを知っているわけだ。

 点と点が繋がって線になるってこんな感覚ものなのかも。ついでにデジャブ。昨日、陽菜が父さんについて嘘をついたときと同じ気持ちだ。急な話でかなり驚きはしたけれど、それ以上でもそれ以下でもない。

 陽菜は「それから、秋桐君と結婚する美緒ちゃん」と続ける。


「――そう」


 思っていたよりも素っ気ない返事が出た。

 ちくりと心臓を刺す痛み。ここ最近、僕を悩ませる痛み。父さんに養子がいて、僕らとは関係ない家族関係を築いていたことよりも、その一言の方が引っかかった。でも、何で引っかかったのか分からない。

 驚き過ぎておかしくなっているのかも。

 深呼吸をすれば、美味しそうなご飯のいい匂いがしてきた。おなか減ったな。……駄目だ。思考が変な方向にズレている。

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